第10話 また明日よりも良い言葉

「それで、体調は大丈夫なの?」



 玄関で一悶着あった廉斗達は、一旦リビングに向かった。女性が2人もいるので、脱いだシャツを再び着る。女性方にはソファに座ってもらい、廉斗は床に正座をした。




「熱はまだあるけど、まあ我慢出来るくらい」

「え?まだ熱あるの?」

「微熱に近いけどある」



 人が来て安心したからか、何だかさっきよりも体がだるいような気がする。それでも、たった数分で熱が大幅に上がることはないので、微熱くらいだろう。



 だるさは増してきたが、食欲も変わらず残っているので、肉体的には熱があっても、精神的には割と平気だった。




「………新城くん、何か食べたいの?」



 リビングに来てからずっと無口だった結愛は、廉斗の瞳をじっと眺めながら、口を開いた。




「口に含みたいとは思ったけど………。よく分かったな、」

「え?………べ、別に、、さっきカップ麺を持ってたから、食べようとしてるのかなぁって思っただけよ」

「あー確かに持ってた」



 そんなの良く見てたなぁと感心しながらも、続けた結愛の言葉に耳を貸す。




「その……ゼリーとかで良ければ買ってきたけど、食べる?」

「おぉ、まじ?食べる食べる」


 

 結愛からひょいと渡されたレジ袋を受け取り、中を見る。そこにはゼリーが数個と、スポーツドリンクが入っていた。



 ほんのお見舞いくらいの感覚で来てくれたのだろうが、それが廉斗には助かった。




「あ、お金はちゃんと後で返すから」

「それは別にいいわよ」

「そうね。その代わり、今度結愛ちゃんが風邪引いたら看病しに行ってあげてね?」

「希空ちゃん、変な事約束させないで!」

「いいじゃない別に」



 昨日と変わらず仲の良さそうなやり取りを目の前で繰り広げられる。元気な状態でもついていけないので、熱のある今、2人の会話に聞き入る事すら危うかった。




「俺で良ければ、看病でも何でも行くよ」



 何とか序盤の方で聞き取れた事にだけ返答し、後は知らん顔をする。廉斗の家に結愛がお見舞いに来てくれたので、廉斗が結愛の家にお見舞いに行ってもおかしくはない。



 女の人のプライベートスペースと男のプライベートスペースでは干渉していい限度の違いはあるが、ほんの差し入れを持って行くくらいだけなら出来るし、しなければいけない。




「だって結愛ちゃん、良かったね」

「嫌じゃないけど、良くはない……」



 廉斗からの返答を受けた結愛と希空は、希空が一方的に話を進めて結愛を振り回す。結愛にとって、人が看病しに来てくれる事は嫌ではないし、むしろ嬉しかった。



 でもそれを公言してしまうのも恥ずかしいので、少しだけ濁しながらも言葉を発した。その後、ふいに気まずさを感じたので、結愛は周りをパッと見渡した話を変えた。




「そっ、それよりも、新城くんって家事出来ないのかしら、足の踏み場がないわね」

「それはごめんなさい」

「それに、弁当のゴミが積み重なってあるように見えるのは気のせいかしら?」

「………いいえ」



 いきなり話を振られた廉斗は、否定する事なく結愛の言葉を受け止める。それらは全部本当の事なので、否定出来ないというのが事実ではあるが。



 笑って誤魔化す廉斗に怪しさを感じた希空は、ちょっとだけ鋭くなった瞳を廉斗の方へと向けて、追求した。




「新城くんって、掃除も料理も出来ないのに1人暮らししてるんだ」

「まあ、色々あって、、」

「ふーん、そうなのね」



 廉斗から見て納得いってそうで納得いっていない表情を浮かべる希空は、自分の顎に手をつけて、こちらを散策していた。

 


 それを隣で見ていた結愛が、そうなんだと新たな知識を得た顔で、横から入ってきた。




「意外ね。新城くん何なら家事とか得意だと思ってたわ」

「………そうかな。でも、する機会もなかったから」



 廉斗は、そう苦笑いで返した。廉斗にはとってあんまり言いたくない事だったのだが、結愛は何か勘づいたのか、ちょっぴりと心配混じりの同情する眼差しを向けていた。



 やましい事は一つもないが、急に居心地の悪さを感じてきたので、廉斗は話をガラッと変える事にした。部屋で何も考えなくてもいいように。




「………2人とも来てくれてありがと。俺は大丈夫だから、暗くなる前に帰りな?」



 これ以上は自分の過去を掘り下げられそうだし、あんまり長居させても2人に悪いので、ここら辺で帰ってもらった方が良いだろう。2人とも軽くお見舞いで来るはずなので、いつまでもリビングにいさせるわけにはいかない。



 それにもうすぐ11月なので、日が落ちるのも早い。まだ6時未満と来てから数十分しか経っていないが、暗い中を帰るよりは全然良い。




「新城くん、、私はまだ言いたい事が……!」

「また明日聞くからっ……、、」



 その瞬間、結愛の話を最後まで聞く事なく、廉斗の意識がプツリと切れた。熱のある体でお風呂に入ったのに髪を乾かすのを疎かにしたり、人が来て気が緩んでしまった事もあり、今まで堪えてきたものがずんと大きくなって返ってきたのだ。



 その結果、来客を残したまま意識を無くしてしまった。




「痛たたっ、、」



 数時間後に廉斗が目を覚ましたのは、自分のベットの上だった。どうやら来客2人がここまで運んでくれたらしい。それ以外には考えられなかった。



 悪い事をしたなと思いながらもベットから立ち上がれば、部屋に置いてある勉強机に頭をつけ、椅子に体を乗せてすやすやと眠る1人の女性が目に入った。



 窓から差し込む月の光に、銀髪の美しい髪を輝かせながら、存在感を大きく示す。




「小南さん、起きて」



 自分をここまで運んでくれた人を起こすのは少々良心が痛んだが、だからといって起きるまで寝かしていては何時になるか分からない。



 時刻もすでに8時を回っているので、流石に帰らなければ相手側の両親にも心配させてしまうだろう。




「小南さん、小南さん、起きて」



 肩の辺りにちょこっとだけ手を置いて、体を痛めないように軽く揺らす。どうやってここまで廉斗を運んだのか不思議になるくらいに華奢で細い腕は、女性の中でも格別に細い方だろう。



 ましてや制服のブレザーを着ての細さなので、本来ならもっと細い。折れそうと言うと盛りすぎになるが、事実そう盛りたくなるくらいには細かった。



 まあ希空と結愛の2人で運んだはずなので、そこまで苦労はしていないのかもしれない。それでも廉斗は高校男子の平均以上はあるので、細身2人の力では困難なのに変わりはなさそうだ。



 そんな中でぐっすりと眠っている自分を恨みながらも、再び結愛を起こす作業に戻った。




「んっ……、、」



 掠れた甘い声を漏らした結愛は、瞼を重そうに開きながらも、上半身を机の上から起こす。とりあえず目を覚ましてくれたので、廉斗はホッとした。




「あれ、新城くん……?」



 まだ寝ぼけているのか、ポーッと遠くを見つめて目を擦る。それがどこか子供らしいので、見ている分には可愛らしかった。



 そう心の中で呟けば、結愛の視線は廉斗の顔へと集まる。




「新、城、、くん……」

「おはよう。それとありがとう」

「どう、いたしまして、、。」



 結愛と目が会った廉斗は、まず第一に感謝を述べた。そして次に、自分の気になる事を尋ねた。




「古水さんは帰った?」

「ここに新城くんを運んだら、先に帰ったわよ。私も帰ろうか迷ったけど、見過ごすわけにはいかないから」

「それは悪い事をしたな」

「新城くんが気に病む必要はないわ。私がしたかったからしたの」

「そう……。ありがと」




 自分がしたかったからした。結愛のその言葉の信憑性は定かではないが、何故か簡単に信じられた。きっと文化祭の時に周りの言葉に頷く事しか出来ていなかった結愛が言った言葉だからこそ、信じれたのだろう。



 もしそうだとするなら、廉斗は謝るのをやめた。ここで廉斗が謝ってしまえば、彼女の選んだ選択に迷いを生じさせてしまうから。だから謝罪ではなく、感謝をした。




「………小南さんももう帰らないとだよね?俺近くまで送るよ」



 希空が先に帰ったように、結愛も帰らなくてはいけない。今は不思議と気分が楽だったので、外を出ても問題は無さそうだった。




「………心意気は嬉しいけど、その必要はないわ。だって、また倒れられても困るもの」

「それは……」

「貴方は熱を下がる事だけ考えてればいいの!」

「分かりました、」



 本当ならここで諦めずに送るべきなのかもしれないが、一度倒れてしまったいる手前、そう切り出すのは中々に難しかった。



 結愛は廉斗が起きたらいつでも帰れるようにしていたらしく、荷物はすぐ側にまとめてあり、それを手に取って前進した。




(送ってあげたいけど、迷惑はかけたくない)



未だに胸の中にそんな葛藤を抱きながらも、部屋を出ようとする結愛について行く。




「小南さん、ありがと。本当に助かった」

「そう。新城くんが元気になって良かったわ。」



 玄関の扉を開いて、そんな別れの挨拶をした。バイバイとかさようならとかよりも、今は何よりも感謝の気持ちと申し訳なさを伝えたかった。




「じゃあ気をつけて」

「それは新城くんもよ?」

「分かってるよ」


 

 廉斗は体を動かして、開いた扉を押さえる。部屋の扉から出たらエレベーターに乗るだけだが、せめて最後まで見送るくらいさしておいた方がいいだろう。


 

 部屋から出て1歩、2歩と踏み出す歩幅は、とても小さかった。結愛は平均よりもやや小柄な体なので、そんな風に見えてしまうのも無理はない。



 続けて3歩目も見ていれば、その足は後ろの方へと下がって来た。瞬きを数回行うも、見間違いではない。



 足が止まったと思って顔を上げれば、そこには結愛の顔があった。その表情がこれまで見た事ないくらいのレベルだったので、口を交わさずとも廉斗は挙動不審のようになる。



「………もっ、もし熱が下がらなかったら、明日も来てあげるわ」



 照れ隠しのような強気な言い方は、可愛らしい顔とギャップを作って萌えさせた。



(明日も熱がいいな、)



 そんな事を思ったのは、おそらく人生で最初で最後だった。







【あとがき】



・この小説は描写が書きにくいので、多少荒いところはありますが、お許しください。また今話だけでなく全話の後日修正の可能性がありますので、ご理解ください。


*ストーリーには影響はしないので、ご安心ください。



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