第16話 華燭

 結婚式。


 今度は10年前、小日向ゆかとの間に結ばれた政略婚とはまったく違う。自分の意思で、妻を娶る。


 同時に5人も。


 新羅辰馬が対ヘスティア戦で、寡兵ついにヘスティア48万の大軍を退けてのけたのは古今未曾有の大功として記憶されるが、だからといってこのアンモラルな重婚について人々の反対や批判がなかったわけではない。というよりむしろそれらの声は肯定の声よりはるか大きく、無視できない力を振るった。曰く前例がない、曰く漁色が過ぎる、曰く身勝手。結婚前の時点ですでに二人の娘があるということも、辰馬バッシングに拍車をかけた。今、世間の注目を集める中だからこその批判と中傷にさらされたわけだが、辰馬はなおこのタイミングで結婚式を挙げることにこだわった。


 なんとなれば彼女らを長く長く待たせ続けてしまったからであり、自分の煮え切らない態度に区切りをつけるためでもあった。煮え切らない態度、というなら本来正妻は一人にしなければ許されないところなのだろうが、そこは女性陣が魅力的すぎて序列をつけることができない。よって5人ともを「夫人」として迎える。


「いよいよ、ご主人さまと本当の家族になれるんですね……」

「そーだなー。まあこーしてる時点で今更なんだが……」

 瑞穂の声に応えて、辰馬。新羅江南流古武術講武所、新羅辰馬の私室のベッドの上であり、周りには牢城雫、磐座穣、晦日美咲、北嶺院文も臥所をともにしている。辰馬の二人の娘、磐座此葉、晦日千咲は階下で実母アーシェ・ユスティニア・新羅にあやされてすやすやとお休み中。


「んふー。たぁくん、明日は期待してていーからねー。おねーちゃんの花嫁姿!」

「おー。期待するわ」

 すり寄ってくる雫に腕を貸し、しがみついてくるに任せる。10年前の頃は雫に寄られると照れまくって寄るな触るな鬱陶しい、と騒いでいた辰馬だが、このあたりもずいぶんと慣れたものである。


「わたしは一度、帰りますね。お義母さまに甘えてばかりもいられませんし、家では兄がおなかを済ませていますから」

「あー。送っていくか?」

 立ち上がって服をまとい直す穣に、身を起こそうと身じろぎする辰馬。それを美咲が制した。


「わたしが付き添いますので、辰馬さまはこのまま。独身最後の夜なんですから」

「晦日も女の子だからな。神力の恩恵は昔ほど圧倒的でもなくなってるわけだし。やっぱ、男のおれがいかねーと……」

「大丈夫ですよ。わたしの強さはご存じでしょう?」

「そらまあ、知ってるけど。でも千咲つれてくわけだろ? 万一がある」

「それじゃー、みんなでみのりんと美咲ちゃんち行く?」

 押し問答を続ける辰馬と美咲に、雫が提案。


「そだな。そーすっか」

 辰馬はその案に乗って、胸をなで下ろす。あのまま美咲に押し切られたら、明日式が始まって二人に再会するまでもやもやしたものを抱えるに違いなかった。


「そんじゃ、着替え着替え♪」

「ちょっと待って下さいね、ご主人さま」

「あー、おれも着替え……」


「幸せね」

 文がつぶやく。


「つい先日まで生きるか死ぬかの戦場にいたから、よりいっそうこう思うわ。こうして、ただ生きて他愛なく話していられる今が、たとえようもなく幸せだって」

「……そうですね。ご主人さまがいなければ、全滅でもおかしくない状況でした」

 文の言葉に、瑞穂がしみじみと応える。実戦指揮の一翼を担ったものとして、対ラース・イラ、対ヘスティアの連戦、その苦闘はおそらく、一生忘れることがないだろう。そしてあの地獄を経験したからこそ、今の平和の重みを感じるのもまた事実だった。


「本当にね。平和のために戦う、お題目はいつでも掲げていたけれど、あの戦いがなければ一生、その本質を会得することはなかったでしょう。新羅くんには感謝だわ」

「……べつにおれが特別なことしたわけじゃねーけどな。陣頭に出て戦っただけで、瑞穂とか磐座みてーな作戦立てたわけでなし。最終的に戦争終わらせたのは磐座の手紙と、それ受けたシュテファンのおかげだし」

「謙遜……というか本気で言ってるのでしょうけれど、さすがに嫌みに聞こえるわよ。あなたが役に立たなかったというならわたしはどうなるの、ってね」

「あー……うん、ごめん、悪い」

「いいけどね。実際わたしは役に立たなかったし。それでもあなたは胸を張るべき。あなたを信じて戦い、死んでいった人たちのためにも、あなたが揺らいだり、自信をなくすことは許されない。それに、あなたは実際、この地上に蓋世の大功を立てたのだからね」

「ん。そーだな」

「そうよ。……さて、じゃあ、行きましょうか」

「ほーい、行こー行こぉ♪」


………………

 まずは穣を下宿に送り、そのあとで美咲を自分の下宿に送る。いまだ辰馬は美咲とゆかとの三人暮らしを続けていたわけで、美咲が穣に次いで辰馬の二番目の娘、千咲を授かったのも当然といえば当然だった。


 ゆかも今となっては20才、立派な女子大生であり、三大公家末席小日向家の復興に意欲を燃やす。辰馬になついているのは相変わらずだがその感情は兄妹愛以上のモノではないらしく、辰馬の6人目を狙うことがないのは助かった。かわりに小日向の従者として美咲と一緒に仕えてくれと、それを望まれているので苦労がなくなったわけではないが。


………………

そして1826年夏8月8日。


華燭の典。


民衆へ周知のため馬車によるパレードが行われ、警備には月護孔雀と、覇城瀬名が動員された。瀬名にとって牢城雫は年来のあこがれの相手だったが、すでに辰馬を自分の指揮官と仰ぐことへのわだかまりを解いた時点で雫への執着も解けている。新しい恋を探す踏ん切りをつけた瀬名は辰馬の忠良な臣下であり、三大公家筆頭覇城家の優れた当主であった。


この覇城家が主宰する斎場で、辰馬たちは式を執り行う。


狩衣姿で登場する新郎に、新婦5人は唐衣、単に領巾。いわゆるところの物具装束で登場。上級貴族の特権、特別な催事にのみ用いられる物具装束姿は、過敏な辰馬バッシングの衆の度肝を抜いた。ここまで堂々と昂然とやられては、叩く側もむしろ毒気を抜かれる。


周知を徹底させる、ということで式の様子はテレビ中継。この当時初めてヴェスローディア精のカラーテレビが輸入、「新羅公ご結婚独占中継!」の文言で飛ぶように売れた。

神前で愛の言葉を交わし、杯を干し、5人の妻と順番に口づけを交わして式は終わる。衆前でのキスは辰馬に少しハードルが高かったが、誰にも文句を言わせない愛の証、と思えば簡単なことだった。


「お疲れ様っス! ……これで辰馬サンもオレの手離れちまうんすねぇ……」

 参列者兼場内警備担当、シンタがしみじみそういった。バイセクシャルといいつつ辰馬と少女たちの中を一度も邪魔することのなかった奥ゆかしいゲイは、愛しい辰馬の門出にさすがに感極まったものがあるようだった。


「もとからお前の手の中にいた覚えはねーが……まあ、これからもよろしくな」


「主様、今度主様の伝記、書かせてもらうでゴザルよ!」

 今度は出水。この男は桃華帝国南方で発見した、廃れた印刷所を復興、小規模な出版社を立ち上げて、早くもそれなりの利益を生み始めている。後世見せることになる行政手腕の片鱗、というところか。


「新羅さん、おめでとうございます! 俺も覚悟決めました、早雪さんと結婚します!」

 最後に大輔が、盗撮パパラッチを締め上げながら。空手青年は薄幸の少女長尾早雪と、10年にわたる交際のすえこちらもゴールへと向かうらしくうれしい限り。


 ほか新羅家の家族、牢城家の両親、美咲の後援者である宰相と主君のゆか、穣の兄遷、さらには新羅隊の将校から兵士まで、1万人近くが参列、辰馬たち6人の夫婦を祝福した。


その後。

新婚初夜は激しく更けて。


8月9日の昼には新羅一家は旧桃華帝国南方に戻る。それはラース・イラでの政変に対応するためだった。ガラハド・ガラドリエル・ガラティーンと騎士派の失墜。そして代わりに浮上した亡命桃華貴族・岳淮。そんななか辰馬の元に女王エレオノーラからの使者が訪れ、ガラハド救出を打診した。


「ガラハドって8年前にも失脚してたよな……政治的なことは苦手、とか言ってたっけ……」

「ガラハドさん、典型的な武人タイプだからねー。政治の駆け引きとかできてもやらない人なんだと思うよ?」

「うん、まあわかる。……けどそれで迷惑かけられちゃ困るんだが。晦日、先遣頼めるか?」

「もちろんです! 拾えるかぎりの情報を拾ってきます」

 メイド服の密偵少女はそう言うと素早く姿を消す。辰馬や雫でも追いつけない健脚は神行法という秘伝の技術。この技能を持つ密偵は1日に千里を往くといわれる。


そうして往くこと半月、8月22日。


西都に到着した辰馬は政庁で美咲の報告を受けたが、それはにわかには信じがたいものだった。


・岳淮は宰相ハジルと結んで騎士派を排斥、これは9割方成功し、完了している。

・また、岳淮はラース・イラの王位を求めて女王エレオノーラに結婚を迫り、断られるや兵を動員、女王を幽閉した。

・ラース・イラ騎士団の新団長には宰相ハジルがついた。


 簡単に言ってクーデターである。宰相ハジルがあの低俗な野心家の風下に着いたというのが少々信じられないが、美咲の持ってくる情報がこれまで間違っていた例しはない。そして最新の情報、岳淮のラース・イラは旧桃華帝国領を奪回すべく兵を準備している。


「先手を取るか。まあ、相手があのジジーならどってこともねーだろ」


 そう、呟いたところに。


「伝令! ラース・イラ女王エレオノーラからの書簡!」


 通された、息も絶え絶えの使者は辰馬に書簡を託すと息絶えた。


 書簡は獄中のエレオノーラから辰馬に宛てたもので、同じく獄につながれているであろうガラハドを救い、ラース・イラを佞臣の手から解放して欲しい旨が綴ってあった。


「西都の総指揮は会長……文に任せる。参謀として穣。美咲はヘスティアに援軍要請! 瑞穂、しず姉はおれについてこい。上杉、朝比奈、出水も。この6人はガラハド救出に動く!」


三国犄角からわずかに2月たらず。

今度はラース・イラを救うため、辰馬は再度戦塵に身を浸す。

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