第7話 西都攻防戦

 長ったらしい戦前の前口上も、のんきな遠距離からの大砲の打ち合いもなく。対陣するやすぐ、開戦となった。


 桃華帝国鎮南将軍、呂燦の速攻。辰馬のお株を奪うような魚鱗陣形での猛突撃がアカツキ勢約2万を一気に撼るがし、さらに側面からの迂回突撃が間断なくたたきつけられる。戦前の予想に反し、呂燦は明らかな短期決戦を挑んできた。


「上等……っ!!」

 と、すぐさま前線に飛び出していきがちな総大将の襟首を、ぐわしとつかんで引き留める神楽坂瑞穂と磐座穣。


「あなたは馬鹿ですか!? 突出したらそれこそ、思う壺です!」

「ご主人さま、もう一軍の指揮官なんですから……少し落ち着きましょう?」

 口々に言われて、頭をかきながら床几に座りなおす辰馬。総大将がほかにいて自分が部隊長クラスだったころなら短期突出もアリだったが、今は自分が総大将。最も死んではならない立場であり、うかつに敵中に突っ込むなど言語道断。


「こうして、泰然自若の姿を示すことが全軍の士気につながるんです。だからしばらく我慢してください」

「そうですよ、新羅。少し落ち着きなさい」

「なんか……瑞穂と穣で言うこと同じなのに、ニュアンスが違う気がすんのは気のせいか?」

「気のせいです」

「……まあ、いーや。そんなら覇城隊、月護隊前進! 敵の鋭鋒を挫け!」

 辰馬の命令に、すかさず応じる破城瀬名隊3000と月護孔雀隊2000。緒戦で総兵力の25%をぶつけるのはかなりの冒険になるが、今回それくらいしなければ呂燦の突撃は止まらないと辰馬は見た。


 ところで。

 辰馬の慮外のこととして、瀬名と孔雀は相性が悪い。似たような性格であり、どちらもかつて新羅辰馬に喧嘩を売った過去があり、その後新羅牛雄の薫陶を受けて新羅辰馬への忠義を刻印された二人という、似た経歴を持つ二人だが、似ているゆえにか反発する部分が強い。とくに二人ともがプライドの高さで知られるために、どちらかがどちらかの風下に置かれることに我慢ができない。


呂燦はそれを、間諜などの手段で知ったのではなかった。ただ前進してくる敵の足並み、それを見ただけで軍務経験50年に近い老将軍はそれを見抜く。となれば好餌を前に出し、二人の敵将を互いに競争させ、その隙に叩く。自軍を半々に分けて半分を瀬名、孔雀が争って攻撃している間に、その後背に回り込んだ呂燦の部隊が痛撃、1撃で1000人近い損害を与えた。


「あー……二人一緒に出したの失敗だったか」

「わずかな足並みの乱れから覇城、月護の連携不備を見抜く……呂燦将軍、さすがですね……」

 辰馬が呻き、穣が感嘆する。

 しかし悲壮感はない。なぜならば。


「けれど。そのポジションはこちらの予想通りです! 伏兵!」

 瑞穂が叫ぶと同時、地に伏せていた伏兵が立つ。彼らを指揮するのは牢城雫と厷武人。アカツキ最強を歌われる剣聖と、その後継と目される男に指揮される部隊の白兵戦力は東方諸国でも随一。斬り立て、崩し、さきの瀬名たちが被った損害以上のダメージを桃華帝国軍に与えた。ここにおいて呂燦はいったん、後方に下がる。


 現状の損害はアカツキ980、桃華帝国1200。だが優勢なのは桃華。なにしろ兵の絶対数が違う。


 まず午前に前述の戦闘があり、しかるのち昼からは散発的な応酬。夕暮れ、篝火をたいての野戦までを経て決着はつかず、翌日に持ち越し。


「いよいよ食料が……だなぁ。あと1日2日か……」

 辰馬は軍営の備蓄を確認、独り言ちてため息をつく。このまま推移すれば戦闘以前に、食料の欠乏で敗北が決してしまう。


「辰馬さま、わたしにお命じください。敵の食料を奪い、糧道を断てと!」

 随行の美咲が言った。確かにその任を与えるなら美咲を置いてほかにない。密偵としての諜報能力、部隊指揮官としての才覚、人造聖女としての加護の力、それらを考えて美咲が一番適任とわかっていて、辰馬はなお決断がつかない。いちど人の親となったことで辰馬は守るものがある強さと同時に、弱さもまた得てしまっていた。正直言ってしまうと、瑞穂、雫、穣、美咲、文という5人の細君には戦場に出てほしくない。


 でありながら、冷静な部分は美咲を遣わさなければ勝てないと分かっていて、自分が願えば美咲は喜んでその任に向かうこともわかっている。だからかえって、それを願うことは卑怯ではないのかという煩悶が辰馬の中に生まれる。自分への好意を利して妻を危険にさらすようなことでいいのかと、いつもとはまた違う方向性で頭が痛くなり、吐き気がした。


 しかし、2日目の交戦が開始される前には決断しなくてはならない。


「行ってくれ、晦日……っ!」

 結局辰馬にはそういうほかなかった。即時兵500で襲撃部隊を編成、美咲を部隊長に送り出す。命令は3つ、まず敵の食料を奪い、かつ敵の食料を焼き、さらに敵の糧道を断つ。複雑な顔で送り出す辰馬に美咲は「吉報をお待ちください、辰馬さま!」とむしろ晴れ晴れとした顔で着任したが、結局、送行の後辰馬は一人で吐いた。


 二日目の戦闘も熾烈なものとなった。この日も敵の大将・呂燦は自ら陣頭に立ち、声を枯らして督戦、初日は瑞穂の仕掛けた伏兵の雫、厷がうまく中ったが、2日目となるとこれも警戒されてなかなか決まらない。そして戦術指揮官レベルで呂燦に伍するだけの人物と言えば新羅辰馬以外になく、その辰馬は現状、後方での全体指揮をとらねば全軍が壊乱してしまうため前線には出られない。アカツキ勢としては苦闘が続く。


 3日目。いよいよ本当に糧が尽きる。おそらく一両日中に食料が手に入らなければ脱走者が続出し、戦線維持は困難となるだろうと思われた。


 この日も朝から呂燦は先鋒部隊を率い、縦横に突撃する。この男の恐ろしいところはこの攻勢が彼の本領ではなく、むしろ守勢にこそ本領がある武将であるということ。もし彼に守りに入られていたなら、おそらく辰馬でも崩すことは難しい。


ともかくも呂燦の攻勢をしのいだこの日の昼、美咲に預けた輜重隊、その一部が糧を積んで戻る。「集積所発見、ただいまより攻撃を開始します」との伝言を伝えた輜重部隊は荷下ろし後すぐにまた美咲のもとに参じる。全軍2万に十分いきわたる、とは言えない量の食事だが、1人分を2人3人で分けていきわたらせ、なんとか当座をしのいだ。この晩雨が降り、平地が泥濘に。


 そして4日目となった。


 今日も呂燦は前線に出て猛撃してくるが、さすがに泥濘に足を取られ、昨日までの機動力はない。天の雨と地の泥という状況を厭い、兵たちの士気もやや下がる。それを叱咤して呂燦は突撃を敢行するが、


「老将軍、なかなかのご奮闘。ですがそろそろ……」

 本営で、穣がつぶやくと同時、敵陣に乱れが生ずる。明らかな指揮系統の混乱、それを見て取った辰馬は前衛に前進を命じる。先日、情けなく敗退した破城瀬名を継投させ突撃、さらにもう一人の敗退者・月護孔雀に迂回しての側面突撃を命じ、ここぞと全軍を2キロ前進。


 瀬名が突進し、孔雀が討ち漏らしを薙ぎ倒す。同一の部署で使うとかみ合わない二人だが、別部署で使うのであればその戦闘力は折り紙付きだった。「らぁ!」「しゃあ!」と叫びながら血風を上げる。


 桃華帝国軍での混乱は呂燦と監軍の内訌にあった。呂燦が選抜した兵たちは桃華帝国の最精鋭、士気も高く忠義も厚く、裏切りなどありえない生え抜きの連中だったが、鎮西将軍・岳淮が皇帝・趙瑛の名においてつけた監軍・辺令徳はそうではない。もともと既得権益を貪るしか能がなく、理にさとい小人は穣から届けられた使者にアカツキと桃華の国勢を比べて桃華帝国の命脈すでになし、と見切った。より一層辺令徳を駆り立てたのは今、辰馬が苦境にあるということで、この状況で自分を売りつけるのがもっとも高値であると彼は読む。


 そうした状況で、辺令徳率いる禁軍武官は呂燦を売国の徒として拿捕しようとし、呂燦の側近たちはこれに真っ向から反対して辺令徳をとらえようとする。どちらにしても辰馬にとっては千載一遇の好機であった。


 そこに、美咲からの伝令。「作戦に成功せり」。桃華帝国軍の後方で火の手が上がり、糧が燃える様に桃華の兵は周章狼狽する。ここで辰馬は立ち上がり、叫んだ。


「ここが先途だ! 勝てばいくらでも、メシが食えるぞーっ!!」

 ここでついに本陣を動かす。瑞穂、穣の2人は大本営幕舎に残し、辰馬は中翼を率いて突撃。瀬名、孔雀がなお攻めあぐねる呂燦の本陣に、得意の一点突破、2800人の斜行魚鱗で突撃。


 その威力はすさまじかった。それまで瀬名と孔雀の2将相手になんとか渡り合っていた呂燦本陣が、一撃で粉砕される。あとは雪崩が土を覆いつくすような勢いで、アカツキ勢が桃華勢を駆逐していった。


……

…………

………………

 アカツキ軍の損害は23000(19000+前回の戦後桃華帝国内で募兵した4000)→15500、桃華帝国の損害は80000→12000。桃華帝国68000の死傷者のうち半分以上は戦闘最後の2時間によるもので、いかに最後まで温存された辰馬の爆発力がすさまじかったかを物語る。そのままの勢いで、アカツキ勢は西都を制圧した。


「辺令徳は斬っておくべきです」

 戦後処理が始まる前、穣がそう言った。自ら調略した相手に穣がこういうのは珍しい。普段なら人品確かな将軍を引き抜くところ、今回引き抜いた相手は最初から下衆とわかっている相手だからか。


「これはこれは新羅大将軍閣下。さすがの采配でございましたな! それに比べ呂燦も無駄な骨折りをしたものです! これからの世界は桃華ではない、アカツキの……」

 引き立てられた辺令徳は、一応、捕虜の身でありながら縄もかけられていない。甲高い声で騒ぎ立てながら「自分は総大将・新羅辰馬の友人であり、この戦いを先勝に導いた存在」をアピールする。アカツキ兵たちもそれに対して真偽がわからず、戸惑いがちに遠巻きで辰馬と辺令徳を見比べる。


「………………」

 辰馬の右手がひらめいた。次の瞬間、辺令徳の首が落ちる。その顔は首刎ねられた瞬間も自分が功労者としてたたえられることを疑ってなく笑っていたが、甘ちゃんの辰馬でもさすがにわかる。こういう男がそもそも、桃華帝国を誤ったのだということが。


「新羅が殺せないならわたしが始末しておこうかと思いましたが、甘ちゃんも多少は世の中の厳しさがわかるようになったようですね」

「あー……つーてもしばらく肉食えねーわ」

 物陰から出てきた穣にそう返して、辰馬は戦後処理を進めていく。桃華帝国防衛軍大将・鎮南元帥呂燦は辰馬の前に引き据えられると目を伏せて一礼した。


「生きておるうちに竜を見ることができて、儂は果報にございます」

「竜?」

「竜顔。この上もなく貴い貴種の相にござる」

「はあ……うん。えーと、あんたにはこれから、おれの軍事顧問をお願いしたいんだが」

「承知仕った」

「やっぱ難しいよなー、でも……って、あれ、いーの?」

「生殺与奪は勝者の権。敗者は従うのみでござる」

「じゃあ、頼む。っていうかござるって出水みてーだな……」

「? それでは顧問として申し上げる。今上と先代、二人の皇帝のお扱いでござるが……」

そうして、まず取り決めたのは桃華帝国皇帝・趙瑛と上皇帝・趙公謹の身柄の安全保障。皇家としての桃華帝国存続は難しいとしてもアカツキの貴族として存続することを約束する。そのうえで貴族としての趙瑛と交渉し、旧桃華帝国の南西半分はアカツキの領土と認めさせ、商人や職人の出入りを解放。ほかにも度量衡をアカツキのもので統一、アカツキの貨幣「幣」と桃華帝国の貨幣「璞」の等価交換、水道、電気などのインフラ整備、両国民が納得できる法律の整備などやるべきことは多岐にわたる。そしてなにより、実際に自分が西都の主になるとわかるこの地の危うさ。北東からヘスティア、西方をラース・イラという武の2大国に扼されているのは、気分のいいものではない。


 そうして、3か月ほど。ようやく統治が円滑に進み始めると、辰馬はアカツキ中央に招聘された。

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