第5話:「対談:2」
エドゥアルドの足元にひざまずき、自らの罪と敗北を認めて降伏したエーアリヒ準伯爵。
エーアリヒは今、ポリティークシュタットの城下にある彼の居館で、謹慎(きんしん)生活を送っている。
エーアリヒの周囲にいるのはわずかな使用人たちだけで、元々エーアリヒの居館を警備していた私兵たちは武装解除されて解散させられ、あとはエーアリヒを監視するために派遣されたエドゥアルドの兵士たちだけ。
監視の指揮をとっているのは、功績によって昇進したアーベル大尉で、ノルトハーフェン公国軍の中からエーアリヒの側についていないということが明らかな兵士たちを選抜して集め、監視を行っている。
エーアリヒは、大人しかった。
まるですべてをあきらめ、運を天に任せるような静かさで、謹慎(きんしん)場所となっている彼の居室で、瞑想(めいそう)のようなことをしている。
公国を乗っ取る陰謀を巡らしていた腹黒い策略家にしてはあまりにも静か過ぎたが、その落ち着きぶりも、[エドゥアルドは、自分を断罪できないだろう]というふうに読んでいるからなのだろうと、エドゥアルドには思えてしまう。
エーアリヒの思い通りに行動しようとしている。
そう思うと、思わずエーアリヒを処断してしまいたくなってきてしまうが、そうなっては公国の統治が出だしでつまずきかねないため、エドゥアルドはその衝動をぐっとこらえて、エーアリヒと対談するために彼をヴァイスシュネーへと呼びつけた。
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エーアリヒは、すぐに、アーベルらの手によって護送されて来た。
公(おおやけ)には[謀反人]としてではなく、[フェヒターの謀反を、摂政として阻止できなかった]責任を問われて謹慎(きんしん)中であり、あくまで[罪人]ではないエーアリヒは、準伯爵という爵位にふさわしい立派な馬車によって運ばれて来た。
謹慎(きんしん)しているとはいっても、きちんと食事などはとれているのか、健康そうな様子だった。
白髪交じりの灰色がかった黒髪をきっちりとオールバックにまとめ、碧眼と口ひげを持つ、物静かな落ち着いた印象の男性だ。
エーアリヒには、手錠も、足枷もされてはいない。
アーベルら監視の兵士たちの手によってその持ち物は徹底的に検査されているし、周囲には常にエドゥアルドの側の兵士たちが目を光らせているから、脱走などの危険はないという判断からだ。
ヴァイスシュネーへと到着し、馬車から降りたエーアリヒは、落ち着いた様子でエドゥアルドの前へと参上した。
「殿下のお召しにより、不肖(ふしょう)、エーアリヒ、参上いたしました」
そして、公爵のイスに腰かけ、謁見(えっけん)の間で待ちかまえていたエドゥアルドの前に進み出ると、エーアリヒは恭(うやうや)しくひざまずいてみせる。
その姿はまるで、忠臣のようだった。
(フン。しらじらしい……)
エドゥアルドは内心で不愉快にもいつつも、勝利者らしい悠然とした態度は崩さず、エーアリヒの姿を観察する。
ヴィルヘルムは、エーアリヒをエドゥアルドのために働かせることができると言った。
それは、エドゥアルドの手の中に生き証人であるフェヒターがおり、いつでもエーアリヒの罪を裁くことができる状態にあるからだ。
政治的な配慮によってエーアリヒの罪を未だに問えずにいるとはいえ、それはあくまで、エドゥアルドの考え次第なのだ。
エドゥアルドが書類にサインさえしてしまえば、エーアリヒは1時間もしないうちに、絞首台で吊られることになるだろう。
「エーアリヒ。……フェヒターは、元気にしているぞ」
エドゥアルドは、少し挑発するような口調でそう言った。
エーアリヒに、「お前の命は、僕の考え次第だ」ということを改めて自覚させるためだった。
「はっ。……して、いったい、どちらにおるのでしょうか? 」
「さて、な。……しかし、ピンピンしていることだけは、間違いない。毎日のように僕を呪う言葉を吐き続け、毎晩のように歯ぎしりしていると、そう報告を受けている」
顔をあげないままのエーアリヒの言葉に、エドゥアルドはフンと鼻を鳴らしてそう教えてやる。
フェヒターは、エドゥアルドにとっての切り札だった。
だから当然、その監禁している場所はエーアリヒには絶対に秘密だ。
フェヒターの居場所を知ってしまえば、エーアリヒはその策略家としての一面を再び発揮し、フェヒターを奪取するか、暗殺しようとするかもしれない。
「左様でございますか。……して、本日、私(わたくし)を呼んだご用件は、なんでございましょう? 」
「決まっているだろう?
貴様を絞首台に送る日取りが決まったのだ」
エドゥアルドは、エーアリヒがあまりにも平然としていることが気に食わなかったので、そうウソをついた。
しかし、エーアリヒは、表情を変えない。
眉一つ、動かさない。
それがエドゥアルドの悔し紛れの冗談であるのだと見抜いているのか、あるいは、潔(いさぎよ)く刑場に消える覚悟を固めているのか。
やがてつまらなさそうにため息をつくと、エドゥアルドは本題を切り出す。
「今のは、冗談だ。……貴様を絞首台に送りたいのは、やまやまだがな。
今日、貴殿を呼び出したのは、聞きたいことがあるからだ。」
「なんなりと」
エドゥアルドの言葉に、エーアリヒは深々と頭を下げる。
エドゥアルドは、やはり、不愉快でたまらなかった。
エーアリヒのこの落ち着き払ったすべてを見透かしたような態度も、その思惑通りに動かざるを得ない自分自身も。
しかし、エドゥアルドはノルトハーフェン公爵として、この不快感を乗り越えなければならなかった。
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