第44話:「構想」
エドゥアルドはなにも、簒奪(さんだつ)の陰謀に加担していたオズヴァルトに仕返しをするために、彼の経営するヘルシャフト重工業を半国営化しようとしているのではなかった。
エドゥアルドが作ろうとしている[豊かで強い]国家を実現するために、それが必要なことだったからだ。
鉄道のデモンストレーションを目にして、エドゥアルドは確信した。
それは、将来の公国に、いや、タウゼント帝国にとって、絶対に必要な物だった。
だからエドゥアルドには、鉄道事業を開始しようとするオズヴァルトに対して、大きな発言力を確保する必要があった。
鉄道を走らせるために建設する路線をどのようにのばしていくかについて、エドゥアルドの要望を通したかったからだ。
鉄道は、単純に人や物を効率よく遠くまで輸送するという経済活動だけではなく、軍事にも転用できるものだった。
武器弾薬や食料、その他の物資や、兵員を迅速に輸送することができるのだ。
古くから、戦場となる場所により多くの兵力をより迅速に集結させる方法は、軍事における重要な要素(ファクター)であった。
敵よりもより大きな戦力を集中することができればそれだけ勝率は高まるし、相手より多数の兵力を集めることができれば、別動隊を編成しての迂回(うかい)や、数の差を生かした包囲など、戦術上の選択肢も増えていく。
兵は、より多ければ多いほど、うまく使うことができるものなのだ。
これまでの兵力の移動手段として用いることのできる方法といえば、徒歩か、馬によるものだった。
そして、普段から遊牧を生業(なりわい)とし、人口に比して多数の家畜を有している騎馬民族ならばともかく、土着しての農耕を基盤とするタウゼント帝国のような国家では、馬を導入できるのは一部で、大部分は徒歩に頼らざるを得ないというのが現状だ。
だが、鉄道が開通すれば、兵士たちの移動手段に新たな選択肢が加わることになる。
しかも鉄道は、兵士だけでなく、大砲などの重量のある兵器も容易に運搬することができるのだ。
もしオズヴァルトに鉄道の建設を自由にさせたら、彼はきっと、商業的に利益になる鉄道を優先して建設しようとするだろう。
金儲(かねもう)けがなによりも好きという商人であるオズヴァルトは、まずなによりも収益をあげることを考える。
だから、多くの人の利用が見込める街と街の間とか、自社で使用する資源の移動に便利なように、オズヴァルトは鉄道路線を計画して建設していくだろう。
それでもノルトハーフェン公国として、多くの利益を得ることはできるだろう。
人々の移動が便利になり、経済活動に必要な物資を安定して効率的に供給することができるようになれば、経済は大きく発展し、人々は豊かになるはずだった。
だが、国家の都合として、それだけでは不十分だった。
たとえばエドゥアルドには、自身の軍隊を効率的に展開させるために、国境に向かって線路を引きたいという考えがあるのだが、そういった利益の見込みの少ない路線は、オズヴァルトに任せていては絶対に建設されない。
だから、エドゥアルドが発言権を獲得して、必要な路線を建設させる必要があった。
エドゥアルドはそれだけではなく、鉄道を、国外へとのばすことも考えていた。
オズヴァルトの鉄道事業を、オズヴァルトが考えていたよりもずっと大規模に発展させていくつもりなのだ。
幸い、オストヴィーゼ公国との盟約を結んだことにより、ノルトハーフェン公国は周辺諸侯とも安定した外交関係を結んでいる。
そういった継続的に通商関係を結んでいくことのできる諸侯にも鉄道を延伸していけば、ノルトハーフェン公国はより多くの物資でにぎわい、発展することになるだろう。
ノルトハーフェンの港から、タウゼント帝国の帝都、トローンシュタットまで鉄道をのばし、さらにトローンシュタットから帝国中に鉄道をのばせば、そこから得られる利益は途方(とほう)もないものとなるだろう。
それだけの鉄道路線が完成するまでは、長い年月がかかるだろう。
さすがのエドゥアルドだって、すっかり白髪の老人になっているかもしれない。
それでも、煙を勢いよく煙突から吹き出しながら、多くの人や物を乗せて列車が行き交う姿には、それを実現したいと思わせられるほどの魅力があった。
鉄道事業に半分出資するだけではなく、オズヴァルトが経営する兵器工場についても半国営化するのは、公国にとって必要な軍需品の生産能力を安定して確保するためで、これも、今後なにか有事が起こった際に有利に働くはずだった。
オズヴァルトの兵器工場は、少なくともその能力の半分は、ノルトハーフェン公国が最優先で使用できることになる。
公国が戦時に必要とする武器、弾薬の安定供給、そして新兵器の開発について、大きな効果が出てくるだろう。
相手の弱みにつけ込んで、というやや強引な手段ではあったものの、エドゥアルドはノルトハーフェン公国に長期的な繁栄をもたらす1歩を踏み出したことになる。
強制ではあったがオズヴァルトから鉄道事業への介入とヘルシャフト重工業の半国営化の同意を得られたエドゥアルドは、さっそく、実現の遠い[夢]を、現実の形あるものへと変化させるための準備を開始した。
元々、エーアリヒやヴィルヘルムらと、基本的な構想については話し合って決めてある。
エドゥアルドはそれを実行するために号令を発し、書類にサインをすればよいだけだ。
そうすれば、公国に仕える官僚や技術者たちが動き出して、エドゥアルドの考えを実現してくれるだろう。
鉄道の建設には、多くの労力と費用がかかる。
路線をどのように引いていくかを決めるためにはまず、正確な測量を実施してノルトハーフェン公国の国土がどのような地形で、どのような形をしているのかを知ることから始めなければならなかった。
そうして出来上がった地図に、国家の経済、軍事の面から、最適な路線を引く。
その鉄道を実際に運行するためには、山を切り開き、川に橋をかけ、時にはトンネルを掘ることだって必要になるだろうし、輸送の目的と需要に合った機関車や客車、貨車、そしてそれらを整備して運用する設備や人も用意しなければならない。
考えただけでも気の遠くなるような事業だったが、エドゥアルドはその仕事が楽しくて仕方がなかった。
それは、エドゥアルドにとって、自分自身の未来を思い描くことに他ならなかったからだ。
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