第42話:「ビジネス:1」

 オズヴァルトが計画したセレモニーは大成功に終わった。

 エドゥアルドが実際に列車に乗って見せた後は、多くの希望者が名乗り出て鉄道を体験し、鉄道事業の実施に弾みをつけたいというオズヴァルトの目論見は果たされた。


 ただ、エドゥアルドたちの視察は、これで終わりではなかった。

 来賓(らいひん)であるエドゥアルドをオズヴァルトがもてなすという形で、会食が予定されていたからだ。


 もちろん、オズヴァルトはただの善意でこのようなことはしない。

 ノルトハーフェン公国の統治者であるエドゥアルドのご機嫌をとっておけば、実際に鉄道事業を実施するのにもなにかと有利に働くだろうという打算があってのことだ。


 オズヴァルトは経営者であって、金銭の管理には厳しい人物だった。

 しかし、必要とあれば、それを[投資]と考えて消費を惜しまない。


 オズヴァルトが開いた会食には、様々な高級食材が使われ、贅沢の限りが尽くされていた。

 また、エドゥアルドが普段、アルエット王国風にアレンジされたタウゼント帝国の料理を口にしていることから、オズヴァルトはこの日のためにアルエット王国から著名なシェフを呼び寄せ、エドゥアルドのために料理の腕をふるわせた。


 その味はもちろん、文句のつけようもない。

 しかし、エドゥアルドにとっては、やや華美に過ぎ、オズヴァルトの[成金趣味]のようにも思われた。


 それに、普段から美食を心ゆくまで楽しみ、でっぷりと太って杖なしではうまく歩行できないようなオズヴァルトとテーブルを同じくしての会食は、さほど楽しいものでもない。


「いかかでございますかな? 公爵殿下。


 お食事は、十分にお楽しみいただけましたでしょうか? 」

「ああ、オズヴァルト殿。

 とても、楽しませていただいた。


 今回のもてなし、感謝する」


 おもねるように自身の両手をもみ合わせながらたずねてくるオズヴァルトに、エドゥアルドは食後のコーヒーを楽しみながら率直に感謝の意を示した。

 確かにエドゥアルドの気質にはそぐわない部分もあるもてなしで、オズヴァルトにはエドゥアルドを楽しませたいという純粋な気持ちではなく、権力者に取り入っておきたいという打算があることもわかっていたが、エドゥアルドはそれを理由に気分を損ねたりはしなかった。


(権力というものは、招かれざる者を呼びよせるものなのだな)


 多少の不快感はあったものの、これもすべて、エドゥアルドがノルトハーフェン公国の正当な統治者となった結果であると思えば、気に病むことではない。


「ところで、そのぉ……、公爵殿下?


 いかがでございましょう?

 我が社の新事業に、公爵殿下もなにか、ご参加なされては?


 いただいた投資に応じて、利益が出れば還元いたしますぞ」


 エドゥアルドの機嫌が悪くないということを察すると、オズヴァルトはすかさずそう言って、ビジネスを始める。

 エドゥアルドからも具体的な支援を引き出すことも、彼の目的の1つだったのだろう。


「ほう? 利益が出れば、投資した額に応じて還元してくれるのか? 」

「左様でございます。


 私(わたくし)、今回始めます鉄道事業につきましては、株(かぶ)というものを発行させていただこうと考えておりまして。


 我が社が発行する株をお買い上げいただきますことで、その株の数に応じて、利益を分配させていただこうと考えております。

 もちろん、株が不要だということになれば、他の方にお売りいただいてもかまいません。


 ですので、いかがです?

 公爵殿下も、いくらかお買い上げくださいませんか? 」


 株(かぶ)というものについては、エドゥアルドも知っている。

 株と引きかえに小口の資金を効率よく集めて事業を行うのに便利な手法で、ノルトハーフェン公国で営業されている企業でもいくつも採用例があるものだった。


 だが、株は、投資しても必ず利益が返ってくるとは限らない。

 オズヴァルトはいらなくなったら他に売ればいいなどと気楽に言っているが、もし事業が失敗すれば当然、配当は得られないし、配当の当てがない株はただの不良債権であるから、紙切れ以下の価値しかなくなって、誰も買い手などつかなくなるだろう。


 オズヴァルトはそういったリスクのあるということを、隠している。

 それだけでも、オズヴァルトがずる賢い商人で、必ずしも誠実な人間ではないということがわかってしまう。


「いいだろう。


 鉄道事業に必要な資金、その半分を、国庫から出そう」


 だがエドゥアルドは、必ず投資した額が返って来るという保証がないことも、オズヴァルトが誠実な人間ではないことも承知の上で、その申し出を受けていた。


 慌てたのは、オズヴァルトだった。

 彼は確かにエドゥアルドからも投資を得たいと考えてはいたが、[鉄道事業に必要な資金の半分]などという大金を、いきなり出してもらえるとまでは期待していなかったのだ。


 オズヴァルトは驚きのあまりのけぞってイスごと後ろに倒れそうになり、慌ててイスに立てかけてあった杖を使って体勢を立て直した。


(そのまま倒れていたら、おもしろかったのに)


 そう内心で残念がりながらコーヒーを楽しんでいるエドゥアルドの前で、オズヴァルトは噴き出てきた冷や汗を白い絹でできたハンカチでぬぐい、深呼吸をする。


「そ、それは大変、ありがたいことでございます、公爵殿下」


 そしてオズヴァルトはその太った顔に、満面の営業スマイルを浮かべて見せた。


「公爵殿下のご明察、私(わたくし)、大変感服するばかりでございます!

 決して、決して、損はさせませぬぞ!


 では、善は急げと申しますから、さっそく契約書の方を……」

「まぁ、待ってくれ、オズヴァルト殿。

 こちらからも、条件があるのだ」


 喜色を浮かべているオズヴァルトに、しかし、エドゥアルドは手の平を見せ、その言葉をさえぎる。

 するとオズヴァルトは一瞬、営業スマイルを作ることを忘れ、険しい表情を見せた。


「その……、条件とは、何でございましょう? 」


 それからオズヴァルトはまた営業スマイルを浮かべなおし、吹き出してくる冷や汗をハンカチでぬぐいながらそうたずねて来る。

 エドゥアルドはというと、コーヒーをすすり、悠然とした態度で、なんでもないような口調でそれに答えた。


「貴殿が持っている、兵器工場。


 あれを、半分でいいから、僕にくれ」


 それは単刀直入な言葉だった。

 そしてその条件を聞いたオズヴァルトは、驚きのあまり再び大きくのけぞって、今度はバランスをとるのが間に合わずイスごと後ろにびったーん、と倒れこんでしまった。

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