第3話 凱旋将軍

「パレードです」

「はあ……」

 国家最高政治諮問機関「元老院」から通達に来た秘書官の言葉に、辰馬はあいまいにうなずくしかできない。パレード……往来を練り歩く……みんなからワーキャー言われる……考えるだけで吐き気がした。


 とはいえ、大将軍となり貴族(侍従・子爵位)の列に入った辰馬としては断ることもできない。すでに10年前、小日向ゆかを妻に娶った時点で皇籍の一員とされている辰馬だが、あれは便宜的・名義的なものだからと儀礼を避けることもできた。しかし今回は礼式の爵封だし、なんといっても「王になる」という目的とその道程からいえば避けて通れない。


「とはいえ、見世物パンダかぁ……やだなぁ……」

 ひとり廊下に出た辰馬は、また胸を押さえた。世界からの神力魔力の枯渇を感じる都度、辰馬の心臓は穿たれた楔が疼くように痛む。常人ならそれだけでショック死してしまいそうな激痛、平素であれば涼しい顔で耐える辰馬だが、なにぶん今回のような案件に頭を悩まされると相乗効果で苦痛は増してしまう。


「あんまし顔出さんよーにしよ……。別にみんな、おれの姿とか見たくもねーだろ……」

 そう結論付けることで気楽になって、辰馬は顔色を回復させる。このあたり、新羅辰馬という青年は後ろ向きに前向きだった。


「パレード? 山笠みたいなもんかなぁ?」

「あー、そうそう。あんな激しくはねーだろーけど」

「「「山笠?」」」

 雫の言葉にうなずく辰馬に、周囲の面々が「?」という顔になる。ここは上級士官用のレストラン。本来新羅一行の面々でここに入ることを許されるのは辰馬と同じく大佐の穣と、諜報部の上級工作員である美咲だけ、股肱の臣であるシンタ、大輔、出水は実質ただの傭兵だし、瑞穂と雫の公的立場は辰馬の私的な愛人に好ぎない。なのだが向後大将軍となり貴族に列する辰馬の権限であれば、レストラン側としても彼らを通すにやぶさかではない。


山笠という言葉に疑問符を浮かべた面々。山笠は南方の伝統行事なので、こちら(太宰)の人間にはあまり知られていない。というか辰馬と雫にしても、南方に定住していた経験があるわけではないのだが。


「武神タケハヤさまを勧請するお祭り、でしたっけ。南方での呼称は祇園明神。流れ山、と呼ばれる大神輿を数十人一組で担いで、各流れごとに速さを競う……そんなものでしたか?」

「よく知ってんな、穣……おれも起源とか知らんが」

「あの、穣って呼ぶのやめてもらえません? 此葉の前で恥ずかしいでしょう」

「はずかしくねーだろーよ。なんならママってよぶかー?」

「ちょ! やめてください新羅!」

「お前もなー、おれと此葉と三人だけの時はパパーって呼んでくれるのになー」

 辰馬がからかうように言うと、穣は半眼になって神杖・万象自在<ケラウノス>を構える。すでに宝杖の先端には稲光が走り、いつでも辰馬を撃てる準備万端である。

「有限の神力をつまんねーことで使うな。仕舞っとけ」

「つまらないことかどうかは、わたしか決めます!」


「たぁくんとみのりんは今日もしあわせだねー……あたしたちも大事にしないと、浮気しちゃうぞー、たぁくん?」

「そ、そうですよ。ほかの男の人についていっちゃいますからね!」

「そーいうことを言うな。冗談にならんから。つーか、いつも大事にしてるだろーが」

「ベッドの上でのサービスが少ないんだよ!」

「んぎあぁ!? こんなとこでなに大声で叫んでんだよ、しず姉!」

 雫渾身の獅子吼に、辰馬は真っ赤になって頭を抱えた。36にもなって全然慎みというものを覚えない幼馴染は、まあそこがいいのだがやはり公衆の面前ではやめてほしい。


「凱旋パレードで姿を隠す、というわけにはいかないでしょう。あれは臣民の将軍歓呼によって将軍が神と一体の存在になるという、そういう儀式ですから。辰馬さまには頑張ってもらわないと」

「柱の陰に隠れとくとか、だめかな」

「駄目です。そもそも王を目指す方が、英雄として遇されることを拒んでどうするんですか」

「そうですよ、新羅。晦日さんのいうとおりです」

「っく、穣、さっきの仕返しみてーに……」


 などとやっているのを尻目に。


「もぐむぐ。この肉うめーな、やっぱ偉い将校様は食いモンからして違うわー」

「これ、弁当にして持ち帰りOKでゴザルか? シエルたんにお土産したいでゴザルよー」

「俺も、早雪さんに持っていくか……」

 三バカはマイペースで食す。ふだん上手いものを食ってない彼らとしては久しぶりの美食。辰馬のおごりということで遠慮なく食いまくり、その作法のなってない食し方がまあ、周囲の眉を顰めさせる。


 出水が水を取りに立ち上がったところで、一人の青年将校が足をかける。程よく酒も入ってフラついていた出水はどってんと倒れ、ざわ、とシンタ、大輔が立ち上がった。


「お前ら、無駄に暴れんなよー。とっくに無窮に達してるわけだし、弱いものいじめはせんよーに」

「わかってますよ、辰馬サン。……拳だけにしときます」

「そうだな。霊力を使わなければ、問題あるまい」

「あー……うん、ま、いいか」


 そして始まる大乱闘。青年士官のグループは10数人いたが、シンタと出水と大輔はお構いなしでこれを叩き伏せた。相手が吹っ飛んで周囲に迷惑をかけないよう、服をつかんでのボディブローや首相撲からの膝蹴り、あと適当にトレイで相手の脳天をぶっ叩き、たちまち失神した連中を床に転がした。


「あー……こいつどっかで見たと思ったら、侯爵家のドラ息子だわ、親父のパーティで見た……」

 ばっちりとのしたあとで、シンタが言った。


「侯爵家……なんか、厄介なことなければいーけどな……」


………………

パレード当日。


 先勝し、凱旋した将軍が部隊を率いて太宰の町を一周、城下に集い、そこで待ち構える民衆たちに「将軍万歳」の歓呼を受けながら戦神タケハヤとの合一を讃えられる儀式であり、戦勝しても簡単には与えられない栄誉。自ら元老院に大金を積んで凱旋式を請うた将軍の例も少なからずあるほどであるが、新羅辰馬としてはいらんこと衆目にさらされる儀式など吐き気がするだけでしかない。そもそも人前に出て恥ずかしくない服装なんて何着も持ってないのである。


「軍服でいいです。綺羅を飾るより、それが一番民衆受けがいいでしょう」

 と、言った美咲はいまここにはいない。密偵という立場上、彼女は表ざたの世界に出ることができない。どこかに潜んで見守っているはずだが、周囲の人の多さもあって辰馬の超感覚をもってしてもかぎ分けることはできなかった。


 いよいよ、パレードが始まる。かつて8年前、蒼月館卒業前のころに女の子扱い、聖女などと言われてやたら大人気だった時期があったが、今日の人気と熱狂はそれ以上だ。今日この日まで新羅辰馬のしの字もしらなかったような民衆が……太宰の町どころか、アカツキ全土から駆け付けた民、あるいはテレビ放送を見たの民衆ほとんどが、本日この日を境に新羅辰馬を知り、その大ファンになる。辰馬としてはよく知りもせん相手に好かれるのはどうにも気分のいいものではなかったが、将軍として名を上げるというのはそういうことだった。


「「「将軍万歳、将軍万歳!」」」

 万雷の歓呼、うれしくなるより頭が痛くなる。こんなんのために金積む将軍がいるとか、ほんとか~? と、思ってしまう辰馬。三半規管が弱いのは相変わらずで、今日も熱気と騒音にやられがちだった。


 最後に、皇帝永安帝の前に進み、儀式的な問答を経て宝剣を受け取り、しかるのち永安帝の隣に呼ばれたヒノミヤ斎姫・鷺宮蒼依から祝福の言葉と魔術をかけられる。新魔の力が世界から減っていっているため、神力の祝福はきわめて貴重だ。


 ともかくそうして、つつがなく終了。これにより新羅辰馬は貴族(子爵ではあるが)特権のひとつとして「一夫多妻」を認められ、これまで「愛妾」と呼ぶしかなかった少女たちを正式に「妻」と呼ぶことを許される。


 凱旋式を終えた辰馬たち新羅連帯の一行は、その翌日にはふたたび桃華帝国への征途につく。牢城雫、磐座穣、晦日美咲も加えて、完璧の陣容。エーリカ・リスティ・ヴェスローデイアがここにいないことが悔やまれるが。偏将(副将)として覇城瀬名5000、月護孔雀5000を従え、総勢18000での出征であった。


何戦かの小競り合いを経て朔方鎮まで達してみると。


 軍権の移譲手続きを行うべく幕舎に赴くも、なぜだか、北嶺院文の姿がない。


 かわりに副将・長船言継少将が出た。


「どーも、新羅公。ほんとに「新羅公」になりましたなァ……」

「そーいうのいーから。会長は?」

「んー、まあ、隠してもおけんから言っちまいますが。攫われました」


 敵将を攫って人質にする、これは鎮南将軍、呂燦のやり方ではない。辰馬が突っ込んで聞くと、桃華帝国西方に樹立された緊急政府で、人事の刷新があったらしい。高官や宦官におもねることをしなかった呂燦は更迭され、代わりに南方戦線(アカツキから見ると北方戦線だが)に派遣されたのは臧廓というあまり評判のよろしくない大将。これが、外交会談に呼び出した文をだまし討ちして、とらえてしまったのだという。


「なら、なんにせよまあ、会長を助け出さんといかんな……」

「新羅公、あんたはもう御大将だ。うっかり個人戦に出られると困りますぜ?」

「……つーてもなぁ、おれが出るしかほかにないし……」

「そら、あんたが一番戦力になりますからな。けど駄目だ、あんたを敵中に送り込むのは認めらんねぇ」

「……おれ、上官なんだけど‥‥‥‥?」

「上官だから大事なんでしょーが。送り込むならいつもの三バカなり、適当にメンバーを選抜するなりしなせぇよ。あんたの仕事はここで采配を振るうことだ、つかまった間抜けに気を煩わされるこっちゃねぇ」

「むう……」

 辰馬は呻くが、正しいのは長船だ。総大将である辰馬の命は、この戦線のアカツキ将兵の中でまぎれもなく一番大きく、重い。人の命に軽重なしといいたくはあっても、実際には確然と軽重の差というものはある。


「しかたねぇ……」

 辰馬は出水とシンタを呼びつけ、何人か目立たない人数を連れて救出隊を結成、潜入するよう命じた。これが新羅辰馬の人生で初めての、責任を自分以外に任せる行動になる。


「んじゃ、現在の戦況と戦力分布ですがね……」

「ああ。瑞穂、穣、サポート頼むわ……」

「はい、ご主人さま!」

「……しようがないですね、新羅は」

 広げられた作戦地図を指していく長船、辰馬は自分の誇る左右の軍師に輔弼を乞い、瑞穂は元気よく、穣はやれやれと、どちらもまんさらではなさそうに軍議に加わった。


 かくて。桃華帝国緊急政府との戦争は新局面を迎えることとなる。

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