第11話:「親政:2」

 年が明けたノルトハーフェン公国は、活気に満ちていた。

 フェヒター準男爵が企てた謀反を撃退し、公国の反逆者を一掃するためにポリティークシュタットへと進軍して一気に公国の実権を掌握したエドゥアルドによる親政によって、次々と改革が行われているからだ。


 タウゼント帝国では、年末から新年にかけてゆっくりと過ごすことが一般的だったが、ノルトハーフェン公国では例年のようにゆったりとした時間は存在しない。

 公国に仕える人々はみな、エドゥアルドが号令する改革に対応するために大忙しだったし、それに加えて、年始に行うべき行事が重なってしまったからだ。


 晴れて公国の実権を取り戻すことができたエドゥアルドによって行われる、公爵としての公務である新年の祝賀行事。

 それに加えて、エドゥアルドの誕生日が1月中であることから、エドゥアルドの誕生パーティも開かねばならない。


 これまでであれば、実権なき公爵であったエドゥアルドの誕生日は、シュペルリング・ヴィラでエドゥアルドのために働いている人々によって、わずかな客人を招いて細々と行われるものだった。

 だが、正式にエドゥアルドが公国の統治者となった今、招くべき客人は公国中におり、それだけではなく、国外から訪れる来賓(らいひん)も考慮しなければならなくなる。


 だが、この問題を、エドゥアルドは解決して見せた。

 彼は、2つの行事を、1つに合体させて、1回の祝賀行事としてしまったのだ。


 貴族にとって、仰々しい式典というものは、その権威を明らかなものとし、自らが生まれながらの[支配者]であることを人々に示すために必要な物だったし、その式典の壮麗(そうれい)さによって、自身の力を誇示するために重要なものだった。

 だが、エドゥアルドはそんなことにはあまりこだわりがなかったらしく、2つの式典を1つに合体させただけではなく、簡素化させてしまった。


 どうやらエドゥアルドは、今は式典などより、公国の改革の方を推し進めていきたいと考えている様子だった。

 なにも行わないのはさすがに儀礼上よろしくないと、エーアリヒやヴィルヘルムに進言されなかったら、エドゥアルドは式典そのものを中止にしようとさえ、考えていたらしい。


 ルーシェたち、エドゥアルドに仕える使用人たちにとっては、ありがたい話だった。

 エドゥアルドはエーアリヒと和解することで公国の統治機構をそのまま手に入れ、円滑に改革を進めることができているようだったが、使用人たちはまだヴァイスシュネーでの新しい生活と仕事に慣れていないからだ。


 シュペルリング・ヴィラにいたころのエドゥアルドは、暗殺の危険を可能な限り回避するため、わずかな人数の使用人しか雇っていなかった。

 ルーシェがスラム街から拾われてくるまでは、エドゥアルドの側で仕えていた人数は、わずかに3人。

 メイド長のマーリア、先輩メイドのシャルロッテ、御者のゲオルクの、たった3人。

 ルーシェを含めても、4人だけだ。


 シュペルリング・ヴィラにいたころにはそれでもなんとか回っていたのだが、公国の実権を取り戻して名実ともにノルトハーフェン公爵となった今のエドゥアルドには、これまでのように暗殺を危惧してなるべく人を近づけないようにという配慮が必要ない。

 だから、新たなエドゥアルドの居館となったヴァイスシュネーでは、エドゥアルドは必要なだけ、大勢の使用人たちを雇うことになった。


 その多くは、元々ヴァイスシュネーで働いていた使用人たちで、中には先代のノルトハーフェン公爵に仕えていたベテランも多かったから、[技量]という点ではまったく問題ない。


 しかし、問題だったのは、[連携]の方であった。


 エドゥアルドに長く仕えていたから、必然的にヴァイスシュネーでもマーリアがメイド長になってメイドたちを取り仕切ることになったのだが、先代の公爵に仕えていた経験もあるベテランの使用人たちにとっては、[外から来た人間が、個人的な結びつきをかさに着て]と、面白くない。

 マーリアたちエドゥアルドの元々の使用人の方も、ヴァイスシュネーでの勝手はわからず、思うように働くことが難しかった。


 そんな状況だったから、新年の祝賀会と、エドゥアルドの誕生祝賀会を1つにまとめて行うことになったことは、幸いだった。

 単純に仕事量が減ったということに加えて、エドゥアルドの誕生日の方に日程を合わせたので、準備のためにより多くの時間を得ることができたからだ。


 その間に、ルーシェたちは、ヴァイスシュネーで働いていた使用人たちとなんとか打ち解けなければならなかった。


 その方法は、単純だ。

 ルーシェたちはヴァイスシュネーの使用人たちの誰よりも熱心に働き、自分たちの実力をはっきりと示して見せたのだ。


 元々、少数精鋭で、役割分担もそこそこに、忙しければお互いに[なんでもやって]エドゥアルドの身の回りの世話をこなしてきたのがルーシェたちだ。

 きちんと人数をそろえて専門家を作り役割分担を行って来たヴァイスシュネーの使用人たちと比較すると、個々の専門分野では劣ることもあったが、ルーシェたちは[どんな仕事でも]高いレベルでこなすことができた。


 たった4人で、これまでエドゥアルドを守って来たのだ。

 こなして来た仕事量の密度が違う。


 そうして、ルーシェたちはヴァイスシュネーで働いていた使用人たちにも自分たちの存在を認めさせ、マーリアはメイド長として職務を掌握することに成功した。


 そうして、年明け後少し時間を置いてから執り行われた、新年を祝い、エドゥアルドの誕生日を祝う祝賀行事は、大成功を収めた。


 祝賀行事には、ノルトハーフェン公爵家に仕える貴族たちや、公国の有力者たちだけではなく、諸外国からの来賓(らいひん)たちも数多く参加した。

 日程を後ろにずらしたことで、エドゥアルドが公爵として親政を始めたことを知ったタウゼント帝国の諸侯たちが、挨拶と祝いの言葉を述べるために使者を送って来たのだ。


 ノルトハーフェン公国の東の隣国、オストヴィーゼ公国からの使者は連絡の不備からかなかったものの、ノルトハーフェン公国の周辺の伯爵領や男爵領、そのさらに向こうのアルトクローネ公国からも使者が訪れた。

 特に、アルトクローネ公国を治めるアルトクローネ公爵家は、現在のタウゼント帝国の皇帝であるカール11世を輩出した家であり、皇帝から直接使者を賜(たまわ)ったわけではないものの、十分に格式の高い出来事だった。


 目が回るほどに忙しかったが、ルーシェにとって、ヴァイスシュネーに引っ越してからの日々は、毎日が充実していた。


 それは、これから始まるエドゥアルドの統治によって公国がさらに発展し、人々に幸福な日々が訪れる、やがて訪れる春を思わせる、希望に満ちた時間だったからだ。

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