第23話 愛香を救う方法

 俺は、愛莉と共に花びらの会に集合していた。朝の一件もあり、授業に出られるわけもない。それに、愛莉を一人にするわけにはいかなかった。愛莉を励ますのも、俺の勤めでもあったのだ。

 あゆみは会長の席に座りながら、駆け込んできた俺たちを


「で、一体何が起きたのですか?」

「……愛香が誘拐された」

「え?嘘ですわよね」

「いいや。本当だ。俺がこの目で見たからな」


 できことは1分も掛からなかった。

 犯人は車でリムジン車の左右に突っ込ませて、車が止まったところにドアをこじ開ける。そして、そのまま愛香を別の車に誘導した。最後に、軽車を発進して現場から逃れる。鋭くて、狡猾なやり方だ。

 流石にセバスも彼女二人は同時に守れなかった。けど、彼が状況判断の速さのおかけで、愛莉は無事だった。


「セバスがいなかったら、愛莉まで誘拐されるところだった」

「そうですか……災難でしたわね」

「まあ、命があってのなんぼだ」


 あのあと、セバスは事情聴取のために、警察署へと呼ばれた。

 今後の対策を考えているのだろう。犯人はどんな姿か、どんな容姿をしているのか?詳しく聞かれているはずだ。

 なら、俺がやるべきことは一つだ。犯人の情報を提供することだ。


「仲戸川。紙と鉛筆を貸してもらえないか?」

「え……」

「俺は一人の犯人の顔と姿を見た。俺の才能で、あいつを描いてやるよ」

「あなた……やはり、天才芸術家ですわね」

「ああ。俺は天才芸術家だからな」

 

 俺はウィンクしてやった。

 今こそ、才能の使い所だ。俺はあゆみが手配した紙と鉛筆を受け取ると、紙に描きあげる。犯人の顔とその姿。

 軍服を着た間抜けな顔をした一人の男子を素早く描きあげる。垂れ目で、唇先に小さな切れ傷に黒い刈り上げた髪。どうも、常人には思えない。


「こいつだ。坂本愛香を誘拐した奴は」

「……見たことがない顔ですわね」

「どうも、戦闘なれしていそうな態度と格好だな。どこかの軍隊か?」

「……軍隊ですか。私には詳しくない分野ですわ」

「使いない女だな!」

「し、仕方がないのですわ!私はあなたのように天才ではありませんわ」


 あゆみは机を叩きつけると、立ち上がる。

 彼女は真っ赤な顔をしていながらも、ピクピクと顔を痙攣させている。

 うむ。どうやら、あゆみの専門知識ではない。彼女に聞くのは、間違いだ。

 なら、誰に聞けばいいのか?

 俺がそう悩んだところに、花びらの会の扉が開かれる。

 そこに現れたのは、愛香の忠実な下僕、セバスだった。


「お嬢様をさらったのは、松本家の人間です。吉田様」

「セバス。警察の方は大丈夫か?」

「ええ。今、全23区の警察がお嬢様の行方を探しています」

「おいおいおい。全23区って、東京都内全部じゃん」

「はい。何があっても、お嬢様を見つけ出さなければいけません。なぜならば、お嬢様はこの坂本家当主代表であります。彼女が何かあったら、坂本財閥の倒産に至ります」

「……聞かなかったことにしよう」


 セバスの事実に、俺は眩暈を感じる。

 坂本愛香。彼女はこの坂本財閥のトップの人間だ。

 彼女に何があったら、この坂本財閥が経営している全ての

 坂本財閥は爪楊枝から艦を創造する大手財閥だ。それにどれだけ製造されているのか?どれほどの工場があるのか?どれほどの社員がいるのか?

 具体的な数値はわからないが、その数は大量としか言いようしかない。下手したら、数百から千万人なのかも知れない。倒産したら?どうなる?その雇い主は全て解雇になり、社会の大問題になる。


「しかし、セバス。どうして、彼女を誘拐した犯人が松本家だとわかったのですか?」

「それは、私の勘です」

「勘とは?」

「松本家の大きな収入の一つが民間軍人会社です。その軍人を扱っています。もしかすると、今回の件と絡んでいるのではないかと」

「なるほどね」 


 俺は思わず顔を縦に振る。

 あの誘拐犯は確かに手慣れていたものだ。決して、安値で雇ったごろつきではない。犯人は軍事経験がなければ、1分で愛香を誘拐する事はできないはずだ。


「申し訳ございません。吉田様、ご主人様をお守りすることができなくて」

「いや、今回は相手が悪かった。それより、軍人相手に愛莉だけ守れたのだから、誇らしいと思うぞ」

「それだけ聞けたら、ありがたき幸せです」


 セバスはハンカチを取り、自分の涙を拭く。

 俺はセバスの対応は適切だったと思う。あんな化け物の軍隊に一人で応戦するのは、勇敢なものだ。それに、被害は愛香の誘拐で済んだ。

 下手したら、愛莉も誘拐される可能性だって大にもあるのだ。

 そんなことを考えていると、俺は自分の時計を見る。朝の9時だ。誘拐事件から2時間は経過していた。だから、そろそろ来るのではないかと、踏む。


「さて、それより、そろそろ。来ると思うぞ」

「来るとは?」

「犯人からの連絡だよ」


 あゆみが疑問符を頭上に浮かばせていると、ピピピピピピ、と愛莉のポケットからスマホの音が鳴り響く。

 愛莉は恐る恐るスマホを取り出して、画面を確認する。画面は「愛香お姉ちゃん」と表示されていた。

 誘拐された愛香からの連絡なのだ。

 俺たち4人は自然に顔を合わせた。


「愛香お姉ちゃん……」

「まだ、出るなよ。愛莉!セバス、逆探知機を用意しろ!」

「はい!この事態のために用意していました。こちらになります。吉田様」

「よし!愛莉の端末につなげるぞ」

 

 セバスが用意してくれた、逆察知機と愛莉のスマホをつなげる。そして、セバスは何かしら逆察知機をいじる。何かチューニングをした後、セバスは顔を縦に振る。

 準備ができた合図を出す。

 俺はそれを確認すると、愛莉のスマホを見つめる。この通話先は犯人だ。正しく言葉を選べなければいけない。間違ったら、愛香が無事ではない可能性も出てくる。

そんなプレッシャーの中、恐る恐ると通話を取る。スピーカーモードに設定して、みんなが聞こえる音量にした。


「もしもし、愛香お姉ちゃん……」

『残念だったな。坂本愛香は我々が保護した』

「!?」


 発せられた機械の音声に俺たちは顔を合わせる。

 犯人はボイスチェンジャーを使って、声を機械にしている。これじゃあ、犯人の声がわからない。捕まることも出来ない!


「坂本愛香を返せ」

『我々の要求を飲んだら、彼女を解放しよう』

「約束だな?」

『ああ……』

 

 俺たちはそれを聞くと、セバスへ顔を向ける。

 彼は左右に顔を振った。まだ、相手がどこにいるのかが、察知出来ていない合図だ。

 時間稼ぎをしないといけない。

 俺は時間稼ぎのネタを考えつつも、言葉を選ぶ。できれば、テロリストを刺激しないように、言葉を選ぶ。

 まずは、定番に愛香を返すように懇願するか。


「お願いだ。愛香を返してくれ。彼女は、大切な人なんだ」

『なら、我々の要求を飲むことだな』

「ああ。要求を飲むから、彼女を解放してくれ」

『20億円を用意しろ』

「20億円か……」

『なんだ、用意できないのか?』

「現状だと、5億円しか用意できない」

『12億円用意しろ』

「7億、7億円なら用意できる」

『10億円だ。それ以上は妥協できない』

「わ、わかった。10億円を用意しよう」


 俺はそう答えると、セバスの方に顔を向ける。

 彼はまたも首を横に振った。

 どうやら、まだ相手の発信元を探知することができていない。

 俺は、時間稼ぎをしなければいけない。


「10億円を用意する。けど、どこに持っていけばいいのだ?」

『上野公園でどうだ?』

「そこは広すぎる。金が渡せる保証がない。それに、人目にもつく。もっと、人目のつかない場所にしてくれ」

『なら、港区の倉庫はどうだ?』  

「随分と場所が変わったものだな。けど、いいよ。住所をゆっくり言ってくれ」

『場所は港区、台場一丁目 ×××だ』


 俺はその言葉を覚えた。

 けど、セバスが発信元を探知できていないため、俺は鼻をつまみ、電波が悪い演技をしながら、時間を稼ぐ。


「クープスプス。聞こえない!もう一回、大きな声でしてくれ!」

『だから、港区、台場一丁目 ×××だ』

「あん?電波が悪い。もう一度大きな声で喋ってくれ!」

『港区、台場一丁目 ×××だ!』


 俺はセバスの方に顔を向ける。

 すると。彼は顔を縦に振った。発信元が特定できたのだ。

 発信元が確認できると、俺は相手へと会話を続ける。


「わかった。港区、台場一丁目 ×××だな?いつ行けばいい?」

『午後4時だ。そこで待ち合わせしよう。警察に通報するなよ』

「ああ。わかった。ちなみに、10億円に対等なものをもっていってもいいか?流石に10億の現金は目立つ」

『いいだろう。10億円に対等するものであればなんでもいい』


 そう聞くと、俺はニタリと自然に笑みが溢れる。

 ……かかったな、このあほが。

 現金を要求しないことに後悔するがいい。

 と、俺はゲスイ作戦を思い付く。そして、その時に気付く。愛香の生存確認ができていないこと。だから、最後に彼らが約束を破らない保証の一つ、愛香の声を聞かせて欲しかった。


「最後に愛香の声を聞かせてくれ!生存確認だ」

『いいだろう……』


 しばらくの無言が走る。俺たちは緊張の中で傾聴していると端末から聞き慣れた声がする。


『……健次くん?』

「愛香か!無事か?」

『ええ。無事よ』

「よかった……今から、お前を助けに行くからな!」

『健次……私のことはいい……』


 彼女は何か言いたそうにしたが、声が遮られる。


『時間切れだ。10億円を用意するんだな』

「ああ。10億円の価値があるものを用意する。だから、彼女に何もしないでくれ」

『いい子だ』


 そう、言うとプチリ、と通話が切れた。

 俺たち四人はまた無言の中顔を合わせた。

 まず、先に口を開いたのは、あゆみだった。


「で、どうするのですか?」

「決まっているだろ?愛香を助けに行く」

「そうではなく。10億円をどうやって用意するのですの?」

「そのことなんだが……あゆみ。10億円用意してくれないか?」

「はい?私ですか?」

「ああ。頼むよ」

「そんな大金をポイと出せるわけないですわ」

「小切手でもいい」


 俺はそういうと、あゆみは眉間のシワを寄せる。まだ、俺の意図が理解できていない。だから、俺はこう説明した。


「相手は、10億円の現金を要求していない。10億円の価値があるものを用意すれば、いいさ」

「そう言うことね」

「ああ。そう言うことだ」


 俺は背を向けて、その場から去ろうとした。

 今から、やるべきことがある。午後15時前に完成しなければいけない。

 そんな行動にあゆみは俺を呼び止める。


「どこへ行くつもりですの?」

「美術部だ。今から、創作する」

「はい?あなたはこの状況を理解しているのですか?今は、坂本愛香が大変なのですのよ?」

「ああ。理解している。だから、今から絵を描くんだよ。坂本愛香を救うために絵を描くんだ」


 俺はそれだけ言うと、その場から去った。

 これ以上の説明は不要だ。なぜならば、話しても理解されない。いいや、説明する時間がない。俺が今からすることは、相手をギャフンと言わせてやる。

 この天才芸術家、吉田健次が、お前を徹底的に潰す。

 

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