第24話:「貢物(みつぎもの)」

 クラウス公爵とその息子のユリウスが親子で会話をしていると、唐突に連絡の兵士がやってきて、オストヴィーゼ公国軍の野営地を地元の領民たちがたずねてきたという知らせがもたらされた。

 領民たちは数台の馬車を引きつれていて、クラウス公爵への目通りを望んでいるのだという。


「よし。会ってやろうではないか」


 その報告を聞いたクラウスはニヤリと微笑み、こころよく領民たちの要望に応じた。

 なぜなら、クラウスには領民たちがなぜ目通りを求めてやってきたのかが、すでに分かっていたからだ。


 ほどなくして、クラウスとユリウスが使っている天幕に領民たちの代表だという男性が案内されて来た。

 農夫であるらしく、素朴な衣装に豊富な口ひげを持つ中年の男性だった。


「そうかしこまらずとも良い。さ、ご用件を申されよ」


 クラウスとユリウスの前にやってくるとひざまずいてうやうやしく頭を下げた農夫に、クラウスは気さくな、優しい声をかけてやる。


 この辺り一帯がオストヴィーゼ公国のものとなれば、この農夫も当然、オストヴィーゼ公国の臣民となる。

 だからまずは親切に、親身になって接してやり、心をつかんでおく必要があった。


「へぇ。

 近隣の村々の者(もん)とも話し合って決めたんだべが、クラウス公爵様に、貢物(みつぎもの)さ、持って来たんでごぜえます」


 すると農夫は頭をあげ、そう、やや訛(なま)りのある言葉で説明した。

 要点をまとめると、こういうことであるらしい。


 オストヴィーゼ公国とノルトハーフェン公国がそれぞれ軍隊をくり出してきたために、付近の領民たちは戦争になるのではないかと恐れている。

 そのために、戦争にならないよう、また、もし仮に戦争になったとしても、村々を荒らして略奪などをしないように、貢物をするから、しっかりとした約束をしてもらいたい。


 こういうことは、戦地になりそうな地域ではよくあることだった。


 戦闘が始まれば農地が踏み荒らされ、戦闘の混乱にまぎれて村々は略奪され、兵士たちによって乱暴を働かれる。

 そうなるよりは、先に貢物を捧げてでも、兵士たちのリーダーから略奪などを禁じるという約束をしてもらう。


 略奪によって根こそぎ奪われるよりは、と、領民たちは自らの生き残りをかけて彼らなりに、したたかに考えているのだ。


「おお、貢物とは、ありがたい!

 喜んで、いただきましょうぞ!


 もちろん、貴殿ら領民の安全は、我がオストヴィーゼ公爵家の名誉にかけて、守らせていただきましょう! 」


 公爵という高位の貴族と話すことに慣れていないのかおどおどとした様子の農夫を安心させてやるように、クラウスはなるべくはっきりとした明るい言葉でそう断言する。


「ありがとうごぜぇますだ、領主さま。


 それで、その……、できれば、証文もいただければと」


 だが、農夫は慎重に、口約束だけではダメだと、ひかえめな口調ではあるが、それをもらえるまでは引き下がれないといった様子で求めて来る。


「おう、おう。もちろん、わかっておるわい。

 すぐ、用意いたそう」


 クラウスはうなずくと、すぐさま紙とペン、インクを用意し、戦闘が起こっても兵士たちに近隣で略奪行為を働かせず、また、領民の生命や財産を保証し、不必要な損害を与えてしまった時には相応の補填(ほてん)をするということを記した文章を作成した。

 そしてクラウスは、息子であるユリウスとの連名でその文章にサインし、かしこまっている農夫にそれを手渡す。


 口でどんなことを言ったとしても、結局は形としてそれが残っていなければ、信用することなどできないのだ。


「確かにいただきました。

 ご配慮、感謝いたしますだ、領主さま」


 農夫は何度も文章を確認し(どうやらその農夫は、文字が読めるから領民たちの代表としてこの場にやってきているらしい)、間違いなくクラウスのサインがなされていることを特に念入りに確認すると、再びかしこまって頭を下げた。


「ふふふ。ユリウス。聞いたか? 領主様、じゃとよ」


 クラウスから確かな約束を取りつけたことでようやく安心し、大役を果たせたおかげか表情を明るくした農夫が天幕を出ていくと、クラウスは機嫌良さそうに自らのひざを軽く叩きながら言った。


「これはまさに、領民も、我らに治めてもらった方が良いと思っておるという、なによりの証拠であろうよ!

 あんな、簒奪(さんだつ)を目論んだ罪人を断罪することさえできん、軟弱な若造よりも、わしらの方によほど頼りがいがあると思ったのじゃろう! 」


 クラウスは、農夫が彼のことを「領主さま」と呼んだことを気に入っている様子だった。


 戦闘になった際に略奪を働く恐れがあるのは、勝った側も、負けた側も同じだった。

 だから領民たちは、オストヴィーゼ公国軍にだけではなく、どうせ、ノルトハーフェン公国軍にも貢物を捧げ、同じような約束を取りつけようとしていることだろう。


 だが、そうだとしても、農夫がクラウスを「領主さま」と呼んだことは、クラウスがこの地を治めることを認め、待ち望んでいるというなによりの証であるように思われたのだ。


 持ちよられた貢物は、なかなか立派なものだった。

 近隣の領民たちが慌てて用意したのであろう、今朝つぶしたばかりの新鮮な家畜の肉に、チーズやハム、ベーコンなどの加工食品、新鮮な野菜やパン。

 そして、大量の酒。


 4000名のオストヴィーゼ公国軍に等しく分け与えても十分な量があった。


「ふふふ。前祝じゃ!

 兵士たちにも振る舞い、存分に飲んで、食べさせてやろうぞ! 」


 領民たちが運び込んできた貢物を確かめたクラウス公爵がそう宣言すると、それを聞いていた兵士たちはみな歓声をあげ、クラウス公爵の威光を称える言葉を口々に言い合った。


(これだけの貢物……、果たして、この周囲の村々の領民が、簡単に集められるだろうか? )


 さっそくお祭り騒ぎになった野営地の中で、ユリウスだけは冷静なまま、そんな疑念を抱く。


 このあたりの土地は、オストヴィーゼ公国と暮らし方がよく似ているから、そこに住む人々がどんな生活をしているのかも想像できる。

 どれだけの財産や物資のたくわえがあるのかも、予想できてしまう。

 そして、その日送られて来た貢物の数々は、オストヴィーゼ公国の常識から言えばあまりにも豊富すぎて、質も良いものだった。


 だが、ユリウスはなにも言わなかった。

 喜んでいる父親や兵士たちにあえて水を差すような気持に、どうしてもなれなかったからだった。

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