第23話:「クラウスとユリウス」

 野営地の公爵用のテントに帰り着いたクラウス公爵は、上機嫌だった。


「ふふふ。ユリウスよ、見たか?


 あの、若造の悔しそうな顔を! 」


 テントに持ち込まれた木炭ストーブに手をかざして暖をとりながら、クラウスは得意げな表情で言う。


 クラウスの振りかざした詭弁(きべん)は、かならずしも完璧なモノとは言えないかもしれなかった。

 だが、若い公爵であるエドゥアルドはまともに言い返すことができず、結局、クラウスたちに一方的に立場を明らかにされただけで会見は終わってしまったのだ。


 領土のことであるから、あれだけでエドゥアルドたちが引き下がるとも思えなかったが、かといって、クラウスを退けるための良い案を生み出せるとも思えなかった。

 あとはただ、[新兵の教練]を口実としてこの場にゆるゆるととどまり続け、着実に既成事実を積み重ねて行けばいい。

 そうすれば、クラウスは1人の兵士を損なうこともなく、自国の領土を広め、係争地をめぐる対立で優位な結果を得ることで自らの権威をより大きくすることができるのだ。


「しかし、父上。

 後でエドゥアルド公爵から、恨まれるようなことにはなりませんか? 」


 上機嫌なクラウスとは対照的に、次期オストヴィーゼ公爵であるユリウスは、浮かない顔をしていた。


「フン、そんな心配はいらんわい。

 一度しっかりと定まってしまえば、帝国永久平和令もあることじゃし、あの小僧がなんと思おうと、手も足も出せんだろうよ」


 そんなユリウスのことを、クラウスは手間のかかることだと言いたそうな視線で見つめながら、言う。


「それに、これはお主のためでもあるのじゃぞ?

 わしのあとを継ぐお主が、苦労をせんで済むように、とな」

「それは……、ありがたいご配慮では、あるのですが」


 ユリウスはそう言って頭を下げたが、なおも釈然(しゃくぜん)としない様子だった。


(やれやれ……。しかたのない息子じゃ。

 こ奴は、今は亡き兄どもと違って、性質がちと真面目過ぎるんじゃ。


 その分、わしの後を任せても安心と、言えるのじゃが)


 そんなユリウスに内心でそう、心配と好感とが入り混じった感情を覚えつつ、クラウスはエドゥアルドほどではないがまだ初心(うぶ)さの残るユリウスのために、説教のようなことを口にする。


「良いか、ユリウスよ。

 確かに、あのエドゥアルド公爵は、わしのことを恨みに思うじゃろう。


 しかし、領土をめぐって血みどろの対立をするよりは、このように相手の弱みにつけ込んで無理やりにでも解決してしまった方が、何万倍もマシというものじゃわい。


 それに、そもそも、この辺り一帯の領土の価値は、我が国においては高く、あちらの国においてはさほどではない。

 なぜか、お主になら、わかるであろう? 」

「それは……。

 我が国の経済の基盤が、農業や牧畜にあり、ノルトハーフェン公国の経済の基盤が、商業や工業にあるから、でしょうか? 」

「そうじゃ。その通りじゃ」


 少し考えて出てきたユリウスの答えにクラウスは満足そうにうなずくと、言葉を続ける。


「この辺りは、開けていて、適度に小川があり、牧畜にも農業にも適した土地柄じゃ。

 実際、この周辺に住む領民は、羊を飼い、作物を育てて生きておる。

 我が国のものとなれば、わしらがこれまで続けてきた統治のやり方が、そのまま適応できるじゃろうし、領民にとってもなにかと便利じゃろう。


 それに対して、ノルトハーフェン公国の経済の基盤は、商業と、工業。

 ノルトハーフェンという天然の良港を基礎とした、交易によって成り立っておる。


 つまり、我が国としては、この辺りの土地を得られればそのまま利となり、価値が大きい。

 家畜も作物も、それを得るために使う土地を広げれば広げるほど、より豊かな実りとなって返って来るからの。

 それに対し、交易を中心としておるかの国にとっては、この土地で取れる産物は交易によって得られる富に対してさほどのことではない。

 我が国にとっては大きいが、かの国にとっては、ここを失っても大きな損とはならんわけじゃ。


 より必要としている者が、得る。

 その方が良いはずじゃろう?

 かの国はすでに交易によって富み栄えておるのじゃから、広々とした農地は我が国にゆずる方が、公平というものじゃ」


 クラウス公爵の理屈は、少なくとも、オストヴィーゼ公国の立場からしてみれば正しいことであるには違いなかった。


 同じ被選帝侯の公爵家だから、ノルトハーフェン公国とオストヴィーゼ公国の力は、歴史上ほぼ対等であり続けてきていた。

 しかし、蒸気機関の発明を始めとして産業が発達してくると、自然と交易に便利なノルトハーフェン公国は従来よりもさらに栄えるようになり、潤(うるお)っている。


 国土はオストヴィーゼ公国の方が広くとも、そこから得られる富は、ノルトハーフェン公国に遠く及ばないものとなっているのだ。


 だから、せめて土地はオストヴィーゼ公国に譲歩して渡してもらいたいし、その方がうまく活用できる。

 それが、クラウスの考えだった。


「ですが、父上。

 相手の弱みにつけ込んで、というのは、どうにも後味が悪いのです」


 ノルトハーフェン公国ではなく、オストヴィーゼ公国の人間である以上、ユリウスにもクラウスの論理は理解できるし、共感もできる。

 だが、彼の心の中にはどうしても、そのバツの悪さが残ってしまう。


「まったく、本当に、真面目な奴じゃ!

 まぁ、わしのような腹黒い領主よりは、領民もお主のような君主を戴いた方が、安心というものであろうが。


 お主が気にするようなことではないわい。

 なんなら、代替わりした後で、「全部、父のしたことですので」と、わしに全責任をおっかぶせればよいのじゃ! 」


 クラウスはそう言うと、なおも浮かない表情を見せているユリウスの肩をばしんと、少し強めに叩くのだった。

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