第36話:「盟友:2」

「我が国と、貴国が、盟友に、じゃと? 」


 クラウスはその顔に冷や汗を浮かべながら、エドゥアルドの言葉を問い返していた。

 するとエドゥアルドは無言のまま重々しくうなずいてみせ、クラウスの確認を肯定する。


 ノルトハーフェン公国もオストヴィーゼ公国も、より大きなタウゼント帝国というくくりの中に所属する諸侯に過ぎない。

 しかし、実際には両国には内政、司法、軍事など、高度な自治権が与えられ、実質的な独立国家として存在している。


 そして、その独立した諸侯にはそれぞれ、外交の自由も与えられていた。

 タウゼント帝国の皇帝に仕え、その使命を果たすという役割を阻害せず、また、皇帝からの許可を得られる限りは、諸侯は自由に婚姻関係を結び、また、国家間の約束を取り決めることができる。


「して、それは、どんな盟約じゃ? 」

「経済においては相互支援と発展、軍事においては攻防における同盟を」


 クラウス公爵の問いかけに、エドゥアルド公爵は短い言葉で答えた。

 すると、クラウス公爵は「ううむ」とうなり声を漏(も)らし、両腕を身体の前で組む。


 元々、両国の間には経済的な交流が、ごく当たり前にあった。

 オストヴィーゼ公国はその産物を輸出するためにノルトハーフェンの港を利用するのが便利で、ノルトハーフェン公国はその経済活動から関税収入を得ていたし、ノルトハーフェン公国で生産される製品をオストヴィーゼ公国は買っていた。

 また、ノルトハーフェン公国も、オストヴィーゼ公国で生産される麦や畜産物を数多く輸入し、オストヴィーゼ公国にとって主要な取引先の1つとなっていた。


 エドゥアルドはその関係をさらに強化し、そして、軍事的な、それも防衛のみの協力ではなく攻防共に相互協力を定めた高度な同盟にまで強めようとしている。


 基本的にタウゼント帝国国内の諸侯は、帝国永久平和令によって、互いに攻め合うことが禁止されている。

 しかし、タウゼント帝国の国外においては、その限りではない。


 タウゼント帝国に所属しない、別の国家に帰属する諸侯。

 そういった相手に対し、タウゼント帝国の諸侯が独自に軍事同盟を結び、攻撃をしかけるということは、それほど珍しいことではなかったし、むしろ推奨(すいしょう)されることさえあった。

 領土が広く、そこに住む人々が多くなれば、より国家が栄え、強くなるからだ。


 相手よりも大きく、強ければ、攻撃を受ける可能性も減らすことができる。

 国家は時にそういう生存本能のような理由で、拡張を肯定することもある。


 外敵から攻撃された際にのみ協力し合う防衛同盟ではなく、こちらから相手を攻撃しに行く場合も含めた攻防同盟を結ぶということはすなわち、場合によってはノルトハーフェン公国とオストヴィーゼ公国の双方が外に向かって拡張することも視野に入る、ということに他ならない。


 クラウスにとって、悪い話ではない。

 元々、両国は経済的な結びつきが強かったし、その関係をより深め活発にすることは自然なことだし、双方に利益がある。

 また、オルリック王国という大国と国境を接しているオストヴィーゼ公国としては、皇帝の命令が出されずともすぐに動いてくれる、強力な援軍を期待できる相手を得られるということで、いざという時の命綱を作ることにも役立つ。


「エドゥアルド公爵。

 貴殿の言うように盟約を結べば、確かに、我が国にとって利益は大きい。

 しかも、領土の領有権まで認めていただけるというなら、願ったりかなったりじゃ。


 しかし、それで貴国は、なにを得られるのか? 」


 クラウスはすぐには応じず、そう、探りを入れるように問いかける。


 確かに相互に支援し合うというのは魅力的だし効果的なのだが、しかし、攻防同盟となると、話は別だ。

 たとえば、ノルトハーフェン公国がオルリック王国に対する拡張戦争を目論んでいたとしたら、防衛だけではなく攻撃にも協力する義務のある攻防同盟を結んでしまうと、必然的にオストヴィーゼ公国はその拡張戦争に巻き込まれることとなる。


 そしてその際に戦場となるのは、ノルトハーフェン公国ではなくオストヴィーゼ公国の方だった。

 そんな事態になりでもしたら、ノルトハーフェン公国との盟約は、巨大な負債(ふさい)にしかならないだろう。


「確かに、短期的には我が国は領土の権利を失いますから、損をするでしょう。

 しかし、長期的に見れば、得るもののほうがずっと多いと考えております」


 クラウスの懸念(けねん)がわかるエドゥアルドは、両国の盟約によってノルトハーフェン公国が得るものについて説明していく。


「まず、我が国が領有権問題を抱えているのは、貴国だけではありません。

 他の、同じ皇帝陛下をいただくタウゼント帝国の諸侯とも、です。

 貴国と我が国が盟約を結んだのなら、きっと、我が国はそれらの問題をすっかり片づけることができるでしょう。

 帝国永久平和令があるとは言っても、2つの公爵家が固く盟約を結んだという事実にはそれだけの[重み]があるからです。


 そうして他の諸侯との関係が固まれば、私は国内のことに集中することができます。


 今、産業機械は急激な発展をとげております。

 蒸気動力の導入によってこれまでにはできなかったような製品の効率的な生産が可能となり、それを導入しなければ、それを先んじて導入した他国にあっという間に後れを取る、そういう状況です。


 私は貴国と盟約を結び、それを基(もとい)として周辺諸侯とも関係を取り結び、外交を安定させたのちは、国内の発展に力を注ぎたいと考えております。


 そうして、我がノルトハーフェン公国を、より強く、より豊かにしたいのです。

 それが、公爵として生まれた私の責務でありますから。


 その結果、我が国は失った領土よりも、より多くの益を獲得し、また、貴国とともに豊かに栄えることができるでしょう」


 周辺諸侯との対立関係を、オストヴィーゼ公国との盟約を利用して解消する。

 その後エドゥアルドは国内の発展に集中し、より産業を発達させる。

 そうすれば、交易を中心とした経済により栄えているノルトハーフェン公国はその特質を生かし、失った領土から得る以上の利益を得ることができる。


(なんとも、気の長い)


 クラウスはエドゥアルドの考えに感心し、かつ、呆れてもいた。

 元々タウゼント帝国の中では産業が発展している方とはいえ、それをさらに強化するのは、簡単ではないし時間もかかる。


(もっとも、エドゥアルド殿はまだ、お若いしの)


 だが、すぐにオストヴィーゼ公爵はそう納得してもいた。

 エドゥアルドはまだ若く、これから長く公国を統治していくはずだったから、すぐに結果を得られる短期的な小さな利益よりも、長期的に得られる大きな利益の方を重視できるのだろう。


 また、エドゥアルドはオストヴィーゼ公国との盟約を対外拡張に用いるつもりではなく、自国の経済発展と産業育成に必要な、諸侯との安定した関係を構築するために用いたいということだった。

 それなら、オストヴィーゼ公国にとってはなんの害にもならないはずだった。


 それに、クラウスを人質に取ってなんでも要求を飲ませることができるという状況を作り出したにもかかわらず、エドゥアルドは両国に利益のある提案を示しているのだ。

 クラウスとしては、この意外な状況を喜ぶべきだった。


「よろしいでしょう。


 その話、喜んでお受けしましょうぞ」


 エドゥアルドの説明を理解したクラウスは、エドゥアルドが示した力量に感嘆(かんたん)するような気持で、盟約の提案を受け入れていた。


「では、食事をしつつ、大まかな概略(がいりゃく)について話し合いましょう。

 細かい話は、正式な交渉の場を設けて、後から煮詰めて参りましょう」

「うむ、それがよかろうの。


 さ、早く、次の料理を出してくくだされ

 なんだか急に、空腹になってしまいましての」


 ほんの数日前まで軍事衝突の一歩手前という状況だった2つの国家。

 その、それぞれの国家元首。


 少年と老境の人という対照的な2人の公爵は今やすっかり打ち解けて笑い合い、談笑しながら、フルコースの料理を心ゆくまで堪能(たんのう)したのだった。

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