第6話:「対談:3」

 かしこまって深々と頭を下げたままのエーアリヒに、エドゥアルドは、「まずは、理由が知りたい」と告げた。


 それは、かたわらに控(ひか)えているヴィルヘルムとの事前の打ち合わせでは、なかった言葉だった。


 だが、エドゥアルドは知っておきたかった。

 エーアリヒが、エドゥアルドから公爵位を簒奪(さんだつ)しようと目論んだ、そのワケを。


 さぞや、美しくとりつくろわれた言葉が出てくるのだろうと思っていた。

 自分自身の罪を巧みに回避し、エドゥアルドに向かって命乞いをする、そんな言葉が。

 あるいは、すべての責任をフェヒターに擦(なす)りつけようとするかもしれなかった。


 エドゥアルドは、実を言うと、そうなることを期待していた。

 落ち着き払ったエーアリヒが、敗者として、勝者であるエドゥアルドに、必死に命乞いをし、弁明する姿を見たかった。


 そうすればエドゥアルドは、エーアリヒを生かさなければならないという、この不快な作業を乗り越えられると、そう思っていた。


「力が、欲しかったのでございます」


 しかし、エーアリヒから出てきた言葉は、どうやら、命乞いではないようだった。

 彼はあっさりと、自らの行動する目的が、力のため、つまり権力を持つことであると認めた。


 自分の思い通りの反応を見せないエーアリヒに、エドゥアルドは不快そうな表情を見せる。

 しかし、黙ったまま、エーアリヒの言葉に耳を傾けていた。

 エドゥアルドの望みはエーアリヒが敗者らしく命乞いをすることだったが、しかし、彼が簒奪(さんだつ)を目論んだ理由に興味もあったのだ。


「私(わたくし)には、かつて、生涯を共にすると、心に誓った伴侶がおりました」


 しかし、エーアリヒの口から飛び出して来た言葉を聞いて、エドゥアルドはきょとんとした顔をしてしまう。

 それは、あまりにもエドゥアルドの予想とは外れた言葉だったからだ。


「しかし、私(わたくし)は、準伯爵。

 殿下のノルトハーフェン公国にお仕えする、貴族の1人。


 殿下もいずれご経験なされることと存じますが、貴族にとって、縁(えにし)と申しますものは、大変に重要なモノでございます。

 それこそ、お家の存亡を揺(ゆ)るがすほどに」


 エドゥアルドは、結婚というのはまだ、ずいぶん先の話だと思っていた。

 これまでは自身の身を守ることに精一杯で、そんな恋愛といったことには考えを巡らせている余裕などなかったし、エドゥアルドはもうしばらくするとようやく15歳になるという若さだったからだ。


 だが、貴族にとって、婚姻関係が重要であることは理解している。


 血の結びつきというのは、貴族にとっては数少ない、確かな[つながり]だった。

 婚姻関係にある家と家どうしは互いに盟友として助け合うし、危機に瀕した時にもっとも頼れるのは、婚姻関係によって生まれた血縁だけだった。


 口先だけの[約束]ではなく、血の結びつきがあってこそ、盟約に[重み]が生まれるのだ。


 このために、自由恋愛によって結婚に至った貴族というのも存在はするが、ほとんどの貴族はそうではない。


 誰と婚姻関係を結ぶのか。

 それは、どの家と盟友になるかということだった。


 個人の感情だけでは、決められない。

 後ろ盾のない者と婚姻すれば、将来の心強い助けとなってくれるはずの[つながり]を1つ、失ってしまうことになるからだ。


 下級貴族であればまだ気楽に自由恋愛もできたが、エドゥアルドのような高位の貴族ともなれば、自由恋愛などできはしないだろう。

 そしてそれは、準伯爵という地位にあるエーアリヒも、同じであるはずだった。


「私(わたくし)が生涯、愛すると誓った女性は、なんの後ろ盾もない平民の娘でございました。


 しかし、私(わたくし)の家、エーアリヒ準伯爵家は、古くはノルトハーフェン公爵家に端を発する、重代の重臣の家柄。

 平民のその娘と結ばれることなど、できないことでございました。


 私の婚姻については、先々代のノルトハーフェン公爵からのお声がかりもあり、ついぞ、その娘と結ばれることはなかったのでございます」


 そこまで言うと、不意に、エーアリヒは顔をあげた。

 そして、真っすぐに、真剣なまなざしでエドゥアルドを見つめながら言う。


「ですから、私(わたくし)は、力が欲しかったのです。

 我が意を通すことのできるほどの、力が欲しかったのでございます。


 自らの望みをかなえ、自由に振る舞うことができるほどの、力が」


 その言葉は、あまりにも予想外過ぎて、そして、真っすぐ過ぎた。

 エーアリヒが、エドゥアルドに慈悲を請うためにこんな話をしているのではないということは、その真剣な視線、表情からも、はっきりと読み取れる。


 エドゥアルドだけではなく、その場に警備のためにひかえていた兵士たちも、呆気にとられたような顔をしていた。

 いつもと変わらないのは、仮面を張りつけたようなヴィルヘルムだけ。


「それで……、その……、貴殿が愛した女性というのは、どうなったのだ? 」


 やがて、エドゥアルドは呆気にとられたまま、なんとかそうエーアリヒ質問する。


「その者は、私(わたくし)の前から、10年以上も昔に去りました。


 貴族にとって、お家は大事なもの。

 それを守るためには、私(わたくし)の迷いを断つためには、自分は姿を消した方が良いと、その者はそう考えたようでございます。


 そして、最近になって、私(わたくし)は、その者がすでに亡くなったことを知りました」

「そ、そうなの、か……」


 どうやら、エーアリヒの壮大な恋は、悲恋に終わったようだった。

 エドゥアルドは少しバツの悪さを感じながらも、そう言ってうなずいてみせる。


「……殿下」


 その時、今まで打ち合わせにないエドゥアルドの好奇心からの質問を黙認していたヴィルヘルムが、「本題を切り出しましょう」と言いたそうに、うながすような口調で言う。


 その言葉で正気を取り戻したエドゥアルドは、コホン、と咳ばらいをすると、エーアリヒを自身もまっすぐな目で見つめ、問いかける。


「個人的な質問をしてしまったが、話を本題へ戻そう。


 エーアリヒ準伯爵。

 貴殿は、僕のために働くつもりは、あるのか? 」


 その問いかけに、エーアリヒは、短く、だが、はっきりとうなずいてみせた。


「ございます」

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