第43話:「ビジネス:2」

 エドゥアルドがオズヴァルトに突きつけた要求は、実質的に、オズヴァルトが経営するヘルシャフト重工業を[半国営化]すると言っていることに等しかった。


 ヘルシャフト重工業は、公国でも有数の、一番と言ってもいいくらいの規模を持つ大企業だった。

 そしてタウゼント帝国の中でもっとも商業と産業の進んだノルトハーフェン公国で一番ということは、帝国でも最大の企業であると言っても過言ではない。


 事実、ヘルシャフト重工業は、タウゼント帝国の諸侯や、皇帝自身と様々な取引を行っている。

 諸侯が必要とする大砲や小銃の大半はヘルシャフト重工業製であり、その影響力は大きなものだった。


 それを、半国営化する。

 エドゥアルドは多額の出資を行う代わりにヘルシャフト重工業の経営について発言する権利を買いつけ、その影響力を自身の掌中(しょうちゅう)におさめたいと考えていた。


 多額の資金が手に入るのだから、オズヴァルトにとっていい話かと言えば、そうでもない。

 半国営化されるということは、これまでのような自由な商売ができなくなるということだった。


 実を言うと、ヘルシャフト重工業のような軍需企業は、軍需品のみを販売するだけでは、十分な利益を安定して得ることは難しい。


 軍需品というのは、言うまでもなく戦時に高い需要のあるもので、平時になるとその需要は低迷してしまう。

 そうなると、競合他社がいればそのわずかな需要を巡って熾烈(しれつ)な生存競争を戦わなければならなくなるし、それに勝ったとしても得られる利潤は少ない。


 だからオズヴァルトは、自身の兵器工場で生産される大砲や小銃を、タウゼント帝国以外にも販売している。

 タウゼント帝国が平和であっても、世界のどこかでは戦争が行われていることが多いから、そこに武器を売って多額の利益を確保しているのだ。


 オズヴァルトの経営努力は、それだけではない。

 彼は自身の工場の設備で武器以外、たとえばガス灯や水道管のパイプ、馬車なども生産していて、武器の需要が不意に失われた時に備えている。


 半国営化してしまえば、そういった自由な商売はしにくくなるのだ。

 たとえば、オズヴァルトはこれまで自由に販売先を選ぶことができたが、半国営化してしまえばそれができなくなってしまう。

 タウゼント帝国、あるいはノルトハーフェン公国と関係が悪化している、あるいはこれからそうなりそうな相手と取引をすることができなくなる。


 影響はそれだけではなく、オズヴァルトは最大の出資者であるエドゥアルドの意向に従わなければならなくなる。

 たとえば、より大口の取引があり、より儲(もう)けるチャンスがあったとしても、エドゥアルドに求められればその有力な取引を蹴って、エドゥアルドのために働かなければならなくなるのだ。


「そ、それは、いくら公爵殿下のおっしゃることでも、そう、簡単には……」


 オズヴァルトはそのでっぷりと太った体をどうにか起こし、倒れたイスを立てて座り直したのち、ハンカチで冷や汗をぬぐいながら、ひかえめにそう言って反発を示した。


 オズヴァルトは、利に敏(さと)い商人だ。

 また、自分自身の手でここまで会社を大きくしてきたのだというプライドもある。


(権力を握ったからと言って、若造が、調子に乗って……)


 口にも表情にも出さないものの、過大な要求を突きつけて来るエドゥアルドに対する反骨心もあった。


 イスごと後ろに倒れこんでしまい、起き上がっても険しい表情で困ったように冷や汗を流しているオズヴァルトのことを、笑いをこらえながら眺めていたエドゥアルドは、想定通り半国営化の提案を喜んでいないオズヴァルトの前で、優雅(ゆうが)に食後のコーヒーをすすった。

 オズヴァルトがこんな反応を示すだろうということはすでにエーアリヒやヴィルヘルムから聞かされていたし、この後どうするかもすでに筋書ができているからだ。


「そうか。貴殿がそう言うのなら、それでもいいだろう」


 それからコーヒーカップをソーサーの上に戻したエドゥアルドは、少し残念そうな口調でそう言って見せた。


 そのエドゥアルドの言葉に、オズヴァルトは少しほっとしたような、拍子抜けしたような表情を見せる。

 経営者としての自由な立場を守りたいオズヴァルトも、1国の国家元首として権力を掌握(しょうあく)したエドゥアルドに強く逆らうことができなかったのだが、思いのほかあっさりエドゥアルドが要求を取り下げたので安心した様子だった。


「ところで、オズヴァルト殿」


 だが、エドゥアルドが続けたその言葉に、オズヴァルトは再び緊張して身を固くする。


「な、なんでございましょうか? 公爵殿下? 」

「貴公は、これまでに自分自身がどれほどの法を犯して来たか、覚えているか? 」

「私(わたくし)が、法を犯す? そんな、滅相もないことでございます!

 まるで、心当たりがございませんな! 」


 エドゥアルドの問いかけに、オズヴァルトは大げさに驚いてみせる。

 エドゥアルドがなにも知らないと、そう思っているのだろう。


 そんなオズヴァルトに向かって、エドゥアルドは顔を向け、ニヤリ、と微笑んで見せる。


「以前はどうだったか忘れてしまったが、エーアリヒ殿は今や、僕に忠実な良き宰相殿だ。

 そのエーアリヒ殿が、僕にすべて、教えてくれたよ。


 オズヴァルト。

 貴殿がこれまでに公国に、そして帝国に対して犯して来た不忠、なかなか、大したものじゃないか?


 脱税に、横領、恫喝(どうかつ)による地上げ。

 それだけじゃない。

 なんでも、貴殿、皇帝陛下からご依頼のあった取引で、ずいぶんと料金を吹っかけてボロ儲(もう)けしたらしいじゃないか?


 さぁて、僕としては、こんな不忠者はさっさと処分してしまいたいのだが? 」


 それは、かつてエーアリヒがエドゥアルドから公爵位を簒奪(さんだつ)する陰謀を企(たくら)んでいたころ、オズヴァルトから協力を引き出すために探し出してつかんだ[弱み]の数々だった。


 そしてエーアリヒは、エドゥアルドの構想を実現するために、そのオズヴァルトの弱みをすっかり白状して、エドゥアルドのために情報を提供していた。


 オズヴァルトはなんとか作り笑いを浮かべようとするものの、どうしてもできずに、頬をぴくぴくと引きつらせていた。

 エドゥアルドは今、「僕との取引に応じなければ、お前を簡単に破滅させることができるんだぞ」と、脅(おど)しをかけているのだ。


「さて、オズヴァルト殿。

 さっきの資金提供の話、どうなりますかな? 」

「……つつしんで、お受けいたします」


 そしてオズヴァルトは、エドゥアルドの半国営化という要求を、呑むしかなかった。

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