第22話:「対話:3」

 ノルトハーフェン公爵・エドゥアルドと、オストヴィーゼ公爵・クラウスは、この時、間近で、確かに同じ場所で会見していた。


 面識などなくとも、お互いに親戚(しんせき)と呼べる間柄だ。

 ノルトハーフェン公爵家もオストヴィーゼ公爵家も、元々はタウゼント帝国の初代皇帝の5人の子供の子孫であり、同族である。

 それだけではなく、ここ数百年の間にも何回か婚姻(こんいん)関係を結んでいたことがあり、今でもお互いに血のつながりを持っている。


 だが、2人の公爵の間には、目には見えない大きな隔(へだ)たりが存在する。


「まず、貴殿は我々が兵を動かしたというが、いったい、それがなんのことであろう?

 ワシはただ、自分の領地を[散歩]しておるだけで、この者たちは警護のためにつき従っているまでのこと。


 自分の家の[庭]を[散歩]するのに、いったい、誰にはばかることがあるであろうか? 」


 そのクラウスの言葉に、エドゥアルドは表情を抑えていたが、やや不愉快そうな顔をしたのをクラウスは見逃さなかった。


(やはり、若い。

 挑発すれば、乗ってきそうじゃの)


 クラウスは内心でほくそ笑みながら、しかし、そのことは一切、表に出さなかった。

 それは、老境にさしかかった狡猾(こうかつ)な公爵と、まだその地位についたばかりの年少の公爵の[差]だった。


「そもそもここは、我がオストヴィーゼ公爵家に属すべき土地である!

 貴殿は、ここは係争地であるというが、我が方としてはそのような係争など、元よりなかったと考えておる! 」

「しかし、歴代の公爵は、何度も話し合いの場を設けてきたはずだ! 」


 クラウスの言葉を、エドゥアルドが遮った。

 クラウスが言うようにここが[係争地ではない]ということになれば、クラウスが兵を動かしたことを非難しづらくなるし、ここがノルトハーフェン公国の領地ではなく、オストヴィーゼ公国の領地であると認めることになってしまうからだ。


「ここが係争地でなければ、なぜ、歴代の公爵が話し合いを重ねてきたというのですか? 」

「それは、貴国が[話し合いの場を設けて欲しい]と要請してきたからじゃわい」


 クラウスのことを睨みつけて来るエドゥアルドに、クラウスは右手の手の平を見せてなだめるようにしながら主張する。


「そもそも我が国からすれば、この場所に領土の問題など存在せんかったのじゃ。

 じゃが、貴国が[国境線が不明瞭である]などと言い、そのことで話し合わせてくれと強く言うから、こちらはしかたなく応じてきたまでのこと。


 同じ皇帝陛下にお仕えする臣下であり、元をただせば初代皇帝陛下に連なる、縁深き間柄であるゆえに、な。


 その証拠に、これまで持たれて来た話し合いは、すべて、貴国の方から先に提案して来たものであって、こちらから要請したことは1度もないのじゃ」


 オストヴィーゼ公国の側から話し合いを求めたことは、1度もない。

 それは、クラウスのついたウソだった。


 ノルトハーフェン公国もオストヴィーゼ公国もそれぞれ歴史が長く、その長い歴史の間に、どんなことがあったのかをすべて網羅(もうら)することなどできるはずがない。

 だから、領土問題について常にノルトハーフェン公国の方から話し合いを求め、オストヴィーゼ公国はその[言いがかり]にしかたなく応じていただけだ、などという言葉を、真実かどうか見極めることは、誰にもできない。

 実際に、クラウス自身でさえ、そうだと断言できる根拠を知らないのだ。


 冷静に考えれば、エドゥアルドはそのことに気づけるはずだった。

 だが、彼は才能にあふれる努力家だったが、若かった。


 自分はまだ、公爵の位を継いで日が浅い。

 公爵としての実権さえ持てずに、つい最近まで幽閉同然の扱いだった。

 そして、エドゥアルドの父は、あまりにも早く、唐突に死んだ。


 クラウス公爵が言うようなことが真実であったのに、エドゥアルドはただ、若すぎるためにそれを誰からも聞くことができず、知らなかっただけなのではないか。

 そんな疑念が、エドゥアルドの思考を鈍らせる。


「もし、クラウス公がおっしゃることが真実であったのだとしても、このように、4000名もの軍勢を率いて我が国境近くに野営するのは、いかがなものか」


 エドゥアルドは、そう指摘することが精いっぱいだった。


「左様。確かに、それは我が方の落ち度であったやも知れぬな」


 そのエドゥアルドの言葉をクラウスは肯定しつつも、「しかし」と言葉を続ける。


「元より、我らに貴国を攻める意図などありはしないし、これはわしの[散歩]ではあるが、新兵どもに教練をつけることも兼ねておる。

 我が領地をぐるぐる行軍させるだけでは、実戦的な教練はできぬからな。

 このように我が国の首都から離れたところまで行軍し、野営させて、実戦的な教練を、わし自らの手でつけてやろうと思ったのじゃ。


 確かに、このように大勢を動かしたのは、配慮に欠けていたかもしれぬ。

 じゃが、まさか、オルリック王国との国境に向かって行軍し、教練をした方が良かったなどと、言うつもりはあるまいの? 」


 オストヴィーゼ公国は、そもそもノルトハーフェン公国と領土問題など抱えていない。

 そしてクラウスは、自身の[散歩]のついでに兵士たちに教練をつけようと、軍勢を従えてきているだけ。

 その軍勢の向かう先は、タウゼント帝国とは異なる国家であるオルリック王国の方面に向かって刺激するわけにはいかないから、同じ国家に所属するノルトハーフェン公国にしか向けられない。


 クラウスの主張をまとめるとこうで、それは一応、筋が通っているようにも思える。


「ならば、クラウス公。

 いつまで、教練を続けるおつもりか? 」

「さぁて、いつまでかのぅ」


 必死に隠そうとはしているが、エドゥアルドが苦々しそうな表情を見せているのに、クラウスは気分を良くしながら、ぬけぬけと答える。


「いつまで、とは、確かなことはなにも申せぬなぁ?

 新兵どもが十分使い物になるまで、としか。


 のぅ? ユリウスよ」

「はい。父上」


 唐突にクラウスから話を振られたユリウスだったが、彼は表情ひとつ変えずに、すかさずうなずいてみせる。

 彼も若かったが、エドゥアルドよりは少し年上で、突然ことにも感情を見せないという芸ができるのだ。


「そういうことじゃ、エドゥアルド殿。

 わしは我が領地で、心行くまで過ごすつもりじゃ」


 一見するともっともらしい論理、詭弁(きべん)によってエドゥアルドを言いくるめたクラウスは、エドゥアルドがなにか反論を返して来る前に言った。


「それに、わしはこの通りの老体ゆえな。

 少々、寒さがこたえて、たまらんわい。

 すまんが、これにて野営地に戻らせていただく。


 エドゥアルド殿も、どうか、安んじて、ヴァイスシュネーへと帰り、ゆったりと過ごされるが良かろう」


 そしてクラウスは、これで話は終わりだと言わんばかりに馬首を返し、エドゥアルドの返答も聞かずに、自軍の陣地に向かって駆け去っていき、その後にユリウスと従者たちも続いた。

 エドゥアルドはなにも言えずに、去っていくクラウスたちを見送るしかない。


 両国による対話は、不成立に終わった。

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