第4話:「対談:1」

 エドゥアルドは、先ほどまでの上機嫌がどこかへ消え去り、不愉快でたまらなくなっていた。


 エーアリヒ準伯爵。

 摂政でありながら、公国を我がものとしようとした簒奪(さんだつ)者は、エドゥアルドたちが簡単にはエーアリヒを処断できないことまで計算したうえで、あれほどアッサリと降伏したのだと思えたからだ。


 しかし、エドゥアルドは判断を下さなければならない。

 いつまでも、エーアリヒに対する決定を先延ばしにしていては、詳細な事実を知らない民衆の間で流言飛語だけが広まって行き、公国を混乱させるだけだからだ。


 報告ではすでに、エドゥアルドのひざ元に当たるノルトハーフェン公国の首府、ポリティークシュタットでも、その北方にあって公国の経済的な基盤となっている港湾都市であるノルトハーフェンでも、様々なうわさが広まり始めている。


 フェヒターが謀反(むほん)を起こしたという事実はエドゥアルドたちによってすでに公(おおやけ)にされていたから、どのうわさでもその点は変わりがない。

 だが、それ以外には尾ひれがつき、一面では真実をとらえた鋭いものや、まったく荒唐無稽(こうとうむけい)な珍説まで、様々なうわさが人々の間でささやかれている。


 エドゥアルドは、なんらかの形で、起こった出来事について決着をつけなければならなかった。

 そしてそれは、すべてが[真実]である必要はない。

 エドゥアルドが今後、この国をまとめていくうえでもっとも[やりやすい]形にすればいいし、そうするべきだった。


 公爵としての実権を手に入れて最初にする重大な決定がそういった後ろ暗いものであるということは、若者らしい純粋な正義感を持つエドゥアルドにとっては、不快なことだった。


 だが、[それが事実だから]と、なにも配慮せずにすべてを明らかにしてしまえば、多くの者が罪に問われ処断され、エドゥアルドの両手は血にまみれることになる。


 エドゥアルド自身が手を下さずとも、その決定を下したのは、エドゥアルドだからだ。

 一国のトップとなり、権力を掌握するということは、君主制国家であるノルトハーフェン公国においては、そういうことなのだ。


「やはり……、エーアリヒ準伯爵と、話してみる必要がある、か」


 エドゥアルドは執務机の上をトントンと指で叩きながら、不愉快そうな顔で思考を巡らせた後、ため息をつき、あきらめたようにそう言った。


 エドゥアルドの個人的な気持ちとしては、自身を散々、追い詰めたエーアリヒたちを許してやりたくなどなかった。

 エドゥアルドのために戦った兵士たちの犠牲に報いるためにも、真実を明らかにし、エーアリヒに罪をつぐなわせたかった。


 そもそも、エドゥアルドは、共に戦った戦友たちの前で、誓ったのだ。

 功績は必ず明らかにして賞し、罪も必ず明らかにして罰すると。


 その舌の根も乾かないうちに、エドゥアルドはその誓いを破ることになる。


「それが、よろしいかと思います。殿下」


 ヴィルヘルムは、いつもの柔和な笑みを崩さないまま、エドゥアルドが苦悩しつつ下した決断を支持した。


 エドゥアルドはそんなヴィルヘルムのことを、ジロリ、と睨みつける。


「プロフェート殿。……貴殿、まさか、エーアリヒ準伯爵をかばおうなどと考えてはいないだろうな? 」


 それは、ふとわきあがって来た疑念だった。


 ヴィルヘルムは元々、エドゥアルドのもとにスパイとして、エーアリヒから送り込まれて来た人物だった。

 そんなヴィルヘルムだったが、エドゥアルドの側に鞍替えして協力し、エドゥアルドに的確に助言して、最終的にはエドゥアルドの手に勝利をもたらしてくれた。


 今も、エーアリヒを単純に罪に問うのではなく、政治的な配慮を優先して考えるべきだと、ヴィルヘルムはエドゥアルドに進言している。

 エドゥアルドとしてもその言い分は理解できるし、納得する部分があったから、自らの誓いを早々に破ることになるエーアリヒとの[政治取引]に応じようと思ったのだ。


 だが、どうにも、踏み切れない。

 ヴィルヘルムが浮かべている仮面のような柔和な笑みと合わさって、(実は、なにかの理由でエーアリヒに便宜(べんぎ)を図(はか)ろうとしているのでは? )と思えてしまう。


「そういった考えがまったくないと申せば、それは、ウソになるでしょう」


 ヴィルヘルムは、エドゥアルドが呆気に取られて口を半開きにするほどあっさりとそれを認めた。

 そして、エドゥアルドが怒り出す前に、その考えを素早く述べる。


「そもそも、私(わたくし)を殿下とお引き合わせいたしましたのは、エーアリヒ準伯爵でございます。

 素性の知れぬ私(わたくし)のような人間を取り立て、殿下という主君にめぐり合わせた。


 その点だけを見れば、私(わたくし)には確かに、エーアリヒ準伯爵に対して恩儀があるのです」

「それは……、そうかもしれないが」


 エドゥアルドは、納得できるようなできないような、複雑そうな顔で両腕を組んで悩む。

 今さらヴィルヘルムがエドゥアルドを裏切ってエーアリヒと結ぶとも思えないが、どうにも、うさん臭さを感じてしまうのだ。


 そんなエドゥアルドに、ヴィルヘルムは柔和な笑みを浮かべたまま、進言する。


「それに、公爵殿下。

 対談の結果次第では、エーアリヒ準伯爵を、殿下のために働かせることも、できるかと存じます」

「はぁ? 」


 エドゥアルドは、「お前はなにをいい出すのだ」と、いよいよ疑うような視線をヴィルヘルムへと向ける。

 この期に及んで、謀反人であるエーアリヒをエドゥアルドのために働かせるなど、ありえないとしか思えない。


「殿下。少々、お耳を拝借(はいしゃく)」


 しかし、ヴィルヘルムは自信ありげな様子で、エドゥアルドに耳打ちをするのだった。

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