第35話:「盟友:1」

 入れ代わり立ち代わり、クラウスの目の前に様々な料理が運ばれてくる。

 また、テーブルの上には、数種類の焼きたてのパンも用意され、自由に取って食べることができるようになっていた。


 出される飲み物も、料理に負けず劣らず、美味なものだ。

 クラウスの好物であるオストヴィーゼ公国産のビールはもちろん用意してあったし、この3日間でクラウスの趣向を把握して準備してあったのか、クラウスが飲みたいと思うものを所望すれば、すぐに用意された。


 しかし、クラウスは料理を咀嚼(そしゃく)して飲み込んでも満腹感を得られず、酒を飲んでも酔うこともできなかった。


(小僧……。この会食、いったい、どういうつもりで開いたのじゃ? )


 それが気がかりで、しかたがない。


「クラウス公。……メインの料理が運ばれてくる前に、その味がわかるようにして差し上げましょう」


 空になった食器を片づけ、メイドたちが一礼して部屋を去っていくと、エドゥアルドがクラウスの内心を見透かしているようにそう言った。


「フン。十分、楽しませてもらっておるわい。


 しかし、どのようなご用件か、うかがおうではないか」


 クラウスはエドゥアルドが優位に立っているこの状況への不快感を隠さず、やや偉そうな態度でそう言い返す。


「では、まずは、私がクラウス公をお招きした理由から、お話いたしましょう」


 するとエドゥアルドは姿勢を正し、真剣な表情を作って、クラウスのことをまっすぐに見つめながら言った。


「まず、私としては、クラウス公、そしてオストヴィーゼ公国とは、友好関係を築きたいと願っております」

(フン。……じゃから、領土をよこせと、そう言う腹づもりじゃろう。


 しかし、簡単には認めぬぞ)


 エドゥアルドの言葉に、クラウスは内心でそう考え、身がまえる。


「ですから、まずはその友好の証として、我が国と貴国との間で長年にわたって係争地となっていた領土につきましては、貴国の領土としていただこうと思っております」

「しかし、あそこは我がオストヴィーゼ公爵家の先祖代々の正当な……、なんじゃと? 」


 クラウスはエドゥアルドの言葉に間髪入れずに反論しようと、自国の立場を主張しようとしたのだが、エドゥアルドの言った言葉がクラウスの事前の予想とはまったく異なっていたことに気がついて、思わずそう問い返していた。


「ですから、国境地域で貴国と係争となっていた地域に関しましては、貴国に対して譲渡(じょうと)いたします。

 我が国は、領有権の主張を取りやめましょう」


 エドゥアルドはクラウスがそういう反応を返して来るだろと予想していたのか、改めて言葉を変えながら、同じ意味のことを言った。


「き、貴国が、領有権の主張を、やめる?

 我が国に、あの係争地域の領有権を、明け渡すと言うのか? 」

「そうです」


 それでも自身の耳を疑わざるを得ず、問い返したクラウスに向かって、エドゥアルドは即座にうなずき返す。


「バカな!

 いったい、なにを考えておられるのだ、貴殿は!? 」


 思わず、クラウスは感情をあらわにしていた。


 なぜなら、こんなことはあり得ないからだ。

 エドゥアルドのことを若年公爵と侮(あなど)り、まんまと囚(とら)われの身となって、人質となってしまったのはクラウスなのだ。

 絶対的に優位な立場を確保しているのはエドゥアルドの側であって、クラウスではない。


 だからクラウスはこの場で、自国にとっての国益を少しでも守るために、自身の全力を尽くすつもりでいた。


 それなのに、エドゥアルドはクラウスに、オストヴィーゼ公国にとって有利な条件を示している。

 全面的な譲歩(じょうほ)と言ってもいい条件だった。


(いったい、どんな裏があるというのだ!? )


 クラウスとしては、そう警戒せざるを得なかった。


 領土とは、そう簡単に切り売りできるようなものではないはずだった。

 人間が暮らしていくためには必要不可欠なものが領土であり、人間はそこに家を立てたり、なにかを生産するのに使ったりして生きていく。

 それは一代限りの話ではなく、何世代もずっと、続いていく。


 その、人の生活に欠かすことのできない土地を、あっさりと放棄する。

 常識的にはまったく考えられないような話なのだ。


「もちろん、無条件で、というわけではありません」


 そういう反応をクラウスが見せるだろうということも、エドゥアルドは予想済みだったのだろう。

 あるいは、エーアリヒやヴィルヘルムなど、エドゥアルドに仕えている臣下たちと、事前に入念な打ち合わせをしているのかもしれなかった。


(小僧……、いや、エドゥアルド公爵と呼ぶべきか。


 年に似合わず、すでに、臣下の使い方を心得ておるのか)


 クラウスはエドゥアルドの評価を改めざるを得なかった。

 彼は年少であるにもかかわらず、すでに国内の実権を掌握し、そして、君主として臣下を使いこなしている。


(これは、ユリウスにも、早く国をゆずってやらなければ……。

 あ奴にも早く、エドゥアルド殿のように足元を固めさせねばな)


 それは、オストヴィーゼ公国のすぐ隣に、手強く、強力な君主をいただいた国家が育ちつつあるということでもあった。

 クラウスは内心で感心し、かつ、息子の将来の心配をしながら、エドゥアルドの言う条件について確認する。


「それは、どのような条件であるのか? 」


 この場で話し合うことは、今後の両国の関係に大きく関わって来る。

 そう理解したクラウスはイスに座り直し、自身も真剣な表情になって、エドゥアルドのことを見つめ返した。


 すると、エドゥアルドは小さく深呼吸し、クラウスに向かって言う。


「クラウス公。

 貴国には、ぜひ、我が国の盟友となっていただきたい」

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