第19話 美術部の勧誘

「ねえ、健次くん。美術部に入ってよ!」

「はあ?」

 

 昼休み。教室の机で焼きそばパンを齧っている横に、新名がキラキラと目を輝かせながら、美術部の勧誘をする。

 彼女はバナナを食べ終えて、ポイと床に投げている。

 いきなりなんなんだ、この女。

 チンパンジーかよ。

 その話なら、先週の火曜日の朝に伝えたはずだ。

 俺はこの美術部には入部しない。


「嫌だね、俺は一匹狼がいい」

「そう言わないでよ!先生から部員を探すように言われているの!じゃないと、廃部になってしまう」

「それは大変だな。まあ、頑張れよ!俺はいつでも心の片隅から応援しているよ!」

「ブーブー健次くんの意地悪!」


 新名は頬を膨らませて、俺の隣の机で文句を吐き出していた。

 うーん。ちょっと、意地悪してしまったのかな?

 実際、俺は美術部に入部しても問題ない。けど、少し彼女を困らせたいから、この美術部に参加しなかった。

 美術部に入って、俺の私生活と何か関係があるかというと、そんなに支障は無い。けれど、一応、坂本愛香のペットになっている俺は、どれほど自由があるのかが気になった。

 今ま同居してから一週間弱。どこまでOkでどこまでN G

なのか、明確なルール的のものは存在しなかったのだ。

 それについて、たまに疑問に思うことがある。

 ……俺、彼女のひもなんじゃないか?と、時々思う。

 いや、完璧なひもなんだよな。

 さて、脱線したので話を戻そう。

 この美術部に入っていいか、彼女の許可を得ないといけない。

 まあ、あの女のことだから、学園の名誉を繁栄するのであれば、問題ないと言うはずだろう。

 そんなことを考えていると、不意に新名が話題を変えた。


「それより、健次くん。国際公募に作品を出すのかな?」

「あん?エンデルコンクールのことか?」

「そそ!」

「それなら、出すつもりだ」


 俺がそう答えると、新名の目は星になり、キラキラと輝きを出す。


「わーすごい!これで私たちライバルだね!」

「そうだな。遅れをとるなよ?美術部部長さんよ」

「うんうん!絶対に勝つよ!」


 新名は楽しそうに、宣戦布告をする。

 これは頼もしい。彼女がどんな作品を出すのか、気になるものだ。

 俺は彼女の作品を見たことがない。


「で、健次くんはどんな作品を作るのかな?」

「さあな?俺もまだわからん。強いて言えば、油絵で応募する予定だ」

「わーい。私と同じだね!」

「お前こそ、どんな作品を作るんだ?」

「秘密」

「のやろう」


 俺は彼女を睨むと吐き捨てるように彼女を罵倒した。

 人のことを聞いておいて、自分が創作するものは秘密だなんて、どうにかしているぜ。この女とは、仲良くできないな。

 ともあれ、俺は彼女と仲良くすることはない。

 焼きそばパンを食べ終えた、俺は席から立ちゴミ箱の方へと向、ぽい、とプラスチックの包みを投げる。

 見事にゴールインし、俺はガッツポーズを取った。

 こう、見事に物事が決まるのは、案外気持ちいいものだ。

 小さな目標達成できるのも、人生の目的を一つ達成した快感は嬉しいものだな。

 そんなくだらないことをしていると、背後の新名は気合を入れた声でかけてくる。


「ねえ。どうしたら、美術部に入ってくれるの?」

「また、その話か。何度聞いても答えは同じだ」

「えー。勿体無いよ。そんなに才能があるのに」

「言ったろ?俺は一匹狼になるのさ。だから、お前と戯れている時間はない。しっし」

「おっぱい揉ませるから入部してよ」

「………………それでも入らない」

「あ、今考えたよね?」

「イヤ、カンガエテイナイヨ」


 片言で解答すると、新名は「本当かな?」と俺の方に顔を覗かせる。

 俺はそっぽを向きながら、冷や汗が流れ出てくる。

 くそ!新名の胸は丁度いい膨らみになっているんだ。俺の手に収まるほど丁度良い形をしているんだ。

 そこで、欲情しないだなんて、あり得ないだ

 俺が我慢をしていると、新名は顔を近寄せて、舌を出す。

 そして、そのまま俺の顔をぺろっと汗を舐める。


「この味は、嘘をついている味だ!」

「く!お前はどこかのスタンド使いなんだよ!」


 気持ち悪い!

 なんだ、この女!いきなり俺の汗を舐めたぞ!

 どこかの漫画のスタンド使いかよ!

 漫画のシーンを実際に使うのは初めて見たぞ!


「今なら、おっぱい自由に揉ませるから!美術部に入部してよー」

「えーい!嫌だと言っているのだよ!こら、抱きつくな!」


 今度は、俺の右腕をがっちりと抱きつく。

 コアラのように離れようとしなかった。

 俺は振り払うと、大きく腕を振るが、全く動じない。

 ……なんか柔らかいものが腕に当ててくる。水風船のようなものが当ててくる。

 新名の胸だ!間違いなく、こいつは文字通りの胸を張って、俺を取り入れようとする。


「えーい。離れろ!この痴女!」

「痴女じゃないもん!新名は新名だもん」

「なら、離れろ!」


 俺たちがクラスのど真ん中で茶番を繰り広げていると、クラウスメイトたちから注目を浴びる。


「おいおい。新名が新入生を抱いているぞ」

「なんだなんだ!新入生が新名と踊っているのか?」

「うわ、卑劣すぎますわ。あの転入生」


 などなど、俺の悪評が広まっていく。

 まあ、当初の目標、自殺するから、悪評を広めることに成功したのだけど。

 まさかこんな形で悪評が広めることになるとはな。

 俺は彼女を追い払う。が、彼女は離れる様子はなかったのだ。

 そんな決闘を繰り広げていると、ある人物が俺たちを裂いた。


「新名さん。そこまでにしてください」

「え?」

「へ?」


 彼女は冷徹な目で、馬鹿騒ぎしている俺たちを捉えていた。

 その長い黒い髪と黒い双眸。この学園のカリスマ女王、愛香が扉の前に立っていた。

 俺たちは素っ頓狂の表情を浮かせていると、彼女は一歩そしてもう一歩この教室に入ってきた。

 とは言え、この教室も彼女の教室でもある。


「天川さん。そこまでにしてください。彼も彼の自由があるのです」

「ブーブー。坂本さん!にはわからないよ!彼の才能はいかに美術部にふさわしいのか!」

「いいえ。私は彼の才能はわかっています。けど、残念ながら、私は彼を美術部へ入部する許可致しません」

「どうしてよ!」

「彼は私の『ペット』だからです。私が保有者です。他」


 愛香が堂々と宣言すると、クラスのみんながざわめく。

 おい、聞いたか?さっき、ペットと呼んだぞ。ああ、ばっちり聞いた。だから、あいつは自由で気ままなのか?きゃあ、私も会長のペットになりたい。死ね、吉田健次。

 うん。最後にやつは聞かなかったことにしよう。


「嫉妬ですか?嫉妬ですよね?」

「……天川さん?」


 愛香がそう語るとともに雪吹雪が教室を吹いた。

 全てが凍りつけようとするように、彼女は冷気を言霊にして出す。それは身を刺すような寒さが教室を包む。

 すると、新名ははっと、目を見開きすると慌てて俺から離れる。


「わ、私。用事があるんだった!ごめんなさい!」


 それだけ語ると、新名はこの教室から颯爽と去って行った。嵐はこの教室から去ったのだ。俺と愛香は取り残されたのだ。

 まあ、仕方がないな。あんな化け物みたいな冷気を放たれてしまったら、誰だって耐えることができないだろう。

 と、それよりも彼女にお礼を言わなければ。


「愛香。ありがとうな」

「礼には及びません。私はこの学校の『平和』という責務を果たしたまでです」

「嫉妬かな?」

「…………そんことはありません」


 ん?なんだ?

 どうして、彼女はそんな長い沈黙をするんだ?

 それに、彼女はほんのわずかだけど、赤面を作っているぞ?

 え?なに、本当に嫉妬していたっていうことか?

嘘だろ。あんな冷徹なドS女が俺に恋しているわけない。

 愛香はゴホン、と咳払いをして、前へと歩いていく。

 がしかし、そこにはバナナの皮が置かれていた。それは、さっき新名がポイ捨てしたバナナトラップが発動されたのだ。


「危ない!」

「はい?きゃあ」


 愛香は見事にそのトラップに引っかかり、滑り出す。

 このままじゃあ、危ないと思った俺は、全力に走り。彼女が転ぶのを受け止める。

 皮一枚のところで、丁度彼女をキャッチすることができた。

 俺は全力の腕を伸ばして、彼女の体重を受け止めた。


「おい。大丈夫か?」

「え……ええ」


 愛香は少し肩を震わせていた。

 いちごのように顔を赤らめて、瞳を逸らした。

 おいおい。可愛いじゃないところもあるじゃないか。普段もそんな様子をすれば、もっと可愛いのに。

でも、これじゃあ、こいつが俺に脈アリだと勘違いされるぞ。クソ女。

俺はゆっくりと、愛香を立たせる。


「ありがとうございます」

「どういたしまして。ってか気をつけろよ」

「ええ。私が悪かったわ」


 そんな会話をしていると、予鈴が鳴った。

 俺たちは自分の席へと向かっていった。

 その別れ際に、愛香が俺の方にこう耳打ちをする。


「今晩、マンション画廊に来てください」

「え?」

「あなたに教われたいことがあります」


 愛香はそれだけ告げて、自分の席に戻る。

 俺はただただ彼女の背中を見ることしかできない。

 今晩、画廊に行ってみよう。

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