第18話 暴走の最強騎士
「よし、到着。そんじゃさっさとガラハド助けるぞ!」
威勢よく吠えた辰馬は「あ、やべ」と口をつぐむも、クーリ・コナハトの民の反応はうすく、にぶい。およそ活力とか活気といったものを感じさせない民の性質は、ここが罪人の流刑地だからか。もともと古き神話に言う赤枝の騎士団と冥府の女王が「牡牛」を競って争った土地クーリ・コナハトの平原は肥沃な大地だったはずだが、当時の戦火と打ち捨てられた長い月日のせいですっかり土地は痩せ、鬱蒼とうらぶれた雰囲気が立ち上る。
「つーか、辛気臭せぇトコっスねぇ…」
「まったくだな。気が滅入る」
「拙者はこ―いう雰囲気、嫌いでないでゴザるが」
「とにかく探す…つーても難しいことねーか。牢屋を隠せるほど家が多い土地でもない」
「おそらくは、地下だと思われます」
「いざとなったら生き埋めにする算段? かも」
「あー。わざとおれらをここに呼び寄せて、ガラハドもろとも、か。なるほどわかるが…といって助けに行かん選択肢はねーからな…」
言いながら、牢獄を探す。街はずれで地下道への入り口が見つかり、管理者らしい衛兵もいたがこの男もやはり無気力にぼーっとしていた。通せと言うと勝手に通れと返す衛兵になんだろーねこれ、とは思いつつも、状況が簡単になるなら文句はない。辰馬たちは地下迷路に入り…、
「ひぎゃあああああああああああああああーっ!?」
「お、ぉう!? どーした、しず姉?」
「くくくく、蜘蛛おぉ…、蜘蛛がいっぱい、あたし無理ぃ…」
「あー…」
確かに、管理不行き届きのじめじめした地下には蜘蛛の巣があちこちに張り、蜘蛛がうごめいている。唯一の弱点といっていい蜘蛛の前に、牢城雫、冒険開始前にリタイア。
「そんじゃ、しず姉は上で情報収取。誰ぞがこの地下牢埋めよーとしてたらそれ止めて」
「はぁい…うぅっ、蜘蛛ぉ…」
「牢城先生、蜘蛛が苦手だったんですね?」
「あー、昔から。蛇も毛虫もゴキブリも平気なんだがな」
「へぇ…ちょっと意外です」
「瑞穂って怖いモンないんだっけ?」
「いえ、人間の、男性が…」
「あー、うん。すまん」
「ご主人さまのおかげでだいぶ、マシにはなりましたが」
「けどアレだよなぁ。長船のアホとか、ホントなら処断すべきなんだろーが…アレ殺すのは勿体ない才能だからなぁ…」
先日、鳳祥での対ヘスティア戦、敵の誘引に乗せられた月護隊と覇城隊を引き戻すべく動いた長船への評価は辰馬の中で高い。結果として長船隊も敵の誘引に引き込まれて辰馬の救出なしでは叩き潰されていただろうことはさておくとして、判断力は月護、覇城の二人より一頭ぬける。軍略に関して師父的存在でもあるし、なかなか殺すまではしたくない。
「瑞穂には嫌な気分させるが…まあアイツがいらん手ぇ出さんよーには気を付けるし」
「お気になさらないでください。長船さんも、この期に及んで手を出してくるとは思えません」
「つーても、あいつ時々やらしー目で瑞穂のこと見てんだよなぁ…」
なんのかんのとしゃべりつつ征く。道中の魔獣やゴーレムがどれだけ強かろうが、辰馬たちに匹敵できるものではなかった。無窮の盈力使いである辰馬、辰馬から力を享けた出水、限りなく無窮の境地に近いシンタと大輔、大きく力を制限されることになったとはいえ、なお「時間を操り、心を読み、神炎で焼く」という格別の力を持つ瑞穂。彼らにかかってはどちらがモンスターかわからない。殺さずに倒す、ということに手間を感じながら、下層に下層に突き進む。
「ここが最下層かね…」
そこはそれまでの階層とは雰囲気が違っていた。SFという概念を知らない辰馬たちにはなんだかピカピカした壁やらなんやら、という認識だが、それは明らかに旧世界にいうSF空間。
もっとも、やることは変わらない、突き進んで探索する、それのみなのだが、徘徊しているモンスター…ゴーレムとも違う、まぎれもない近未来型ロボットが、猛然と襲い来る。
「っち、こいつら、ダガーが刺さんねぇっス!」
「拳の衝撃も…消されます…。やり難い…」
「退くでゴザルよ! 拙者の盈力で…!」
値を上げるシンタと大輔、進み出ようとする出水を制して、
「おれがやる」
辰馬が言った。辰馬の命から分け与えられた出水の力は、出水の命とつながっている。無駄に使わせるわけにいかない。
「こんな場所で輪転聖王ぶっ放すわけにもいかんからな。…オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ!」
「それは…クールマ・ガルバの、マントラ?」
驚いた声を上げる瑞穂。これまでサンマヤ式ヨーガ術式を使っていた辰馬が突然、マントラ法術という最新の技に切り替えたことにまず驚き、桃華帝国の武人を思わせる、黒く光る甲冑姿に変じたことにまた驚く。
「もとからサンマヤ式ヨーガ術式とマントラ法術は相性がいい。つーかマントラもサンマヤ式の一部みたいなもんだし。…勝軍菩薩を下ろして力を鎧にする、盈力を圧縮して使うのに最適だな。んじゃ…やるか」
甲冑姿で辰馬が疾る。その様は韋駄天、鎧を着てまるで重さを感じさせないスピードから繰り出される蹴打が、ロボットの装甲越しに一撃で機能を停止。ほか数十体いたロボット兵がいっせいにかかる。辰馬はその中を巧みにかいくぐり、すり抜け、かわしてはカウンターを繰り出し、相手が避けた先に攻撃を置き、精密かつ迅速にロボット兵たちを無力化していく。次から次と、のされたロボット兵たちは、バチバチと電流を迸らせながら行動不能に陥った。辰馬は光鎧を解除、もう邪魔はないとなるとパンパンと手を叩きながら、ガラハドの名を呼ぶ。
「っ…、ぐ…、っ…、ごふっ…」
「? ガラハド…?」
迷宮になっている地下道を進み、ある部屋に至ると、そこにはガラハド・ガラドリエル・ガラティーンの変わり果てた姿があった。
おそらくは大量の薬物投与による肉体と精神の改造、その姿は人のままに人であることを逸脱、均整の取れていた肉体は数倍に膨れ上がり、痛みと怒りと悲しみに血涙を流す瞳は人であることを逸脱した魔族の色、赤。手足にまかれた鎖は相当に頑丈なはずだが、それがガラハドの身じろぎ一つで軋みを上げる。
「よお、ガラハド…」
「がぁ、がぁぁぁぁ…ッ!」
「…一度ぶちのめさんと、元に戻せんわな。…久しぶりに勝負すっか、ガラハド」
辰馬は仲間たちを呼ぶこともせず、天桜でガラハドの四肢をつなぐ鎖<グレイプニル>を破壊。蒼海と紅羿がひとつになったことで、天桜の威力は格別のものになっている。神の遺産、あるいは旧世界の遺物であってもこの通りだが、それが正解なのか不正解なのか。
考える間もなく、ガラハドが迫る。
素手の右拳。巨体化しても拳の鋭さは衰えを知らぬ。辰馬は肘を立ててガード、そのガードに腕をひっかけてくん、と崩し、対角線、左の打ち下ろしフック。辰馬は崩されるまま逆らうことなく体を沈め、ひっかけられた腕を抜いて後方に逃げ。ると同時、ガラハドの前蹴りが辰馬の前髪を数本、散らした。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアーッ!」
「やかましーわ、正気に戻れ!」
殴り合い。なかば魔獣化しているとはいえガラハドはディフェンスを忘れておらず、おろそかにもしない。辰馬の攻撃は届く前で半分以上が止められ、さばかれ、封殺され、そしてガラハドの攻撃も同じだけ捌かれ、いなされ、封じられる。
技量においてはほぼ、互角。辰馬の方が理性で心身を律している分、これは勝っているといってもよい。
が、半魔獣化がもたらす超体力、スタミナはそれを一瞬で覆す。無尽蔵に等しい体力でガラハドは休むことなく、辰馬に猛攻を加える。
「辰馬サン!」
「ご主人さま、それは…ガラハド卿ですか?」
「おー。おめーら手ぇ出すなよ。久々にやりがいのある相手なんだからさ」
「ルガァァァァァァァァァ!!」
ガラハドの咆哮。辰馬は左手を上に、右手を下にしてこの魔人と組みあう。膂力勝負となればもともと辰馬は非力、加えていまのガラハドはもとの数倍。にもかかわらず、がっぷり組んだままの辰馬は身じろぎ一つしない。
「ウチのバカ姉がよく言うんだが、愛の力、って。そーいうのアホらしーし恥ずかしいと思ってたけどな、まあ自分に娘なんか生まれてみると本当だなぁって思うわけだ。だから…一人モンのお前におれは負けねーよ!」
言って、両者密着の状態から、辰馬が頭を打ち込む。ただの頭突きとはわけが違う、足首から膝、股関節、腰、脊椎、肩、首と連動した纏糸勁が十分に乗った一撃。ガラハドは身体運用に関してプロフェッショナルな天才だが、勁打という技術に関しては明るくなく、それゆえに辰馬の一撃で沈んだ。などという理屈以上に、辰馬に言わせれば「愛の力」なのだろうが。
半刻後。
「ぐ…ぅ…新羅公…すま、ない…」
目覚めたガラハドは苦し気に呻いた。薬が抜けて瘴気が戻ってきたとはいえ、まだ肉体は半魔獣化から戻ってきていない。なにが問題化というに治癒魔術の類が効かないのだ。これは牢城雫も同じだが、魔力欠損症の肉体には魔術的干渉を受けない=魔法攻撃を無効化できるというメリットがあるかわりに、回復魔法や治癒魔法による治癒ができない。瑞穂の圧倒的治癒魔法でどうにかしようにも、100の出力でどうにか1回復させることができる程度。あまりにも効率が悪すぎ、昔のいくらでも神聖魔術が使えた瑞穂ならともかく今の制限付きの瑞穂ではガラハドを快癒させるだけの力を放出し続けることはできない。
「これぁ薬草とかそっち系だな…魔法じゃ治せん。いったん西都に連れ帰って、そっから…って、なんか音が…」
ぱら、ぱら…ぱきり…。
天井が、少しずつ、しかし確実に崩れ始めている!
「ぎょええええ!」
「し、新羅さん! どうします!?」
「このままだと生き埋めでゴザルよおぉ!」
「安心しろ、なんとかなるし、なんとかする」
「そ、そーでゴザルよな!」
「つーわけで、出水。頼りにさせてもらうかんな!」
「りょ、了解でゴザル!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます