第6話 将器と用間

「お願いしたい儀があります」

 夜、辰馬が幕舎でひとり、執務についていると。戚凌雲が入ってきた。拱手した戚が何を言い出すかはだいたいわかったが、まず先を促す。


「鄭策、秦雷、曹獅道、この3将を処断させていただきたい」

「だめ」

 予想通りの言葉に、辰馬はにべもなく返す。戚としては自分を裏切った将軍たちに罰を与えたいのだろうが、辰馬の側から見ればさきの戦いを勝利に導いてくれた勇将たちである。殺せと言われて殺せない。


「あの3名に愛国の念はありません、一度裏切ったものはまた裏切りますぞ!?」

「んー……、裏切られたら裏切られた側が、それまでの器だったってことなんだよ。おまえの怒りもごもっともではあるけどな」

「私が愚将であると?」

「そーは言わんけども。あの三人の事情とかなんも考えずに処断、処断ゆーのはなんか違うだろ」

「………………」

「まあ、秦雷は単に女好きで裏切ったんだが、鄭策には病気の母親がいてな。その治療法がアカツキにはあるってことでこっちについた。曹獅道は岳淮に睨まれてて桃華にいたら命が危なかった。そのあたりの事情、戚は知ってるか?」

「……いえ。そんなことが……」

「だから事情って大事だろってこと。寝返りの処断なんかより、どーやって桃華帝国を再建するか、考えるぞー。あの三人もそのために使ってやりゃあいーんだよ、いちいち裏切りだの怨恨だのいわんとな」

 立ち上がり、軽く戚の肩を叩く辰馬。自分よりはるかに小柄な辰馬に、戚はこのとき圧倒的な器の差を感じた。自分とは見据える先が違う、それを突き付けられた感覚。


「たぁく~ん、お夜食もってきたよ~♡」

「あぁ、サンキュ、しず姉……なにこれ?」

「ディムラマってゆー民族料理らしいよ。材料はキャベツ、トマト、ニンジン、玉ねぎとジャガイモ、それに羊肉!」

「食料少ないのに贅沢な食材の使い方してんなぁ……ま、ありがたくいただくけど。戚も食うか?」

「いえ、私は下がります……わが師父があなたを赤き竜と呼んだ理由、すこしわかりました……」

「? んー。そんじゃ、またな」


………………

 そして翌日。


 辰馬は軍議を招集した。西都を陥し、先帝と今上帝、そして鎮南将軍・呂燦を救出しなければならないのだが……。


「西都は難攻不落の城塞都市、この人数で陥落させることはまず不可能でしょう。後続を待たねば……」

「後続ねぇ……、まず期待できんのだよなー、いまのおれって上に睨まれてる立場だし。……まあアレよ、難攻不落ってんなら中の連中を外に引っ張り出す」

 戚の言葉に、辰馬は茫洋と、しかし決意を込めて言う。


………………

「それで、また拙者たちの出番でゴザルか……」

 出水はやや疲れた表情でそう言った。背中には巨大なナップザックいっぱいの紙束。


「まあ、お役目あんのはうれしいことっスけどね。このデブオタと一緒じゃなけりゃ……」

 シンタもどでかいナップザックを背負う。二人とも多少のメイクを施し、アカツキというより桃華帝国の民に見えるように化粧してある。といってもアカツキと桃華の民は人種的にそう遠くないから、それほど極端ではないが。


 それはいいとして。


「黙るでゴザルよ、いい年して童貞の分際が!」

「オレが童貞でテメェに迷惑かけたかよ!? 殺すぞ!」


 この二人は気が合っているのか合わないのかわからない。ともかく辰馬は


「いーから行ってこい。この作戦の成否、お前らにかかってるからな?」

 と、軽く訓令。


「りょーかいっス!」

「合点承知の助でゴザル!」

 返事だけはばっちりな二人だった。


「上杉さんと出水さんで、よかったのでしょうか? こういう任務はわたしに任じられるのが一番、適任だったような……」

 美咲がすこしハラハラした表情で言う。確かに密偵としての経験と実力でシンタや出水は美咲に遠く及ばないが、美咲の容姿は化粧で隠したとしても目立ちすぎる。なにせ顔立ちの端正ということなら瑞穂や雫より勝る美咲だから、市井に溶け込ませるには向かないと辰馬は判断した。というのは名目で、実のとこの自分の子を産んでいる美咲をできるだけ温存したかったというのが正直なところだが。

「ま、あの二人は要領いいから。きっちりやるだろーよ。穣、今のが奏功するまで、だいたい何日くらい?」

「だから、気安く穣と呼ばないでください。……だいたい10日か1週間というところでしょうか、食料の備蓄からして……先の戦いで鹵獲した分を充てたとしてもギリギリですね……」

「南都に続いて西都を陥とした、となれば上もつまらんいやがらせやってる場合じゃなくなるだろ。なんとかなるし、なんとかする」

「それ、信念ですか?」

「?」

「『なんとかなるし、なんとかする』。たまに新羅が口にします」

「そーだっけ? ばかたれは実際、しょっちゅう言ってる気がするが」

「あれは信念とか意志を込めての言葉ではないでしょう? 『なんとかなるし、なんとかする』はたつ……新羅の揺るがない部分が込められている気がします」

「そーかな……ってより、たつまって呼んでいーんだぞ、穣?」

「……っ、黙りなさい! ちょっと此葉に気に入られていると思って!」

「あー、そーいえば此葉と智咲の仲はどんなふう?」

 今度は辰馬は美咲に聞いた。


「そこは大丈夫ですよ? 智咲も此葉さまも仲良しで、閣下が心配なさることはありません」

「そか。ならよかった。あと閣下やめれ」

「では……お父さん」

「ん」

 相変わらずぎこちない穣と辰馬に対して、美咲と辰馬の関係はむつまじく良好。穣はすこしだけうらやましそうな顔をしたが、すぐに軍師の鉄面皮でそれを隠す。


 その三人を見てためいきをつくのが、瑞穂と雫である。最初期から辰馬と肉体関係を持っていながら、二人……いまヴェスローディアにいるエーリカも含めて3人……には懐妊の兆候もない。穣と美咲の娘同士が異母姉妹同士、ともだちでいる、とかそんなところを見せつけられると敗北感と焦りを感じるのはどうしようもなかった。


「あたしは半妖精だから妊娠しづらいんだろーけど。みずほちゃんはそうでもないのに不安だよねぇ?」

「神力の加護が強すぎて、子供を授かり難いんだと思います……女神さまも、この世界から引き上げるならこの加護、減らしていただいてもいいんですが……」

「まあ、たぁくんに一層頑張ってもらうとして……うらやましーよねぇ、此葉ちゃんも智咲ちゃんもかぁいーんだ♡」

「そうですねぇ、うらやましいです……はぁ……」


もう一度、ため息をつく二人。とはいえ瑞穂も雫も基本的にあたたかい性格をしているから、嫉妬と憎悪に狂う、などということはない。エーリカがここにいるとまた、違うかもしれないが。


……………

2日後、西都。


「潜入成功、でゴザルな……」

「おめーがトロトロしてなきゃ1日だったんだけどな」

「なによアンタ、ヒデちゃんに生意気きいて。またそのロン毛むしってあげよーか?」

「うるせーよガトンボ。とにかくやるぞ」

かくて二人と1羽の工作が始まる。まずは印刷のビラをばらまく。新羅辰馬という将軍がどれだけ残忍で暴虐で好色で、これまで抜いた砦や城をどれだけ徹底的に破壊し略奪したか、そういうことを微に入り細をうがち、まことしやかに書いた文書を、シンタと出水は西都の民の間に広める。ついでに財貨もばらまけるだけばらまいて、この情報を可能なだけ伝播させた。


「新羅はラース・イラと結んで西都をぶっ壊すってよ!?」

「ラース・イラも岳淮将軍より新羅と結んで桃華を蹂躙するつもりらいしでゴザル! 逃げるなら今でゴザルよ~!」

 辻に立って民にそう声掛けし、衆心の不安をあおる。初日は相手にされなかったものも二日、三日と重ねることで説得力を増し、近くに新羅軍団が駐留していることが現実味を感じさせる。


「新羅の軍は総勢100万とか言うぜ? こんなとこに引きこもってても、はっきりいってどーしようもねぇって!」

 実際の新羅大将軍府軍は38000。100万なんてとんでもないのだが、視覚をごまかす幻覚使いの能力者なら長船言継が新羅軍に在籍している。とにかくありとあらゆる手段で、新羅勢は西都の不安を煽りたてた。


4日目。民衆が庁舎に駆け込み、民を脱出させ安全圏に退避させるか、さもなくば兵は外に出て戦えと要求。官憲は民のつきあげに手を焼き、アカツキ側の間者と思われる二人組をどうにかとらえて見せしめにしようとしたが二人はすでに西都を脱出した後だった。


5日目、さらに民衆の要求は強く激しいものとなり、とにかく西都籠城戦を拒絶。あくまで戦闘員のみが町の外で戦わなければ、西都が陥とされたとき新羅という魔王のような将軍がどれだけの暴虐を働くかわからないと。


鎮西将軍・岳淮は決して無能ではなく、無能でないゆえにこの状況で籠城戦は危険と判断せざるを得なかった。が、彼はなお今上と先帝を護るという大義名分を掲げて自ら指揮は執らず、幽閉の鎮南将軍・呂燦を解放して敵にあてる。


………………

6日目、シンタと出水が辰馬の本営に帰還。往路2日を含めて8日。食料備蓄はあと2日というところで、呂燦将軍からの決戦状。


「師父が!?」

 軍議の席。とりあえずの仕事を果たし、消耗して寝所に引きこもった長船にかわって、愕然としたように戚が呻く。尊崇する師父が敵に回ったのだから無理もなかった。どうにか味方に付いてもらおうにも、今上と先代、二人の皇帝を人質に取られているも同然の状況でこちらに寝返るような人物ではあるまい。


「あとは正面切って勝つしかねぇんだよなぁ……。穣、敵の兵力は?」

「10万、というところですね。腐っても雄国の支藩、野戦に持ち込んだのはともかく、簡単ではないですよ?」

「わかってる。瑞穂、この場合の策としては?」

「火か水、だと思います。ご主人様の信条には反するかもしれませんが、ほかに戦いようはないかと……」

「火計水計、か……大勢殺すことになるからなー……とはいえ、負けてやるわけにもいかんし。やむなしか……」

 辰馬は早くも吐きそうな気分になりながら、しかし果断な決意を赤い瞳に込める。自分の目の届く範囲の人間全員を幸せにする、そのための手段が王となることであり、この戦いが王となるために必要な試練なら、避けて通るわけにはいかない。

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