第33話 六皇妃と新兵器

 1827年6月19日、改めてウェルスとの宣戦を布告した赤竜帝・新羅辰馬。すでに法王ルクレツィアを頂点とするウェルス軍は信仰による狂信と女神の加護、そして通常の攻撃では傷つけることもできない上位天使という強兵をもって赤龍帝国を圧する勢いであり、国土版図のうえでも一度は大陸の9割近くを獲った帝国を撃退して5分かそれ以上に巻き返している。支配下に置いた国の民は恐怖で支配するかあるいは洗脳して強制的に兵力に組み込み、状況は完全に帝国不利だった。


 そして6月22日、元老院を粛清した法王ルクレツィアは赤竜帝国に対抗するかの如く自ら青竜帝を僭称。祖帝シーザリオンの衣鉢を継ぐものと称し、反対派の民主家に天使を差し向けてことごとく鏖殺、短期間に帝政と中央集権を固める。赤竜帝国の絶対王政が辰馬の寛容さにもとづいて「絶対」とは名ばかりのゆるさ、気安さで運営されるのに対し、青竜帝国のそれは完全にルクレツィア至上の絶対帝政。民の生きやすさは間違いなく赤竜帝国だが、厳格・峻厳な法治によって国家の強度は青竜帝国が大きく勝る。


 宣戦布告から数か月。ウェルスからの攻撃が相次ぐ。赤竜帝・新羅辰馬はこれに対してひたすら守勢。世界から神魔の力が半ば以上失われ、そしてウェルス勢にのみ創世神イーリスの力が残っている以上、なまなかの反撃は無意味でしかない。攻撃を激化させず、虐殺を産ませないためにはいったん、戦線を下げる必要があった。


「といってもどこかで反撃しないとどーにもならんわけだが……」

 京城柱天、拝謁の間。皇帝・新羅辰馬ははじまった初夏のだるさにややぐったりしながら、長い銀の前髪を無造作にくるくるもてあそぶ。27歳には見えない見た目の童顔と相変わらずの女顔もあって威厳のかけらもない皇帝だが、その軍事的頭脳の卓見はすでに世界中が認めるところだ。しかしながら、その軍事的天才、新羅辰馬を一度退けたということが、現在のウェルスの猛勢の一端を担ってしまってもいるのだが。


「天使の力が衰える宿を、星詠みで調べています。アーシェお義母さま、ルーチェおばさまの力も借りて、まもなく占術師たちから結果が上がってくる予定です」

 金髪の軍師にして辰馬の妻、磐座穣も、6月とは思えない酷暑にへばり気味であった。生地が厚く通気性もよいとはいえない巫女服のうえから、さらに千早をまとっているとあって滂沱の汗がだくだくと流れ、汗で張り付いた着衣がなまめかしい。それでもヒノミヤ最高の天才を謳われた頭脳の冴えは衰えることを知らず、電算機顔負けの計算能力がはじき出した星詠みの結果を宮廷占術師たちに渡して現在小休止中。


「神術によらず計算で、となると磐座さんは圧倒的ですね……。わたしも少しはお役に立てるかと思ったんですが……」

 穣に勝てない自分をどうしても卑下しがちなもうひとりの妻軍師、神楽坂瑞穂はほとんど汗をかいておらず、涼しい顔だ。121㎝というわけのわからんサイズの脂肪を胸に装着し、さらに総じてむっちりとした肉付きをしている瑞穂だが、彼女は熱さにはめっぽう強い。これだけ脂肪がついていながら、寒いのにはどうしようもなく弱いのであるが。新羅辰馬の物語は彼女との出会いで始まり、ヒノミヤとの戦いで最初のクライマックスを迎えた。その後も神楽坂瑞穂は常に辰馬のそばにあり、比翼連理といっていい。


「精度で磐座と勝負しよーと思っても無理だからなぁ。瑞穂も頑張った。頭撫でてやるから」

「あ……♡ えへへ~……」

 辰馬が手を広げると、瑞穂は嬉しそうに破顔してその夫の胸の中に飛び込む。ぽふぽふ、と頭を撫でられて幸せそうに目を細める瑞穂を、穣はうらやましそうに見つめ、そして矛先を辰馬に向けてキッとにらむ。


「じゃれついてる場合ではないですよ、新羅、神楽坂さん。いくら天使の力が衰えるときを狙うといっても、空を飛ぶ、常人以上の身体能力、そしてなにより通常兵器が通用しない、という向こうの強みは変わりません。天使を倒せる武器を、それも早急に用意しないと」

「それはたぶん問題ない。……だよな、瑞穂?」

「はい、フィーリアお義母さまから、妖精種に伝わる霊質殺しの秘薬の調合法をお聞きしました。こちらまもなく量産体制が整うはずです」

 幸せいっぱいの顔でへにゃーと脱力しつつ、しかしながら仕事はしっかり済ませている。牢城雫の母、フィーリア・牢城のもつ妖精種の秘伝、霊質破壊の霊薬は本来聖なる森のアールヴたちだけのものだが、天下分け目の大一番であるこの状況、瑞穂に請われたフィーリアはすでに森もデックアールヴに破壊されてしまっていることだし、と快く瑞穂に製法を伝授した。計算能力や知識量では穣に水をあけられている瑞穂だが、こういう方面では決して穣に劣らない。


「霊質破壊……それは女神グロリア・ファル・イーリスを倒しうる力にはなりえないのですか?」

 穣が瑞穂に聞く。もしその霊薬がイーリスに通用するなら、先日辰馬が覚悟した「神域の霊峰にひとり赴いてイーリスを10年間、シドゥリの媚毒が完成するまで封印し続ける」という必要はなくなる。そっけない態度を取っているにせよ、穣が辰馬と離れがたく思っていることは確かだった。しかし同じ思いの瑞穂は、残念そうにかぶりを振る。


「さすがに無理みたいです……天使は倒せても神には効果が薄く、神の中でも別格のグロリア様にはほとんど効果を期待できない、と。それでも多少の傷を負わせる程度のことはできるかもしれませんが……」

「結局、シドゥリの媚毒が完成するまで、新羅が霊峰で封印を続けなければならない、ということですか……」

「さびしーか、磐座?」

 辰馬が冗談交じりにそう水を向けると、穣は絶対零時よりなお冷たい視線で辰馬を見返し、ただ一言。


「……は?」

「……いや、その……そんな冷たい目ぇされると凹む……」

 情けなくすごすごと腰が引ける、大陸最大国家の皇帝。新羅辰馬という青年はどこまで偉くなろうと全然偉そうに見えないし、偉そうに振る舞うこともない。威厳はまったくないが、親しみやすさにおいて空前絶後の皇帝だった。


「わたしは寂しいですよう! なんだったらわたしも霊峰に……!」

「それは駄目だ。おまえらには国を守ってもらう必要がある。創業はおれがなす。けど、守勢はおまえらのほうが向いてるからな」

「………………」

「まーおれも寂しいし。たまに交代で来てもらうか。そんくらいはな」

 辰馬はそういって優しい目になると、瑞穂の頭をぽふと軽くたたく。穣がまた羨望のまなざしになるが、新羅辰馬は基本的にさとい癖、そういう機微に気づいてやれるだけの知恵に関してはまったく、持ち合わせがなかった。


 そこに。


「たぁくんたぁくんっ!」

 まず最初にとび込んできたのは、ピンクのポニーテールに色っぽさより快活さがきわだつレオタード、実年齢35歳ながら辰馬の妻の中でもっとも幼く見えるハーフ・アールヴの少女、牢城雫。両手をばたばた振り回して騒々しく、しかしなにやらうれし気に騒ぐその姿は女子中学生とかにしか見えないが、こんなのでも史上類を見ないほどの剣腕を誇る剣聖である。


「たつまーっ、完成!」

 続いて飛び込んできたのは赤みを帯びた金髪。こちらはメリハリの利いた、瑞穂さえいなければ比類のないといっていいプロポーションの持ち主ながら、さすがに瑞穂の桁外れの肢体と比較すると見劣りするのは仕方ない。かつて亡命王女としてアカツキでグラドル稼業をやっていた旧ヴェスローディア王女、今は皇帝新羅辰馬の妻の一人、「盾姫」ことエーリカ・リスティ・ヴェスローディア。


「完成って?」

「ヴェスローディア軍事技術部の科学と技術の結晶よ。まあ見に来なさい!」

「あれ見たらさすがのたぁくんもおどろくよーっ!」


………………


 演習場には北嶺院文がいた。もとアカツキ皇国京師太宰私立冒険者育成校蒼月館学生会長にして、男嫌いで売っていた皇国三大公家次席北嶺院家の娘。竜の魔女ニヌルタに利用され、辰馬に救われ、紆余曲折あって男嫌いを返上した彼女もいまでは新羅辰馬の6人の妃のひとりである。


「新羅くんも、アレを見に?」

「あれって……アレ?」

 二人そろって見遣る視線の先には、何十両もの鉄の車があった。この世界この時代、汽車と、ごくごく珍しい上流階級の足としての乗用車はあるが、ここに並んでいる車たちは形状が違う。見れば車輪もキャタピラであり、最初から悪路を行くことを想定した作りだ。車体上部に搭載されているのはどこからどう見ても「砲」であり、わかりやすく一言で説明するなら「戦車」。これまでワゴンに臼砲を乗せて戦車として運用した例はあるが、完全な形での戦車はアルティミシア大陸史上、これが初めてとなる。


「さて、皇帝陛下もつれてきたことだし。天覧試運転といきますか!」

 みずから威勢よく、戦車の一つのハッチに身を躍らせるエーリカ。バタンとハッチが閉じられるや、ブロロロロロ、という低く野太い音を立てて戦車が動き出す。軽快に動き出す戦車。機械の運用に適性があるのはさすが機械の国ヴェスローディアの姫というところか。


「これは単なる装甲車じゃないからね! 移動砲台であり、連射法であり、対地空砲よ!」

 マイクから、エーリカの少しだけ割れた声。それに対応して、反対側の陣地に晦日美咲が

現れる。もともとは新羅辰馬の力の強大さに首輪をつける意味で、監視としてアカツキ宰相府の本田馨綋に送り込まれた赤毛の少女はいつしか本来の主君小日向ゆか以上に辰馬を思うようになり、いま、他の五人にならぶ辰馬の妻となっている。政務や任務でなかなか一緒の時間がとれず、皇妃6人がそろうのは久しぶりのことだった。


 美咲がなにやら機材を操作すると、ガシャコンと的が現れる。美咲が合図して機材から離れるや、エーリカの戦車が来電のごとく動き、号砲一発、ドゥッ、と火の玉を吐いた。それは火竜の吐息にも似た威力。ほとんど目視のおよばない速度で、美咲がセットした的は木っ端微塵に砕け散る。


「おお……」

「美咲ー、次は連射モードいくわ! ランダムに的飛ばして!」

「了解です」

 エーリカはジグザグに戦車を走らせ、美咲は再度機材を操作、今度は上下左右、同時に的が舞ったが。ドドドドッ! エーリカは瞬時に4枚の鉄的を正確に打ち抜く。


「ラスト、対空モード! 空高く!」

「了解!」

 エーリカの要求に応じ、みたび美咲が機材を操作。今度はフリスビーの要領で、天高く、かつ高速で4枚の鉄的が飛翔する。


 ドドドドッ!


 これまた正確無比の射撃で、エーリカは鉄的を打ち抜いた。


「はは、どーよこれ、たつま!」

「すげーすげー。うん。これはたぶん使えるな。これにフィーリアさんの薬って使えるかな……?」

「問題ナシ! もともとその運用を想定して開発したモンだから!」

「そりゃ助かる。神力が使えないこっちの切り札になるな」

「そーでしょそーでしょ……つっても一つだけ欠点があってさー……」

「?」

 辰馬が頭上に疑問符をうかべると、ガチャコン、とハッチが開いてエーリカが飛び出す。全身汗だくだった。


「この中めっちゃ暑いのよ! サウナかっつーの!」

「あー……、密閉っぽいもんな」

「それに、天使の攻撃にも耐えられるだけの装甲板使ってるからさー。どうにか耐熱対策しないとねー」

「昔なら氷結魔法で一発だったんだが……いや、これは……」

「どうかしましたか、新羅?」

 穣がといかけるのに、辰馬は自問自答するように何度か頷く。そして。


「ヘスティアから氷を輸入しよう。あっちは年の半分を雪に閉ざされる国。雪と氷はそれこそ売るほどあるだろ」

「あ……」

「戦車の搭乗員に持たせる氷嚢のぶん以外にも、こっちの民間でかき氷とか氷菓子を売らせる。経済も回って一石二鳥だ」

「確かに。輸入計画について、早速議会にかけますか?」

「あー。ついでにおれから直接、オスマンに電話するわ。たぶんノーとは言わんだろ」

「ですね。向こうとしては厭わしいばかりの氷がお金になるわけですし」

「よし。そんじゃ氷問題はそれでいーとして。あとは星詠みの結果か。まあ、決戦がこの夏になるとして、夏のヘスティア軍は戦闘力下がってるからなー、さすがのオスマンも本来の実力は期待できんか。となると頼みになるのはガラハドたちラース・イラ勢と、あとはいまだに魔法が使えるクールマ・ガルパの王子。エッダ=ヴェスローディアのインガエウとも連絡取れるといーんだが、あっちはあっちで手一杯ぽいしな……」

 とはいえ、手詰まりだった状況からはかなりの好転。辰馬は頭の中で勝利への道筋をひとつひとつ譜面に刻みながら、勝利の確信をものにしていく。


「たぁくん、むずかしーおはなしもいいけど、たまにはえっちしよーぜー?」

「しず姉アンタ……いや、うん。まあ、そーだな。久しぶりに家族全員そろったわけだし、たまにはおれもスケベになるか……」

「そーそー、こんな機会めったにないんだから! 今度こそ子供授かっちゃうよ~♪」

「それはさすがに約束できんが……できるといーよな」

 その日、辰馬は詔を出して国民の祭日を制定、家族の日として全国民に休養と安息をふれたが、辰馬本人は6人の皇妃に搾り取られて休養どころではなかった。ともあれ天使の力が最も弱まる時日は8月15日、現ウェルス領旧クールマ・ガルバの「荒野」とだけ呼ばれるいまなお瘴気の強い土地に敵を誘い込み、撃滅する。作戦はそう策定される。

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