第28話 創世の竜の女神
新羅辰馬の皇帝登極。辰馬は大陸統一皇帝として国号を改め、自らの帝号にちなんで赤竜帝国。文武の官は交代で太宰に伺候し、新帝の機嫌をうかがい、あるいは取り入ろうとして宝物や美姫を献上する。妻が6人ということでよほど好色かと思われた新帝は献じられたどんな美女も受け取らず、宝物に関しては正式なルートで国庫に入れて国費とした。辰馬と結んであわよくば弱みを握ろうとした政治家たちは逆に不正な手段で手に入れた財貨宝物の出所を追及されて泡を食う始末となり、新帝は即位早々にその聡明と果断で知られた。
そして。
「大公、北嶺院宰、前に」
宦官が甲高い声で名を読み上げると、風采の上がらない中年紳士が立ち上がり、下座に平伏する。その肩は微妙に震えており、彼が暗殺教団に示唆した「新羅辰馬暗殺」の命令を追及されることを恐れていることを示す。当時は敵であったとはいえ現在の皇帝、その命を狙ったのだから極刑は免れないところだが、新羅辰馬は義父でもある北嶺院公の白みはじめた頭頂部を見つめながら「ん~……」と悩まし気に呟く。北嶺院宰の罪は暗殺教唆のみに終わらず、辰馬の皇帝登極にあたり先帝・永安帝を擁立して新帝赤竜帝の地位を脅かそうとしたなど許されるものではないが、それでも辰馬としては殺すことをしたくない。なにせ一応は義父にあたる人物なわけだし、それに登極するまで、すでに許容量を超えて血を流しすぎた。
「えーと、南方に空いてる土地ってある?」
供奉官として傍らに控える磐座穣に聞いた。かつてアカツキ全土を覆そうとした穣である、下調べは十分であり、国内の情報に関して遺漏はない。穣は辰馬の意を汲むとすぐに「であれば鮎原がよろしいかと」と答えた。石高からいうと現在の北嶺院大公領には大きく劣るが、気候は穏やかであり老大公の隠居場としては申し分ない。
「北嶺院には国替えを命じる。北嶺院大公領を引き払い、鮎原に転任のこと」
新帝の清冽な声が京城柱天、青龍の間に響くと、居並ぶ重臣文武百官に激震が走った。間違いなく処刑されると思われた大公北嶺院が許されたことで、彼らは赤竜帝の慈悲を思い知り、平伏する。こうして新羅辰馬は卑劣な連中への果断さと、そして卑劣な連中相手にしてさえの慈悲深さを百官に印象付ける。
「なかなかの皇帝ぶりでしたよ?」
「うるせーわ、こんなん肩が凝っていかん。やっぱなぁ、借り物の服、みてーな気がするわ」
柱天城の廊下をゆく、新羅辰馬と磐座穣。穣がすこし茶化すように褒めると、辰馬はあからさまに疲れた顔で答えた。27歳の新帝は軍務官の詰所として使う白虎の間に入ると、股肱というべき武官たちが辰馬を出迎える。神楽坂瑞穂、牢城雫、エーリカ・リスティ・ヴェスローディア、北嶺院文、晦日美咲、朝比奈大輔、出水秀規、上杉慎太郎、明染焔、ニヌルタ、イナンナ、厷武人、長船言継、覇城瀬名、月護孔雀、そしてハゲネ・グンヴォルトとソール・ムンディルフェーリ。ラース・イラのガラハドやヘスティアのオスマンは国に戻って不参加ながら、この場にいる皆はいずれ劣らぬ一騎当千であり、新羅辰馬、赤龍帝政権のよって立つ基盤といっていい。辰馬は軍事政権を望んだわけではないが、国の成り立ちが兵事によって政権を獲った以上、それが軍事色を強く帯びることはいかんともしがたかった。
「ウェルスはやっぱり反抗するみたい」
辰馬と穣が着席すると、エーリカがかわって立ち上がり、言った。生まれついての姫君・女王であるだけに就前での所作や声の張り方は板についており、一言で場の主役をかっさらう技能はさすがのものがある。
「そーか……。北嶺平原で戦争は終わり、にしたかったんだが」
「あの戦いにウェルス参加してないしねー。余力残して万全の状態で、即位後間もないこの国を叩き潰そうってことじゃない?」
「……。確かウェルスに向かうには、川を越えないといけないよな?」
「はい、こちらを」
今度は瑞穂が立ち上がり、地図を配って歩く。ウェルスと隣接するクーベルシュルト、ラース・イラ、クールマ・ガルバ、その3国どこから攻め込むにしても、最低2キロという川幅を誇るテ・デウム川が軍勢を阻む。この天然の要害がかつてウェルスを他国からの侵攻から守り抜いた最強の盾であり、今回辰馬……赤竜帝が攻め込むに関しても最大の障碍となるはずだった。
「一部隊を囮として敵前に出し、その間に残り部隊を高速艇に乗せて渡河、というのが唯一現実的な戦法かと思います」
「いや、川幅2キロな、うん。磐座、船大工2000人、調達頼む」
「また大掛かりなことをやるつもりですね、新羅は?」
「まーな。これで最後にする」
瑞穂の言葉を制して穣に船大工の調達を頼んだ辰馬。辰馬のやってのける大規模作戦に慣れてきた瑞穂と穣はここまで言われればなんとなく、作戦の概要を予想できたが、ほかの面々はそうもいかない。
「ちょっと、アンタたちだけで納得しないでよ! 実際どーすんの!?」
「んー。橋を架ける」
「はし……って、2キロあるんだよ、敵さんの目の前で?」
苛立ったエーリカにこたえると、今度は雫が頓狂な声を上げる。たしかにしっかりした工事を施工する余裕はないだろうが、浮橋なら可能だ。あらかじめ作っておいて持ち込んだ浮橋をつぎつぎ川に放り込んでいけば、十分、数十万の大軍を機動させうる。そう説明すると雫は「ほへ~……さすがたぁくん、発想がすごいよね~……」と感嘆した。
「で、前回ラース・イラとヘスティアには働いてもらったし、クールマ・ガルバも敵として遠征して疲弊してるだろーから、この三国は動かさない。できればウチだけの兵力でウェルスを下したいところだが……」
「兵力から言えば十分、可能です。が、かの国が創世の竜女神、グロリア・ファル・イーリスの加護と恩寵を受けた竜と聖女の国であることを考えるとなかなか難しいかと」
穣の言葉に、一同がざわりとどよめく。ウェルスの主神イーリスはこの世界を作った創世神。かつてその一人娘サティアにすらも辰馬は大苦戦を強いられたわけであり、あの当時から相当にレベルを上げたとはいえそれでも楽に勝てる相手ではあるまい。
「一応、ヒノミヤに行ってサティアにお参りしとくか……」
………………
そのころ、神国ウェルス。
元老院と教皇区からのつきあげを喰らう形で、法王ルクレツィア・スキピオは霊廟にいた。霊廟は代々の聖女が竜の女神イーリスと交感を行う場所だが、かつて2000年、女神の声を聴いた聖女は一人もいない。眠れる創世神は人間の声になど耳を傾けることがなく、竜の巫女イシュハラに門前払いを喰らうのがいつものことだったが、今回はわけが違った。
「ふぁ……おはよう、ルクレツィア・スキピオ。あなたの忠勤、夢の中で見ていましたよ」
脳に響いた声は高圧でも強圧でもなく、ただごく自然に流れるそれだけで圧倒的に強烈。ルクレツィアは創世女神のあまりに隔絶した力、その片鱗に触れて圧倒されながら、ウェルスの守護を女神に願い奉る。竜の女神は臈長けた美貌にふむ、という表情を浮かべ、わずか思案したがすぐに頷いた。
「いいでしょう、可愛い信徒のお願いですもの。力を貸すとしましょうか……ただし、力を貸すからには、それなりのものを返して貰いますけれど」
「グロリア、さま? それなりのもの、とは?」
「あなたの一番大切なものを、いただきます♡」
女神イーリスはそう言うと、実に無邪気に微笑んだ。ルクレツィアの背筋に怖気が走る。うかつに力を貸してなどというべきではなかった、そう気づくもすでに遅い。法王ルクレツィアの心の中から、ウェルスという国に対する愛国心と民に向ける慈悲心、そういったものがたちまちに解け去り、消えていく。代わりに芽生えた心は異教徒に対する残忍なまでの無慈悲さであり、魔王の子、新羅辰馬への強烈無比な殺意。ルクレツィアは生まれ変わった自分を感激で迎え、女神イーリスに歓呼を捧げた。
その後一週間としないうちに、ウェルス法王ルクレツィアは30万の兵を催し出兵した。新聖騎士団の団長格に与えられた乗機は馬ではなく神域の霊峰から下りて参じた竜たちであり、彼らは100騎に満たないが一騎当千の竜騎士として戦場を舞う。
……………
「竜騎士、か」
遠く遠望してもわかる、巨竜の騎影。クールマ・ガルパを横断し、東からウェルス国境に入りつつある赤竜帝国軍は、空を舞う100匹の竜に威圧され、圧伏された。
「あら、あんなものが怖いのかしら、皇帝さん?」
挑発するように口の端をつり上げたのは竜の魔女ニヌルタ。彼女はすでに騎竜を持たぬ身であるが、古竜種としてなまなかの竜ごとき相手にしないという自負がある。実際戦闘になればこの上もなく頼りになる仲間の一人ではあろうが、個人としての武勇をいくら誇られても戦争には勝てない。
「やめとけー。今ここで1騎2騎落としたってなんにもならんのだから。それより見つからんよーにな」
という辰馬は駕車ではなく、騎上にあって気楽な姿。皇帝だからとあんな仰々しい車に乗ってられるかと放言して大臣たちを納得させた。
「にしても、サティアのヤツ役ン立たねーっスよねぇ、イーリスの弱点とかわかんねぇってゆーし」
「しかたねーだろ。おれだって親父の弱点とか知らんわ」
「いやぁ~、あれは何か隠してたんじゃないでゴザルか?」
「まあ、サティアがなに隠してたとしても関係ねー。戦って勝つしかないんだから」
「いつも通り、ですかね」
「そーいうこった。頼むぜみんな。これに勝ったら三人とも封侯するし」
「爵位とか土地よりも、辰馬サンのそばにいてぇってのが本音っスけど」
「確かに。封侯されたら気安くは会えなくなるでゴザルな」
「俺は一介の武人、爵位も土地もいりませんよ、新羅さん」
「ありがてーこと言ってくれるわ。んじゃ、まずこの戦いに勝つぞ!」
テ・デウム川を前に辰馬は吼える。三バカがそれに応えて
「「「応! 勝利、平和、万歳!!」」」と、叫び、赤竜帝国軍30万が一斉に鯨波の声をあげた!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます