第20話 宰相薨去

 1826年9月1日、ラース・イラ騎士団長ガラハド・ガラドリエル・ガラティーン復活。ガラハドは救い主たる薬師・イシュクル・ハジル・カナーンに篤く礼を申し述べると騎上、王都アルビオンに向かう。そのそばには新羅辰馬たちの姿もあった。


「にしても……あの子、イシュクル。抱きしめてやるなりなんなりしてやりゃよかったのに」

 珍しく、下世話なことを言ってのける辰馬。実際イシュクルはそれを求めていただろうが、ガラハドは静かにかぶりを振ると鎧下の紅衣をめくって見せる。そこにはびっしりと呪文の刻印が刻んであった。


「私が魔力欠損症でありながら「反射」の魔術を使えるのは周知のことと思うが。その源泉がこれだ。心身に刻印を刻み付け、強制的に反射魔術を使えるよう体を作り変えている。この能力のために私は複数のゲッサ(誓約)を護ることを義務付けられ、その一つとして女性との接触を禁じられている」

「……破ったら?」

「心臓が裂けて死ぬことになるな。刻印魔術の強制力はかように大きい」

「そーか……。おれがその刻印、外せるとしたら?」

「不要だ。世界最強騎士ガラハドはこの能力があってこそ。ラース・イラという国と、女王のために役立てないガラハドに存在価値はない」

「そんなこともねーんじゃないかなと思うが……お出ましか」

 辰馬とガラハドの会話に割って入る、無粋で剣呑な殺気。辰馬はやれやれと視線を上げ、ガラハドは瞳に雷電を燃やす。女王エレアノールの身の保全、それを条件としてガラハドを捕縛しておきながら、エレアノールにも同じことを言って幽閉した貴族院岳淮派に対して、ガラハドの怒りはすさまじい。


 誰何の声もなく、馬腹を蹴るや剣を抜き、そのまま突進。刺客として厳選された腕利きの騎士たちが、次々と悲鳴を上げて落馬する! 手加減して武器を奪い落馬させる、それだけのことをやってなお、ガラハドには余裕があった。


「このまま、推して参る!」

「っし、おれらも続くぞ!」

 ガラハドに続いて辰馬たちも馬腹を蹴る。一路王都アルビオンへ。


 さておいて9月2日。


 アカツキ京師太宰にて、宰相・本田馨紘薨ず。


 享年79歳。先帝梨桜帝のころから宰相として剛腕をふるい続け、ときには強引なやり方もあったが誰よりも国を愛し国を富ませてきた偉人を看取ったのは三大公家小日向家の小日向ゆかと、その侍従たちのみだった。


 永安帝は偉大な宰相の死に喪を発したが、宰相にこれまで抑圧されていた皇帝に宰相への敬慕はない。すかさず、一度は退けた佞臣井伊正直を召喚、宰相にして大元帥、位は権大納言という、およそ人臣として至上の地位につけた。地位といい官位といいまぎれもない新羅辰馬対策であり、辰馬を排撃するためにより高い地位を与えている。


 9月4日、喪中にもかかわらず井伊は80万と号する(実数40万)大軍で出征、君側の奸を除く、というお題目を掲げる井伊こそが君側にあって蠢動しているわけで、そらぞらしいことこの上なかったが、それでも現実問題として40万の大軍が動いたことは無視できない。これに大元帥位を逐われた本田姫沙羅ほか榊原、酒井の辺境戊将たる元帥が呼応、後に来る時代のアカツキと新羅、どちらにつくかと問われ彼らは累代の恩あるアカツキ政府につき、これで80万という数字は限りなく実数に近づく。


 9月7日、アカツキ本国の動きは密偵少女・晦日美咲の知るところとなって西都にもたらされ、1週間とかからず後方から叩かれ、粉砕されるであろうこと必定となった。事態がここまでになるともはや、戦術も戦略も意味をなさない。打つ手があるとすれば捲土重来、それも、新羅辰馬に一方ならない行為を持っていて、しかも一国の政治を握るだけの地位と権力を持っている人間がいれば、それに頼るという方途があるが。


 9月8日、ガラハドと辰馬一行はラース・イラ王都アルビオンに到着、そこからの女王復辟に関しては実に簡単簡潔に、よどみなく行われた。そもそも騎士派のトップであるガラハドがこうして王宮に姿を現したからには、その時点で貴族院の連中は押し黙るほかない。一度は見逃した岳淮を引き据えてその頚を斬刑に処し、囚われの若き女王エレアノーラを救出。女王は獄中で宰相ハジルへの停戦命令を告げる詔書をしたためており、ガラハドと辰馬たちは今度こそ西都に向かう。


「あの女王もアンタに惚れてるやんか。なんつーか、罪作りな」

「君に言われたくはないな、新羅公。女泣かせということで君ほどの男はいまい?」

「ああ゛? おれは責任取ったっつーの。そら、みんな待たせたけども」

「結婚すれば責任を取ったことになるのか? そう思っているのなら、浅薄だな」

「そら、まあ。責任はこれからの方が大きいんだろーけどさ。これから子供も増えるしな」


 などといっているところに9月9日、晦日美咲が密偵としての天才で辰馬たちを補足、アカツキの裏切りを報告。


「アホ皇帝は特別、自分の意見があるわけじゃねーから、率先しておれをつぶしたがってるのは井伊か。これは国が割れるな」

「ど、どーする? たぁくん? さすがに帰る国がなくなっちゃうのは……」

 普段豪胆な牢城雫が、珍しく弱気な顔を見せる。土地に縛られているこの時代この世界の宣言にとって、土地から追い立てられるというのはそれくらい恐怖である。この場に新羅辰馬という精神的支柱がいなければ、みな押しつぶされていたかもしれない。


「私は宰相に掛け合って、ヘスティアと合しアカツキ軍と一戦交えよう。多少の時間稼ぎにはなるだろう」

「その時間使って……収容できるだけの人間収容してヴェスローディアに逃げるか。エーリカなら悪いよーにはしねーだろーし」

 ラース・イラの最強騎士の言葉に、辰馬はこう応じる。道が開けるとしたらほかにない。


「つーかあいつ、ここ20話近く出番ナシって腹立ててんじゃねースかね?」

 そう笑うシンタに、辰馬は少し気重気な顔になる。あいつそーいうの気にするからなぁと。


「だよなぁ……。ほっときすぎた」


 というわけで9月11日、辰馬たちは西都に。すぐさま人々に事情を説明し、辰馬たち首脳部数十人とかれらに随行を望む民衆10万がヴェスローディア目指して長蛇の列をなした。


9月13日、西都戦線上にアカツキ軍80万到着。その面前には辰馬の率いる10万の民衆たちがのたりのたりと進んでいる最中であり、井伊正直は新羅辰馬に与するもの=悪逆の魔徒として鏖殺しようとするが、そこはラース・イラ軽装騎兵とヘスティア重騎兵の波状突撃により阻まれる。


「いまこの場で敵の首を獲ってもいいが、それは新羅公の役目だろう。余は公が戻ってきて余に声をかける時まで待つとする」

「私も、新羅公のためならアカツキと戦おう。が、それは新羅公が正しく騎手となってからのこと」

 ヘスティア皇帝オスマン、そしてラース・イラ騎士団長ガラハドは相次いでそう言い、適当に井伊正直の80万を支えたしかる後、軍を返す。


「ご主人さま、わたしは一度アカツキに戻ります」

 9月14日、神楽坂瑞穂がそう言った。


「いや、あぶねーだろ」

「いま一番危ないのはご主人さまです。その危険を少しでも減らすべく、わたしは元老院にかけあってきたいのです。そうでないとおそらく、追撃から身をかわすことはできません」

「……」

「そーいうことなら、護衛はこのオレ様が」

 と、首を突っ込んできたごま塩ひげの半白髪は長船言継。


「俺の幻覚はいろいろ役に立ちますぜぇ? ちゃーんと姫サマを護って見せますって」

「……」

「ご主人さま…」

「長船…、お前、瑞穂に手ぇ出したら殺すからな」

「はいはい。そんじゃ、行きましょーぜぇ、姫サマ」


 その後1週間ほどに瑞穂は元老院諸氏に対して辰馬の私財2万石を擲ち、また能弁を働かして彼らの説得に成功。しかしその護衛、長船言継との間に何事があったのかなかったのかに関しては、不自然なほどに歴史が口をつぐむ。好色であり、常々瑞穂に対して粘着質な執着を見せていた長船がこの機に手を出さなかったはずがないという説があり、また別に、すでに辰馬の人徳人望に魅せられている長船が瑞穂に手を出したはずがないという説もある。


 11月2日、ヴェスローディア王都ヴァペンハイム到着。この当時ヴェスローディアはエッダとの泥沼な戦争を繰り広げていたが、王女エーリカは新羅辰馬いたる、の知らせを聞くや勇気百倍、インガエウ・フリスキャルヴ率いる敵勢を一気に蹴散らし、その日のうちに辰馬と彼に従う流民10万を国内に収容してのけた。


「あんたたち、来るのがおっせぇーのよ!」

 8年ぶりに再会となった盾姫女王は、笑いながらも悔し気にそう言った。やはり一人だけ結婚式から除外されたことで、少々おかんむりらしい。


「とはいえ? いまのたつまにはアタシの力が絶対必要? ってことで。これはなんでもいうこと聞かせられるやつよねぇ~」

「まあ、確かにお前の力は必要なんだが。あんまし無理なこと言われても困るぞ?」

「うんうん。アタシ、アンタたちの結婚式見たし。あんな十把ひとからげのやつじゃなくて、アタシ一人だけと正式な、アタシを正妻とした結婚契約を結んでもらおーかしら!」

「……いや、そーいう特別扱いはな……」

「じゃあヴェスローディアは動きませんー。たつま、ろくな兵力もなしでアカツキ兵に殺されちゃえばいーよ」

「お前……本気か……?」

「本気に決まってんでしょーが! アタシはね、アンタが戻ってくるのを8年待ってたの! なのにこの間1度もヴェスローディアに寄り付きもしないし! たまに手紙が届いたと思ったら「娘が大きくなりました」とか、バカにしてんの!?」

「いや……うん、すまん……」

「とゆーわけで、結婚するわよ! そーしちゃえばアンタはヴェスローディアの国王だもの、国王に牙向いたアカツキを打倒するのに、誰にも文句は言わせないわ!」

「……わかった……そんじゃ、頼む。まさかこんな近い時期に2度も結婚式することになるとは……」


 こうして。新羅辰馬はエーリカ・リスティ・ヴェスローディアと再会、彼女を6人目の妻とすることを決めるのだった。

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