第24話 愛香を救う作戦
俺はスーツケースを持ち。指定された場所にやってくる。そこは港に近く、紅煉瓦で建築されている、古い倉庫だ。
海お潮風が鼻腔をくすぐる。東京湾の隣にある赤煉瓦の倉庫に目を向けた。ふるさびた扉に手を伸び出す。そして、そんな重い扉を俺は引っ張る。
ギギギと、錆びれた鉄の扉が開かれる。
中身は誰もいない。きっと、誘拐犯はこの奥の中にいるはずだ。
「気をつけてください。吉田様。敵は奥に隠れています」
「ああ。わかっている。今は見えないけど、鉄の音が聞こえる。きっと、敵は武装している」
「その時は、お守りします」
「ありがとう。セバス」
俺は彼にお礼を言うと、中に入っていく。
暗い倉庫の中。俺とセバスは堂々と歩み入る。静謐な真っ暗な倉庫に二人の紳士が冒険した。真っ暗な倉庫を恐れずに、俺たちは歩く。警戒心を抱きながら、前へと堂々と歩き出した。俺とセバス足音だけが、この倉庫の中を響いた。
さっき、聞こえた金属音の音は、幻聴か?
と、俺がそう考えた時に入ってきた扉が閉まる。
そして、奥からスポットライトが俺たちを照らす。
眩しすぎる光に、俺は自分の顔を覆い隠す。
状況を確認するように、俺は周囲を見回す。
どうやら、俺たちは囲まれた。逆光で顔が見えないが、周囲に囲んでいるのは大体6人。全員武装している。銃口をこちらに向けていた。
俺たちはいつでも、蜂の巣になれるような緊張状態だ。
ここは慎重に行かないといけない。
身構えている俺たちにスポットライトの背後の一人の男性が俺たちにこう告げる。
「ブツは持って来たか?」
「持って来た。だが、その前に人質の生存確認をしたい」
「いいだろう」
また他の軍服の男性一人が、スポットライトの後ろで誰かを誘導をするように連れ出す。
最初は、スポットライトの光でその誘導されている人は見えなかった。だんだん光に慣れてきた網膜はその人物を見えるようになった。
坂本愛香だ。彼女は両手を縛られ、身動きを制限されている
「健次くん!?」
「よう。愛香。元気そうだな。今から、助けるから、そこで待ってろ!」
「ダメよ!こんな連中に交渉するなんて、聞く耳持たないはずよ」
「まあ、黙ってろって。うまくいくさ。俺を信じろ」
俺はそう宣言すると、ちっちと、彼女を追い払う。
うん。人質に対しての扱い態度が雑過ぎないか?
まあ、愛香だしこれくらいは許してくれるだろう。
「さあ、ブツを出せ」
「はいはい。わかったよ」
俺はスーツケースを置くと、セバスの方に顔を向ける。
彼は、一度は顔を頷ける。いつでも準備はできている合図だ。
……幸い。俺たちは一人で来るなとは言われていない。セバスがいてくれて心強くも思える。なぜならば、彼は元グリーンベレーの兵士だ。戦場をいくつも駆け抜けたもの。最悪な事態でも、この絶望した状況を奪還できると、俺はそう信じている。
だからと言って、この武装6人相手を容易に倒せないことはわかっている。
俺はそのタイミングを待っていた。武装集団の隙が出来る瞬間を待つ。今は、彼らを混乱する状況を作るのだ。
俺は慎重に行動する。入っているスーツケースを開く。
中には10億円に値するものを丁寧に持ち上がり、相手へと見せる。
臆さずに堂々と俺はこう宣言する。
「これが、10億円に値するものだ!」
それは一枚の絵だ。一枚の絵画だ。
その絵は丸と四角を乱雑に描かれたもの。規律性があるとは思えない一枚の絵画。そんな意味がわからない。それも当たり前だ。
なぜならば、それは芸術の規律を逸脱した芸術だからだ。
兵士はそれを見て、混乱し出す。
仲間たちの顔を見合わせるようにヒソヒソと声を上げる。
「なんだ、このふさげた絵は……!?」
「ふさげた絵?違うな。これは、芸術を否定する芸術!ダダイズムだ!」
ダダイズム。それは1916年、トリスタン・ツアラが命名した芸術。第1次世界大戦後に新しく出現した芸術作品。それは、ニヒリズム、虚無主義を徹底的に追求する芸術であった。既存の常識を徹底的に否定する芸術。つまり、俺がさっき説明した芸術を否定する芸術である。
俺が創作した作品は、俺が今まで描いた作品を徹底的に否定した作品であった。普段なら、何か意味を見出す作品を創作するが、こいつらに渡す10億円に相応しい一枚の絵だ。
「もし、お前が信じなかったら、テレビを見ろ!今ならニュースになっているはずだ」
「ニュース?なんのことだ!」
軍服の人は声を張るとかちりと銃口を俺に向けた。
まるで、俺が嘘を吐いているようで信じようとしなかったのだ。この絵画の10億円の価値があるのか?
俺から言わせてもらう……あるのさ。
なぜならば、天才芸術家は芸術を否定する作品を作り上げたのだからだ。
凡人にはダダイズムを理解することができない。だから、俺はその価値を説明するより他に説得力がある情報を彼らに説明する。
「今、テレビを開いてみろよ。結構ニュースになっているはずだぜ?」
「ボス!これを見てください!」
俺の忠告に、一人の部下がポータブルテレビを持ち出す。そこにはニュースが流れてくる。
『仲戸川あゆみさんが10億円の絵を購入いたしました。その絵が此方の絵になります。はい。そうです。あの天才画家、吉田健次の絵、作品名『否定する否定』のダダイズム。これはどういう作品でしょうか?』
『素晴らしい作品ですね。ダダを尊重し、作品に落とし込むなんて。僕も、その作品は10億円以上な価値があると思います』
「なんなんだよ!この絵は!」
流れるニュースキャストの音に、一人のテロリストは混乱するように怒鳴り上げる。
当たり前だが、彼らにこの絵画の価値を知ることはできない。
なぜならば、ダダとは、現状の否定である。芸術を逸脱した芸術。
後にシュルレリズムの活動へと繋がる芸術へとなっていく。
そんな訳もわからない、芸術を逸脱した芸術にテロリストは困惑する。
「おっと、その絵を燃やそうとか、破壊しようとするなよ?この絵には10億円の価値があるのは本当だからな?」
あゆみに10億円の絵画を売った。そして、盛大な記者会見を開くように命令した。そうすれば、この絵画が10億円である信憑性も上がる。とはいえ、この絵画確かに10億円で仲戸川あゆみに売ったものだ。
「その絵が10億円の価値があるのか?」
「あるさ!これが証拠だ!」
俺はポケットの中から小切手を見せてやる。
それは『仲戸川あゆみ』のサインがしっかりと書いてある。
そして、ちゃんと受取人は『吉田健次』の名前になっている。
つまり、その小切手は俺以外の人が使えるわけがないのだ。
「その小切手を置け!」
「いいぞ。けど、お前らが使うことができないよ?」
「どう言うことだ!?」
「受取人はちゃんと、俺の名前になっている。お前ら渡したところで、使えるわけがないだよ!」
「クソ!」
一人の男性がイラついたように言葉を吐き捨てる。
そうだ。この小切手は俺以外、誰も使えないようになっている。そして、お雨たちはよく訳もわからない絵、10億円の絵を持っていくのであった。
まさに、猫に小判だ。テロリストがこの絵画を受けとたとしても、使い道がわからない。
意味がない絵画を手に入れることになった。このダダイズムは、お前ピッタリの作品だ。
……ああ、最高な眺めだ。
「ちなみに、この絵を破壊しようと考えるなよ?この絵は仲戸川あゆみの所有者だ。もし、下手にこの絵が破損したら、お前らにそのまま10億円請求してもらうからな」
「くそ!このガキ!」
男性が持っている銃口は一斉に俺の方に向けた。
一見から見れば、俺は最大なピンチに立たれているようである。けど、これも俺の計算した場面でもあった。
だから、俺は合図を出した。
「今だ!セバス!」
「承知しました!吉田様!」
セバスがそういうと、俺とセバスはすぐさまにガスマスクを取り出して、着用する。外から、何かが投げ込まれる。掌サイズの円筒型の何かが投げ込まれる。
みんながなんだ?と疑問符を上げていると、シュウウウ、と何かを吹き出す。煙だ。スモークグレネード、煙幕だ。
「くそ!煙で何も見えない!」
「探せ探せ!相手は二人だけだ!」
「敵発見……うわあああああ」
「どうした!」
「敵!敵襲!うわあああああ!」
「馬鹿野郎!撃つな!同士討ちになる!」
煙の中で混乱を起こる。
テロリストの一人、セバスに倒される。そして、また一人やられる。
セバスは、素手を使って相手でテロリストを投げ倒す。銃を使わずに素手で人を殺せる。さすがは元グリーンベレーの兵士だ。
そんなセバスが無双している中、俺は愛香の方へ駆け寄る。
「よう。お姫様、大丈夫か?」
「健次……どうしてここに」
「助けに来たに決まっているだろ」
俺はポケットの中から小さなナイフを取り出して、愛香を縛っている紐を切る。すると、愛香は拘束から解いた。
「さあ、逃げるぞ」
「え、ええ」
テロリストに見つかる前に、早くここから脱出しようと、愛香の手を引っ張る。煙幕の中、俺たちは駆け抜けた。セバスが応戦している今が逃げるチャンスだ。
そう俺たちはこう言う作戦だったのだ。
倉庫の外へと駆け抜ける。そこには車が一台止まっている。
セバスが停めてくれた車だ。車に乗り込む。
俺はガスマスクをとり、車のドアを開ける。
「中に入れ!愛香」
「え、ええ」
愛香が中に入ろうとしたその瞬間、俺は見逃さなかった。
ある、テロリストの一人が、銃口をこちらに向けている。いや、正確にいえば、愛香の方に銃口が向けている。このままだと、彼女が撃たれてしまう。
俺はそんな異変を逃さずに愛香の名前を叫んだ。
そして、射線を遮るように、愛香の前に飛び出した。
「愛香!」
「え?」
バン、と銃口から轟音が発する。
それと共に、血が流れる。
それは誰の血か、最初はわからなかったが、冷静なった俺はわかる。
俺の血だった。
右手に撃たれたのだ。
「く、くそ」
徐々に痛みが右手から走ると、共に俺は倒れる。
出血がひどい。血が止まらない。
このままだと、死んでしまうな。
「よくも、手間をかけさせたな、このクソガキ!」
一人のテロリストが俺たちの方へとゆっくりと此方の方に歩んで来る。
まだ、一人残っていたのかよ!くそ!セバスの取り残しか?
作戦は完璧だったのに、まさか、外に一人残っているとは、考えていなかったぜ。
これは絶体絶命。大ピンチだ。
俺は、テロリスト戦う力は持っていない。
ただの芸術家が相手を倒す手段は持っていないのだ。
ああ、詰んだ。
くそ、ここまで来たのにここで終わるのかよ。
「健次くん……血が……」
「だ、大丈夫だ。それより、お前は走って逃げろ。ここは俺に任せろ」
「いやよ。健次くんも一緒に逃げるのよ。そうじゃないと私は行かないわ」
「わがままを言うな!お前が失えば、この日本が大ピンチになるんだぞ!坂本家の当主がいなくなったら、坂本財閥に勤めている人はどうなる?」
「それでも、いやよ。あなたがいないのは嫌よ」
「ええい。このわからずや!」
俺は彼女にこう怒るが、彼女は涙目で一向に俺から離れようとしなかった。このままでは二人とも、共倒れになる。そんな災厄な状況に、俺はどうしても彼女を助けたかった。
だから、俺は彼女に最後の贈り物を送ることにする。
「これで我慢しろ!」
「え……っ!」
それは、口づけだ。
俺は彼女に口づけをした。彼女の唇からは、甘い匂い香りがする。薔薇のような大人の匂いがする。
ほんの小さな彼女に思い出を送った。
冴えない天才の贈り物だ。
数秒間の口づけをした後に、俺は彼女から離れる。
「ほら、逃げろ。もう、時間はないぞ」
「もう一回……」
「バカかよ!時間がねえだよ!」
今度は彼女の方から口づけされる。
そして、さっきよりは深く。舌を入れられる。
舌が絡めとると、唾液を交換する。それは無味だった。
学生の程度で何を不健全なことをやっている
本当に、状況を理解しているのか、このバカ女。
けど、俺はやめなかった。唾液の交換をしながら、舌を絡める。
逃げるチャンスを棒に振ってしまった。
「何、いちゃついてやがる。今度こそ、お前たちの終わりだ」
「くっ!」
テロリストはもう目の前に来た。
俺たちは助からない。今度こそ、二人とも撃たれて終わるのだ。
せめて、時間稼ぎでも、と俺は痛みを耐えながら、愛香を庇うように前へと出る。
絶望の中、俺ができることはこれしかないのだ。
「そこまでですわ!」
そして、俺の背後から、港の方から小高い声が響く。
振り向くとそこには船の何台かが俺たちの方へと向かって来ている。
先頭の船に乗っているのは、俺が知っている人が舵を取っている。仲戸川あゆみだ。
あゆみは無数の警察船舶と共に行動を取ったのだ。
「止まれ!警察だ!ここを全て包囲した!」
「クソガキ!警察を呼んでいたのか!」
テロリストは悔しそうに言葉を吐き出す。
船舶が港に着くと、警察が船舶から降りてテロリストを圧政する。
数人の警察が、俺と愛香を保護する。
「助かったな」
「ええ。助かりました」
「仲戸川あゆみに感謝しなければならないな」
「そう、ですわね」
俺たちは顔を見合わせると、笑い合った。
腕に撃たれている痛みは、アルドナリンでどこか飛んでいき。
これが火事のばか力か、と俺は感心する。
そして、俺たちは一瞬に見つめ合うと、またも口づけをした。
今度はまた奥深くに舌を絡め合う。そして、1分以上も絡めていたのだ。息が切れそうまで、俺たちは唾液を交換していたのだ。
……何やってるんだろう、と俺は思うが、止めることはなかった。
そんな俺たちが醜態を晒していると、背後からあゆみの声が響く。
「は、破廉恥ですわ」
「お前もキスするか?」
「す、するわけないじゃないですの!」
あゆみは顔を真っ赤にしてから、俺たちを呆れるように呟く。
俺と愛香は彼女の初々しい反応はどこか可愛く思えた。
まあ、実際俺たちが口づけしているのが悪い。呆れる態度を晒したのが悪いのだ。その後すぐに、救急車もやってきて、俺は病院に搬送された。
搬送する際に、アルドナリンの効果が切れて、痛みが腕全体に走る。
……超痛え!なんだこれ!俺、死ぬんじゃないのかな!
そんなこんなで、俺は救急車の中で悶絶しながら、痛みに対して叫んだ。
ああ、ちくしょう。こんな痛みは生まれて初めてだ。
もう嫌だ!痛すぎる!
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