メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結:続編投稿中)
熊吉(モノカキグマ)
プロローグ
第0話:「老婆と蒸気機関車」
※作者より
本シリーズ、[メイド・ルーシェ]シリーズにおけるプロローグは、物語の最終段階まで進むことによって初めて意味を持つように、ということを意識して書いています。
なので、現状で読んでいただいてもおもしろくないかもしれませんので、[別に気にならないよ]という方以外は、第1話からお読みいただいた方がいいかもしれません。
本作は長編で、熊吉としては「今年中に完結すると……、いいな? 」くらいに考えておりますので、プロローグ部分が意味を持つのは当分先になりそうなんです。
本作はシリーズ作品ですので、一応、第1話でさらっと前作で起こったことに言及し、導入とさせていただいております。
もしよろしければ、本作と熊吉をよろしくお願いいたします。
以下、本編です
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よく晴れた青空に、もくもくと、一筋の白煙が立ち上っている。
それは、蒸気機関車の煙突から吐き出される、水蒸気と石炭を燃やした煙の入り混じった排煙だった。
「あらあら、かわいらしい機関車だこと」
機関庫のターンテーブルの上で元気よく排煙をあげている機関車を眺めながら、白髪に、今の空のように澄んだ濃い青色の碧眼(へきがん)を持つ老婆が微笑んだ。
70歳を超えようかという、顔にいくつものしわのある老婆だった。
だが、その碧眼(へきがん)は子供の無邪気さを失っておらず、老婆の瞳は落ち着いた穏やかな輝きをたたえ、若々しくもあると同時に、年相応の人格の深さを感じさせる。
その老婆の目の前にあるのは、1両のタンク機関車だった。
大型の蒸気機関車のように専用の炭水車を持たず、燃料となる石炭や蒸気を作るために必要な水を、ボイラーの周りに積載した、ややこぢんまりとしたものだ。
「かわいい! かわいい機関車! 」
その老婆の言葉を受けて、彼女の足元にいた、金髪に碧眼の、快活そうな印象の6歳ほどの女の子が、嬉しそうにぴょん、ぴょん、と飛び跳ねる。
その横では、黒髪に灰色がかった碧眼を持つ4、5歳ほどの男の子がいて、じっと、興味ありげな視線を機関車へと向けている。
「こら、こら。あまりはしゃいではいけませんよ。
私たちは、特別に、この新しい機関車を見せていただいているのですからね」
「はーいっ! 」
老婆が優しくたしなめると、女の子は素直にうなずき、だが、好奇心にキラキラと瞳を輝かせて機関車を見つめ続ける。
そのタンク機関車は、タウゼント帝国と呼ばれる、ヘルデン大陸の中央部にその領土を持つ国家の民間企業が開発した、最新鋭の蒸気機関車だった。
先輪が1軸で2輪、動輪が2軸で4輪、従輪は持たない、2-4-0Tと呼ばれる形式の機関車で、タウゼント帝国に建設された鉄道路線でこれから広く導入されていく予定となっている機関車だった。
赤と黒で塗られた機関車の塗装は、新品らしくピカピカで、光沢をまとっている。
そしてその車体の水タンク部分には、その機関車を製造した企業である、[ヘルシャフト重工業]という会社の名前とロゴが刻まれた銘鈑が、誇らしげに取りつけられていた。
ターンテーブルによって進行方向を調整されたその機関車は、やがて汽笛を鳴らすと、シュッ、シュッ、とシリンダーから蒸気を漏(も)らす音を響かせながら、ゆっくりと進み始める。
そして、老婆と2人の子供たちの前を通り過ぎる時には、運転士は帽子を外して敬意を示して挨拶(あいさつ)をし、機関車はそのままゆっくりと走り去って行った。
その機関車はこれから、近くの鉄道の駅に向かい、そこで一般の人々に広く、大々的に公開されることになっている。
老婆たちにはその前に、特別に見学することが認められていたのだ。
「さぁ、行きましょうか、2人とも。
おばあさんの手を、しっかりと握っていなさいね」
蒸気機関車が去り、街並みの向こうにその排煙が消えて行くのを見送ると、老婆は2人の子供たちにそう言って手を差し出した。
すると、2人の子供たちは、嬉しそうに老婆の手をとって、老婆を急かすように歩き出す。
3人はこれから、機関庫にある機関車を、自由に見学してよいことになっているのだ。
今走り去って行った最新鋭の機関車はまだあの1両しか配備されていないが、機関庫には他にもたくさんの機関車が配備されている。
タウゼント帝国では年々鉄道網の構築が進められており、各地の路線で働く蒸気機関車はどんどん開発されて働き始めている。
その、様々な機関車を、老婆たちは興味深そうに見学していった。
「あら、これはまた、ずいぶんと懐(なつ)かしいものが残っているわね」
2人の子供たちと一緒に楽しそうに機関車の見学を続けていた老婆だったが、機関庫の奥で、ひときわ古めかしい車両を見つけて、思わず足を止めていた。
それは、本当に古い、タウゼント帝国で初めて鉄道路線が開業された時に走っていた車両だった。
ついさっき見学した最新のタンク機関車に比べれば、造りが粗雑で非力そうに見える上に、年季が入っているためにずいぶん、古びて見える。
使われなくなって、ずいぶんと経っている様子だった。
最初は新しい機関車が故障した時の予備としてなど、出番もあったのだろうが、どんどん新しい機関車が生み出されていく中でお役御免となり、そのまま忘れ去られてしまったものなのだろう。
しかし、老婆は感慨深そうにその蒸気機関車を眺めていた。
人々から忘れ去られてしまっても、老婆には、消えない思い出があるようだった。
「おばあさま。この機関車が、好きなのですか? 」
早く他に行きたそうにしている女の子と違って、その古いオンボロ機関車のことを興味深そうに眺めていた男の子が、老婆が目を細めていることに気がついてそうたずねる。
すると老婆は、「ええ、そうなのよ! 」と、嬉しそうに微笑んだ。
「これはね。
あなたたちのお父さまと、私が、最初に2人で旅行をした時に乗った機関車だったの。
でもね、やっぱりまだ性能があまりよくなかったから、馬車で旅行するのとあまり変わらなかったわねぇ。
途中で故障して止まってしまうし、もう、散々。
目的地に着くまで、ずいぶんと時間がかかったわ。
でもね、すごく、すっごく、楽しい思い出なの! 」
その老婆の楽しそうに弾んだ言葉を聞いた男の子は「ふぅん」とうなり、それからもう一度機関車の方を振り向いて老婆に聞く。
「でも、この機関車、ずいぶん、オンボロだね?
このまま、捨てちゃうのかな? 」
だったら、自分のものにならないかな。
男の子はそんな願望までは口にしなかったが、老婆にはお見通しだった。
老婆はうふふ、と微笑むと、男の子に向かって楽しそうに言う。
「今度、あなたたちのお父さまにお願いして、機関車の博物館でも作っていただきましょうか。
使わなくなった機関車だって、きっと、あなたたちみたいに、見て喜んでくれる人たちがいっぱいいるはずよ。
それに、私みたいに、昔を思い出す人も」
すると男の子は、「それはいいアイデアだ」と言いたそうに、何度も力強くうなずくのだった。
※作中の最新鋭のタンク機関車は、国鉄120形蒸気機関車(イギリス製)みたいなものをイメージしています。
なんか、独特の曲線を持った外見が、味があっていいと思います。
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