第7話:「再会:1」

 メイドのルーシェは、彼女と同じようにエドゥアルドに仕える御者、ゲオルクがあやつる馬車で、これまで過ごして来たシュペルリング・ヴィラから、エドゥアルドに仕える他のメイドたちと一緒に、かつて遠くの景色として眺めるしかなかったヴァイスシュネーへとやって来た。


 ヴァイスシュネーは、おとぎ話に出てくるような、きれいなお城だった。

 公国の中心地として、交通の便の良い場所を選んで意図的に建設された都市であるポリティークシュタットの中でももっとも標高の高い丘の上に建ち、遠くからでも見栄えがする。

 公爵の普段の居館として、居住性を重視した造りにはなっているが、いざという時には軍事的な防衛拠点としても機能するよう、その外壁は城壁として機能するようにしっかりと作られ、トンガリ屋根を持つ尖塔がいくつもそびえる。


 特徴的なのは、お城全体が、白い漆喰(しっくい)によって塗り固められているという点だった。

 白雪(ヴァイスシュネー)という名前はその特徴的な外見から来ていて、ルーシェの抱いた[おとぎ話に出てくるようなお城]という感想を強くさせている。


 だが、現実的にみると、その漆喰による[化粧]は、けっこう高くつく。

 そして、その費用は、ヴァイスシュネーが持つべき公爵家の居館としての、実用性を保つためにはまったく必要のない[贅沢(ぜいたく)]だった。


 ヴァイスシュネーの優美な姿は、タウゼント帝国の海上交易の玄関口として栄え、経済的に豊かであるノルトハーフェン公国でなければ作り出せなかった姿であるはずだ。

 ヴァイスシュネーを今の姿に作り上げた時のノルトハーフェン公爵は、そういった、公国の経済力を誇示するという意図もあったのに違いない。


 しかし、まだ幼さも残る少女でしかないルーシェにとっては、ひたすら、きれいなお城でしかなかった。


 そして、ルーシェはたまらなく、嬉しい気持ちだった。

 自分はこれから、こんなに素敵な場所で、大好きな人たちと一緒に暮らすことができるからだ。


 ヴァイスシュネーの城内へと入り、御者のゲオルクが馬車を止めると、すぐにルーシェは馬車を降りて、他のメイドたちの先頭に立って、エドゥアルドに再開するために唯一の荷物であるカバンを手に、カイとオスカーと一緒になって、他の人々が止めるのも気づかずに駆け出していた。


 だが、ルーシェはすぐに、迷子になってしまった。

 早くエドゥアルドに会ってその様子を確かめたいという気持ちで駆けだして来たが、初めて訪れる場所であるために、右も左もわからなかったのだ。


 それに、ヴァイスシュネーは、ルーシェがこれまで暮らして来たシュペルリング・ヴィラよりもさらに巨大な建物だった。

 建物の面積も階数も部屋の数も多い。


 だが、幸いなことにルーシェは、かつてシュペルリング・ヴィラでエドゥアルドのことを警護し、今はヴァイスシュネーでエドゥアルドを守るための任務についている顔見知りの兵士を見つけることができ、どこに向かえばいいのかを教えてもらうことができた。


 その兵士は親身になって、ルーシェのカバンを持とうかと言ってくれたが、ルーシェはお仕事の邪魔になっては申し訳ないと丁重にそれを断って歩き出す。

 親切にしてくれるのはありがたいし嬉しかったが、ルーシェはこれでも1人の自立した人間であって、公爵家に仕えるメイドであるつもりなのだ。


 兵士によると、エドゥアルドは今、外部から呼び寄せた客人と面会中であるらしい。

 シュペルリング・ヴィラにはなかった謁見の間という広い部屋にいるはずだということだった。


 今度は、ルーシェは迷子にならなかった。

 兵士から教えてもらった道順をルーシェは1度できちんと覚えることができていたし、謁見の間は広い部屋だったから、建物の構造からなんとなくその場所の見当をつけることもできたからだ。


 謁見の間の扉の前では、やはり、ルーシェと知り合いの兵士たちが、直立不動で警備についていた。

 ルーシェがカイとオスカーを引き連れてやってくると、警備についていた兵士たちはみな嬉しそうな顔をして挨拶をしてくれ、ルーシェもシャルロッテという名の先輩メイドから習った仕草で挨拶を返す。


 それからルーシェは、エドゥアルドがまだ客人と謁見(えっけん)している途中であると兵士たちから教えてもらい、ならばと、エドゥアルドの用事が終わるまでそこで待たせてもらうことにした。


 ルーシェが、エドゥアルドを守っている兵士たちと顔見知りなのは、シュペルリング・ヴィラにいた時に知り合っていたからだ。

 実権をエーアリヒ準伯爵に掌握(しょうあく)され、追い詰められていたエドゥアルドnために少しでも助けになればと考えたルーシェは、兵士たちにエドゥアルドのことを好きになってもらおうと、毎日、夜食にスープを作って差し入れをしていたのだ。


 マーリアという名の、エドゥアルドに仕えるメイドたちを統括するメイド長の助力で作られたスープの味は兵士たちにとても好評で、そのおかげか、みんなルーシェのことを覚えて、優しくしてくれる。

 そして、兵士たちは、ルーシェの願いにも気づいたのか、エドゥアルドに対しても誠実に仕え、フェヒターたちの襲撃から守ってくれた。


 ルーシェは廊下の邪魔にならなさそうな隅っこに移動すると、カバンを置いて、その上にちょこんと腰かけて、エドゥアルドの用事が終わるのを待った。

 その足元では、カイとオスカーが実にお利口に座って、お行儀よくしていてくれる。


 その、1人と2匹の家族の様子を、兵士たちは時折チラ見しては、どうしても頬が緩んでしまう様子で笑い合っていた。

 しかし、しばらくして謁見の間の扉が開くと、兵士たちは慌てて直立不動の姿勢を取る。


 ルーシェも、カバンから降りて素早く立ち上がった。

 エドゥアルドが出てきたら、公爵家のメイドらしい態度で、きちんと挨拶をして見せようと思ったからだ。


 エドゥアルドは、彼の周辺に自分と同じ年頃の者がいなかったせいで、ルーシェには気安く接するところがある。

 そして、ルーシェが華奢(きゃしゃ)で発育のよくないちんちくりんであることから、少しからかってくるようなこともある。


 ルーシェは、ここで大人っぽい態度を見せて、エドゥアルドに[自分だって、成長しているのだ]と見せつけたかった。


 だが、次の瞬間、ルーシェは大きく双眸(そうぼう)を見開いて絶句したあと、直前まで考えていたことなどすべて忘れ去って、謁見の間から出てきた人物を不躾(ぶしつけ)に指さしながら、「あーっ!!!! 」っと叫んでいた。

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