・第1章:「新たなスタート」

第1話:「ノルトハーフェン公国」

※熊吉より

本作のヒロイン、ドジっメイドのルーシェの新規イラストを投稿させていただきました!

https://www.pixiv.net/artworks/96277437

にて、ごらんいただけます!


前作同様、本作も、どうぞ、よろしくお願いいたします!


以下、本編です

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 ヘルデン大陸のほぼ中央部に位置する、巨大な国家、タウゼント帝国。

 蒸気機関が発明され、急速に近代産業が発達しつつあるこの時代においても、タウゼント帝国はその古くからの体制を維持し続けている。


 帝国では厳格な身分制度が存在し、封建制の昔から、ほんの一握りの貴族たちが、その他ほとんどの平民を支配する体制がとられている。

 帝国はただ1人の皇帝(カイザー)を国家元首と仰ぎ、その名の下に1つの国家を形成してはいるが、その内実は、大小さまざまな諸侯がそれぞれに自立した国家を形成し、それが集まってできた、連合国家のような形だ。


 そのような体制が、およそ一千年以上とも言われる長期間にわたって存続して来られたのは、タウゼント帝国が巨大であるのと同時に、その国家元首である皇帝の地位を世襲とせず、特に有力な5つの公爵家によって、かわるがわる継承するという、独特な制度を採用していた点にあった。


 帝国では、皇帝は一代限りの称号となる。

 その皇帝は、5つの公爵家のうち、現代の皇帝を出していない他の4つの家から1人ずつ候補者が選ばれ、5つの公爵家とその他、一部の有力な貴族たちの[投票]によって選ばれることになる。


 世襲制度においては、後継者を巡って血みどろの対立を生む恐れがあった。

 それだけではなく、当主に仕える臣下たちの間でも、さまざまな駆け引きや裏取引、時には血なまぐさい策謀などがくり広げられる。

 先代に仕えその治世を支えた重臣たちはその自らの地位と権力を守ろうとするし、新たな当主に仕える臣下たちは、自らの望む形で政治を行おうと、地位と権力を我が手にしようとする。


 タウゼント帝国が、5つの公爵家から持ち回りで、特に有力な少数の諸侯も加え、選挙によって皇帝を選ぶこととしたのは、この、世襲制度にはつきものの、陰惨な対立を解消し、安定的に皇位を継承していくためだった。


 後継者候補どうしの対立、そしてその臣下たちの対立を、ごく限られた者たちによる選挙という形に置きかえることで、タウゼント帝国は一千年以上の存続を可能とした。

 それはなにより、[皇帝選挙によって皇帝が定まれば、諸侯はそれに従う]という、帝国貴族たちの間に根深く浸透している[伝統]によるものであった。


 もちろん、この制度によって、長いタウゼント帝国の歴史において、一度も血が流されなかったわけではない。

 選挙の結果に納得できない諸侯は、時に武力によってその意志を貫こうとしたし、選挙によって皇帝に選ばれるために、さまざまな後ろ暗い策謀がめぐらされもした。


 それでも、タウゼント帝国は今でもその旧態依然とした体制を維持し、ヘルデン大陸における最大最強の国家としての地位を保っている。


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 ノルトハーフェン公国は、そのタウゼント帝国の北方、冬季になれば流氷浮かぶ凍てついた海となるフリーレン海に面して続いて来た国家だった。

 それを治めるノルトハーフェン公爵家は、帝国に存在する5つの[被選帝侯]、伝説的な初代タウゼント帝国皇帝の5人の子孫の、その直系の1つ。


 天然の良港であるノルトハーフェンを有する公国は、帝国の海からの玄関口として古くから交易で栄え、その貿易によってもたらされる関税収入によって国庫をうるおしている。

 そして、[練兵公]と呼ばれた先代のノルトハーフェン公爵によって鍛え上げられたノルトハーフェン公国軍は、帝国でも有数の精鋭として知られている。


 しかし、先代のノルトハーフェン公爵は、時の皇帝、カール11世が起こした南方の大国、サーベト帝国への親征に出征し、そこで戦死した。

 敵軍の攻勢に敗れ敗走するタウゼント帝国軍の殿(しんがり)を務めたノルトハーフェン公国軍はそこで、公爵以下、公爵家に仕えていた多数の将校、そして兵たちを失った。


 その後を継いだのは、エドゥアルド・フォン・ノルトハーフェン。

 当時はまだ13歳という、あまりにも若い、いや、幼いとさえ言える新公爵であった。


 ノルトハーフェン公国の公爵位をエドゥアルドが継承することは、皇帝にも承認され、定まったかのように思えた。

 しかし、エドゥアルドが年少であることをいいことに、公国では、公爵位を巡る簒奪(さんだつ)の陰謀がくり広げられることとなった。


 タウゼント帝国は、皇帝位を有力諸侯による選挙という形にすることで陰惨な対立関係を消化し、表向きには平穏無事に、安定して皇帝位を継承する仕組みを作っていたが、より一般的な世襲制度をとるノルトハーフェン公爵家では、公爵位の継承を巡った対立を避けられなかったのだ。


 簒奪(さんだつ)の陰謀を企て、協力に推し進めたのは、年少のエドゥアルドに代わって摂政となり、公国の政務の一切を取り仕切った、公国の有力な貴族であるルドルフ・フォン・エーアリヒ準伯爵であった。


 エーアリヒ準伯爵は、ノルトハーフェン公爵家の血筋にあり、自分こそが公爵位を継ぐべきだと主張するヨーゼフ・ツー・フェヒター準男爵を利用し、エドゥアルドを亡き者として、公国を完全に自らの手で掌握しようと試みた。


 年少であることを理由に公国の実権を奪われ、エーアリヒとフェヒターによって追い詰められていたエドゥアルドだったが、彼は、偶然雇い入れることとなった少女、ルーシェと共にこの陰謀に立ち向かい、簒奪(さんだつ)の野望を打ち砕くことに成功した。


 慎重に簒奪(さんだつ)の陰謀を進めようとするエーアリヒ準伯爵のやり方に納得できず、激発したフェヒターの攻撃を退けたエドゥアルドは、返す刀で公国の首府であるポリティークシュタットへと、自らの信じるわずかな軍勢と共に進軍し、エーアリヒ準伯爵に対処の時間を与えずに追い詰め、自らの足元へとひざまずかせたのだ。


 そうして、公国のほとんどの人々が知らぬ間にくり広げられた簒奪(さんだつ)の陰謀は潰(つい)え、エドゥアルドは真の公爵として、ノルトハーフェン公国を手に入れた。


 だが、それはエドゥアルドにとってのスタートラインに過ぎなかった。

 若く、才能を持ったエドゥアルドは、旧態依然とした体制の残る公国を改革し、豊かな国にしようと願っている。

 エドゥアルドはこれから、一国の統治者としての力を振るい、その望みをかなえて行かねばならない。


 そしてその視線は、公国の一国だけではなく、タウゼント帝国全体にも向けられていた。

 なぜなら、エドゥアルドは今、ノルトハーフェン公国の統治者であり、公国に住む人々を導く責務を背負っているからだ。


 だが今は、エドゥアルドはひたすらご機嫌で、ノルトハーフェン公爵家代々の居館であるヴァイスシュネーに用意された、公爵のためのイスに腰かけながら、父を失って肉親もなくしたエドゥアルドにとっての家族とも呼べる人々が、元居た住家であるシュペルリング・ヴィラから引っ越してくることを待ちわびていた。


※作者注

 本作において爵位に[準]とついているのは、皇帝の直臣ではなく陪臣、皇帝の直臣である諸侯に仕える貴族たちのことを示しています。

 公爵であれば、その配下に準伯爵や準男爵、伯爵であればその配下に準男爵がいる、といった感じです。

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