第21話 ヴェスローディア戴冠
辰馬と10万の流民がヴェスローディアに亡命して1月、12月。
正直なところ、疎まれていた。
将才を期待される辰馬とその幕僚たちはともかくとして、10万の流民の存在はヴェスローディアという国にとって負担でしかない。彼らも自分たちの立場を慮って遠慮がちに暮らしはするものの、ヴェスローディア民から憎悪と嫌悪を投げかけられるのはどうしようもなかった。実際、普通に暮らしていたら国政から「この人たちの面倒見てね」と知らない人々を押し付けられたようなものなので、ヴェスローディア民の憤懣は理解できなくもない。
「ってわけだから、民族融和のためにもアタシとたつまの結婚は必要不可欠、ってわけよ」
「そりゃわかるが。そこに順番持ち込むのがな……ほかのみんなと同格ってことでいーじゃんよ」
「よくねーわよ! アタシが一番たつまの役に立つんだから、アタシが第一夫人、第一王妃。これは譲れねーわ!」
「いや……譲ってくれよ、そこは」
「やだ。だいたいアンタ、8年間音信不通でいまピンチだからってヴェスローディアに来て、ムシがよすぎると思わない?」
「それは……いや、すんません……」
「それをほかの嫁どもよりアタシを上位に置く、それだけで水に流して、ヴェスローディアの国力を与えてあげよーってゆーのよ? アタシのご厚情に泣いて感謝するところでしょ?」
「む~……」
エーリカと並んで歩いていた辰馬は、かるく頭を抱えた。先日、同時に結婚式を行ったのはまさにこういう序列を妻たちの間に持ち込みたくなかったからなのだが、エーリカは厳然として序列をつけることを望み、そして自分を最上位につけろと要求してくる。
エーリカ自身には辰馬の寵愛における1番、それ以上を望む気持ちはあるまい。が、一度序列をつけるとなると彼女らにまとわりつく小人たちの蠢動、そこからの権勢争いが生まれることになる。だからそれを避けるためにも辰馬は序列というものをつけたくないのだが。
そう思っている間に1週間が過ぎ、「ご主人さま、ただいま戻りました」神楽坂瑞穂と長船言継が戻る。瑞穂のアカツキにおける交渉……元老院議員たちに説いて追撃を遷延させる……がなければ動きの鈍い流民たちは井伊の猛追を逃れえなかっただろうし、後方が食い破られたなら辰馬はおそらく無謀に反転して井伊に殺されていただろうから、それを避けた瑞穂は今回の最大の功労者といっていい。今の辰馬に恩賞として与えるものはなにもないわけだが、むしろ第一夫人とするならこの瑞穂こそ相応しかろうと思うのは確かだ。
が。
「これまでのことより、これからのことを。ご主人さま、わたしのことはいったん、考えの外に置いて、エーリカさまを正夫人にお迎えくださいませ」
その、瑞穂自身がそういう。辰馬をここまで生き永らえさせたのは瑞穂の手腕、しかしこれからさき、アカツキに逆撃して勝利するという大願を成就するためにはエーリカの力がどうあっても必要になる。彼女の機嫌を損ねてはならない、というのが瑞穂の言い分だった。瑞穂とて天才軍師、閨閥というものの危険性を考えないわけではないだろうが、まず現時点で辰馬を勝利させるには兵力が必要であり、そして辰馬自身の力では1兵も動かせない現状、エーリカからヴェスローディア兵を借り受けるしかなく、借りるには担保が必要であり、その担保がエーリカを第一夫人とすることならやむなし、と考える。のちに瑞穂とエーリカは辰馬の寵愛を争い、ついにはエーリカが瑞穂の命を奪うことになるのだが、まさかこのとき瑞穂はそこまでの遠見はしていない。しかし先を見通していたとしても、この場の辰馬を切り抜けさせるためになら同じことをしただろう。
「そんじゃあ……まあ、形式だけ第一夫人ってことにするか……」
形式だけ、とはいってもそうはならないことを半ばわかっていながら、いいわけのようにそういう辰馬。そして半月で準備は整えられ、1月1日、結婚式が執り行われた。場所はヴェスローディア最大の威容を誇る大聖堂、女神ロイアの宮殿セッスルームニルを模したグリザルヴォルド大神殿であり、国内の司教、枢機卿ら宗教界の要人がこぞって集められた。雑用として集められた司祭、修道士、修道女の数は1000人を超える。
白亜の神殿に純白の法衣の聖職者たちが次々収容されるさまは圧巻だった。総本山ウェルスの教皇ルクレツィアは登壇しないとはいえ、かわって立つ法王は年齢と言い威厳と言い、若きウェルスの教皇より重鎮の重みがある。これほどの人を同時に動かして遅滞なくことを進ませるのがエーリカの政治力であり、その政治力を裏付けるのがヴェスローディアの財力であった。そして当然、この日の結婚式も全大陸に中継されることになる。
病める時も健やかなるときも、妻だけを愛することを……という誓いの言葉におれの妻は6人いるんだけど……と答えて法王の目を剥かせた辰馬だが式は滞りなく進み、辰馬は白いウェディングドレスのエーリカを抱き寄せてキス、同時に戴冠式も行われ、ここに新羅辰馬はヴェスローディア王国国王として即位することとなった。
アーシェや狼牙、家族のことを考えるとすぐにでも反転逆撃してアカツキを攻めたいところだが、まずその前にエッダをどうにかする必要がある。現在のアルティミシアの情勢としては【央国】ラース・イラがアカツキ、エッダの合同軍に攻められ苦戦中。辰馬の盟友であるヘスティアのオスマンだが辰馬がヴェスローディアに難を逃れたと知るといったん兵を引き、中立。桃華帝国南の肥沃な穀倉地帯を手に入れたアカツキはいよいよ国力を増してラース・イラを凌ぐまでになっており、ラース・イラを抜いてそのまま北西ヴェスローディアに乱入したい構え。西方のクーベルシュルトは恩義ある辰馬とエーリカのためにヴェスローディアを支援、南西のウェルスは中立。南のクールマ・ガルバはアカツキの同盟国として参戦を表明。クーベルシュルトは8年前の動乱からまだ立ち直っていないため直接戦闘に参加できないしウェルスは審判者として永世中立を守るとして、辰馬の味方はヴェスローディア、ラース・イラ、ヘスティア。敵はアカツキとエッダ、クールマ・ガルバということになる。
「んじゃ、まずはエッダを破ってラース・イラを解放するか……」
というわけでようやく、兵を整える。ヴェスローディアの農業生産力から算出される総動員兵力は約40万、これにプラスして財産力から雇い入れることのできる傭兵隊が10万、国軍の過半は国に置いておかなければならないから外征軍は20万として、これに傭兵隊10万を加えて30万。
「兵力を6路に分けるとして、5万ずつ……国軍3万に傭兵隊2万だな。第1軍がおれと参謀瑞穂。第2軍、ほむやんと大輔、参謀磐座。第3軍、会長と厷、参謀は呂将軍。第4軍、長船と月護、参謀戚、第5軍、大輔と瀬名、参謀出水。第6軍は……」
「アタシとハゲネが出るわよ。参謀にはうちの虎の子、士官学校卒のソール」
「まあ、エーリカの実力はわかってるし、ハゲネさんも知ってるとして……ソールって?」
「この子よ。入ってきなさい、ソール」
エーリカが軽く手を叩くと、ドアをしずしずと開けて一人の少女が入ってくる。乳白色の肌に色素の薄い白髪、いかにも繊弱で身体の弱そうな少女は辰馬たちより3つ4つ年下、二十歳そこそこに見えるが、その双眸にはまぎれもない智慧のきらめきがある。
「ソール・ムンディルフェーリです、陛下」
「? ってああ、陛下っておれか」
「穣に王国軍師の話を断られてから国内の人材を発掘しまくってようやく見つけた天才よ、このソールは。瑞穂や穣にだって負けないわ!」
「そーだなー。確かに優秀な感じはする」
「あ、たつま、手ぇ出しちゃダメだかんね」
「出さんわ。なにゆーてんのか、お前は」
「……で、エッダ主力はモールラーの丘上に布陣、横手にはルーバルの大流が流れており、ここに追い落とすことができれば勝ちですが、主将ホラガレスはなかなかの名将、この地を扼しているだけで十分な牽制となることを知ってうかつに動きません」
説明するのはソール。理路整然とした淀みない言葉は、それだけで彼女の才気煥発をうかがわせる。エーリカが惚れこむのも無理はない人材だった。
「ホラガレス……あの三人の一人か……。インガエウの取り巻きの中じゃ一番、理知的に見えたが」
「シァルフィは斥候役、ホズはホラガレス麾下の戦闘部隊の指揮官のようです。侮りがたい敵かと」
「まあ、なんとかなるし、なんとかする。そんじゃ第1~第4軍は各路モールラーの丘を封鎖、ホラガレスは……このルートで逃げるだろーから、第5軍はここ、第6軍がここで退路を叩くってことで」
アカツキを逐われ、ヴェスローディア国王となった新羅辰馬。その麾下30万の軍勢が、いよいよ反撃に出る——!
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