第34話:「フルコース」

 囚(とら)われの身となって悶々(もんもん)とした日々を過ごしていたクラウスにエドゥアルドから会食の誘いが来たのは、囚(とら)われてから3日目のことだった。


「フン。どうせ、わしに断る権利など、ないのじゃろうが」


 クラウスは不愉快そうに、エドゥアルドからの要求を伝えに来たシャルロッテへと吐き捨てる。


「でしたら、我が主に申し上げまして、会食のご準備の方をさせていただきます」


 しかし、シャルロッテはやはり涼しい顔で、公爵家のメイドらしい優雅で品のある態度で一礼すると、音もなく部屋を退出して行ってしまった。


(わしを……、毒殺でも、するつもりか? )


 クラウスは自分の皮肉など歯牙(しが)にもかけないシャルロッテの背中を苦々しそうな表情で見送りながら、エドゥアルドの意図について考え込む。


 クラウスは今、囚(とら)われの身で、外部との情報が一切入ってこない状況にある。

 窓から人の出入りが激しくなっていることは見て取れたが、そこからわかることなどささいなものでしかなく、エドゥアルドの意図を考える役にはほとんど立たなかった。


 だが、エドゥアルドがどう出て来るかを考え、いくつも想定をつくり、それにどう対応するかあらかじめ考えておくことは、決して無駄ではないはずだった。

 正確な想定を作れないだろうということは明らかだったが、少しでも近似した想定を用意しておくことができれば、少しはクラウスの側に有利に交渉できるかもしれない。


 まっさきにクラウスの脳裏に浮かんだのは暗殺、ということだったが、すぐにその可能性は排除できた。

 クラウスを始末しようという意図があるのであれば、この3日の間にいくらでもチャンスはあったはずだし、そもそもクラウスを人質にとる必要さえない。


 おそらく、エドゥアルドはクラウスを釈放(しゃくほう)する代わりに、要求を突きつけてくるつもりなのだろう。

 絶対的有利な状況から、身代金代わりに一方的に要求を飲ませるつもりなのだろう。


「小僧め。

 わしは、そう簡単にはいかぬぞ」


 クラウスはエドゥアルドが勝ち誇ってどんな要求をしてきても、そこから少しでもオストヴィーゼ公国に有利になるよう条件をねじこんでやろうと、覚悟を決めて呟いた。

 油断から無様な囚(とら)われの身となってしまったが、せめて交渉術で、エドゥアルドを少しでも見返してやるのが、クラウスの望みだった。


────────────────────────────────────────


 やがて、会食として指定された時間になった。

 夕暮れ時から始まる、エドゥアルドとクラウスが同じ部屋で、同じテーブルについての、晩餐(ばんさん)会だった。


 クラウスは、エドゥアルドがクラウスを驚かすためにどんな料理を用意しているのかと思っていたが、テーブルにつく前から拍子抜けしたような心地になった。

 なぜなら、テーブルの上にはなにも乗っていない皿と、銀製のナイフやフォークがいくつも並べられているだけで、肝心の料理がなにも用意されていなかったからだ。

 クラウスのものだけではなく、エドゥアルドの料理もない。


 雰囲気は、よい。

 テーブルの上には純白の絹でできたテーブルクロスが上品にかけられ、部屋の中はほどよく蝋燭(ろうそく)とランプの明かりで照らされ、明るすぎず暗すぎず、落ち着く印象がする。


 その部屋の中で、エドゥアルドは自身の席の近くに立って、クラウスのことを出迎えた。

 そして2人は形式的な挨拶を交わすと、互いの席に腰かける。


「クラウス公爵、お元気そうなご様子で、なによりです。

 我が館での滞在は、お楽しみいただけておりますでしょうか? 」


 エドゥアルドと同じテーブルの席についたものの、見慣れない様子に戸惑っているクラウスに、エドゥアルドが丁寧な口調でそうたずねる。


「おう、大いに、楽しませてもらっておるぞ」


 するとクラウスは冷静をよそおって、余裕のありそうな態度でうなずいてみせた。


(小僧め。いったい、なにを考えているのじゃ? )


 エドゥアルドの意図が読み切れないだけではなく、会食も、これまでにクラウスが経験したことのない異様な形式だった。

 クラウスは内心で警戒を強くしながら、外見はあくまで平静をよそおう。

 この異様な会食自体が、クラウスの精神をゆさぶる、エドゥアルドの策略ではないかと疑わしいからだ。


(なめられるわけには、いかん)


 クラウスは、すでにエドゥアルドに決定的な敗北を味あわされている。

 だから、これ以上の屈辱(くつじょく)はなんとしてでも避けたかったし、エドゥアルドに勝ち誇らせるつもりはなかった。


「それは、なによりでございます。

 でしたら、本日は、クラウス公により良い思い出を作っていただきましょう」


 エドゥアルドは内心で警戒を強めているクラウスに向かって親しそうな笑みを向けながらそう言うと、テーブルの上に用意されていたベルを鳴らした。


 すると、そこで初めて料理が運ばれて来た。


「オードブル、そして食前酒でございます」


 料理を運んできたのはシャルロッテと、そしてルーシェという名前の、年が近いことからエドゥアルドの側近くに仕えていることが多いメイドだ。

 2人はそれぞれそう言うと、クラウスとエドゥアルドの目の前に料理を並べていく。


(おーど……ぶる? なんじゃぁ? )


 クラウスはただ、戸惑うしかない。

 最初に出されたその料理も酒も美味なものではあったが、あまりにも量が少なかったからだ。


「スープでございます」


 しかし、クラウスとエドゥアルドが最初の料理を食べきってしまうタイミングで、メイドたちの手によって次の料理が運ばれてくる。


 段々と、この会食の趣向がクラウスにもわかって来た。

 これは、様々な種類の料理を順番に出していく、コース料理と呼ばれる形式のものなのだ。


(なるほど、アルエット王国式の、フルコースというものか)


 クラウスにはまったくなじみのない形式の会食だったが、様々な料理を出来立てのもっとも美味な状態で提供するスタイルのフルコースは、クラウスの舌をうならせるのに十分な出来栄えだった。

 それは、料理を口にするものが心ゆくまで食事を楽しめるようにと、緻密(ちみつ)で繊細(せんさい)に、洗練されたものだったからだ。


 その出来栄えは、


(まさか……、これは、最後の晩餐(ばんさん)、か……? )


 そうクラウスに覚悟させ、冷や汗を流させるほどのものだった。

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