第12話 罪と罰(前半)
罰として俺は教会の清掃を言い渡された。
無神論者の俺にとっては、この教会は好きにはなれない。
第二の大罪(恋人を死なせたこと)と第三の大罪(神を恨んだこと)を背負っている俺は、神秘的な場所、教会や神社に嫌悪感を覚えているのだ。
まあ、大罪とは言っても神が与えたものでもない、自分が感じた罪悪感を罪と呼んでいるだけだ。
聖書で起こした大罪でもなく。自分の中にある道徳を破った。だから、大罪を背負っているのだ。
恋人の約束を破った、恋人を死なせた、恋人が信仰する神を恨んだ。たったそれだけだ。
そう考えると共に、俺は重い扉を開ける。ギシ、っと木が開いた音が響く。そして、中に入っていく。
中は意外と素朴な構造をしていた教会だ。
全て木製で構築されている教会。長椅子と壇しかない。壇の背後には大きな十字架が飾られている。そして、十字架の上はステンドガラス窓が一つ配置されていた。
そのステンドガラスはイエス・キリストが十字架に貼り付けている絵になっている。
この教会が学校の象徴、と言うよりは古くから使われていることがわかる。派手ではない、丁度心地がいい場所だ。
確か、俺の情報では、この教会は一年前に修繕があり、そのスタンドグラスを変えた。設計者は俺の彼女、千花が関わっていた。
どこまで関わっていたのかは、彼女の口から聞かされなかった。
一体、この教会になんの秘密があるのだろうか?
俺は天井のスタンドグラスを見上げながら、考え込む。
それにしても、ここはすごく落ち着く場所だ。なぜならば、木材の匂いと、漂うお香を焚く匂いがすごく落ち着かせる。
「あら、あなたは……」
「やあ、今日はお邪魔させてもらうよ」
そんなことを考えていると会いたくない女子ナンバーツー、水原由美が奥の壇から現れた。彼女はいつもの黒い艶々とした修道服を身に纏っていた。金色の十字架ネクレスを首からぶら下げ、黒いウインブルを着用していた。先日と同じ服装だったのだ。
由美を見ると、俺は劣等感を覚える。
だって、俺は君の双子の姉……千花を殺した本人だからだ。
さて、重たい苦しい話はここまでにしよう。
さっさと要件を済ませて、ここから去ろう。
「この教会の掃除しに来た。愛香の依頼でな。だから、ここを掃除させてくれ」
「まあまあ、それは本当にありがたい話です。男の人手が掃除してくれるなんて、神に感謝ですわ」
「ういす。で、まずどこから掃除すればいいのだ?」
俺は邪悪な気持ちを胸の奥底まで引っ込めて、笑みを浮かべて由美に尋ねる。
由美は人差し指で頬に当てながら、考え込む。
「そうですね。まずは、箒で全体を掃いて、モップで清掃する。その後、濡れたタオルで教壇、長椅子、壁を拭いて、完了になります」
「お、おう。仕事が多いな」
「私、毎日このルーティンでこの教会を清掃しています」
「一人でか?」
「ええ。一人で」
にっこりと笑う女神は目の前に立っていた。
マジかよ。このでかい教会を一人で清掃していたのかよ。しかも、愚痴一つなくて、熟すのはすげえぞ。
これだから、彼女は俺の会いたくない女子ナンバーツーだ。神のためならば、この身を捧げる。俺が嫌いな種の人間だ。けど、憎めない一種の人間だ。嫌いだけど、憎めないという矛盾が発生していた。
とにかく、俺は神を呪っている。信仰している者が憎んでいる神を崇高しているのを見ていると、どこか複雑な気持ちになる。
……神はいないのに、なんで人はそれを信仰するのだろう。
「じゃあ、始めますか!日が暮れる前に終わらせるぞ」
「はい!始めましょう」
俺と由美はこの教会の清掃をすることを始めた。俺は箒で床を掃くと、彼女は雑巾で教壇を拭いていた。二人で作業をすれば、早く終わるはずだ。日没までに終わるはずだ。
と、俺はイヤイヤこの場を掃いていると、彼女は屈託もなく、ルンルンと鼻歌を歌いながら、教壇を拭いている。
彼女が拭く場所はピカピカと光り輝いた。
うおー!眩しい!十字架が太陽に浴びて、輝いているぞ!
俺も負けられねえ!ここを早く掃かないと、彼女がここを拭けなくなる。
うおお!燃えて来た、と俺は一人でテンション熱くなり、この入り口周辺を掃いた。そして、次々と塵を掃く。
俺は手当たり次第、隅々と箒で掃く。彼女の遅れを取らないようにと、気合を入れて掃いた。
教会の長椅子の床、全てを掃いた。ちりとりで細かな埃をかき集める。
掃除は順調に進んでいく。俺たちの間には箒の掃く小さな音と、布が擦る音だけが流れていった。
と、そろそろ終わりそうなところで、俺はあるものに目をつく。
出入り口に四角い箱のような個室があった。その個室には違和感を抱く。
どうしてこんな、個室がここに設置されているのか、わからなかった。
この中も清掃するべきか、と考えていると先に掃除が終わった、由美が俺の方にやってきた。
「ああ。そこはいいですよ。もうすでに清掃が終わっています」
「え?もう終わっているのですか?」
「ええ。健次様が来る前に利用者がいたので、先に清掃しました」
「そうなんだ……」
俺はこの個室を覗き込む。そこは扉が二つついた個室だ。扉の一つは入口の方、もう片方は壇の方。両方の個室は丁度一人が入れる空間になっている。なんのためにこの不思議な個室があるのだろうか、と俺は疑問を抱いていると彼女はその疑問を答えるように解説してくれる。
「ここは懺悔室です。自分の犯したあやまち、罪の行いを懺悔する部屋です。利用方法は簡単です。あなたはそこの個室に入ります。その後、心を澄ませます。そして、抱えている罪を吐き出すのです」
由美はそう説明すると、入り口の方の扉を指で指す。
なるほど。ここから罪人が入り罪を告白する室で、もう片方は神父が入り罪を赦す室。こういう神秘的な場所も悪くはないな。
芸術家としては、絵になる一枚の絵になれる。次に描く絵画は罪人をテーマにしたものにしようか、と俺は次の絵を考えていると、優しい天使はにっこりと笑みを浮かべる。
「どうですか?ご利用してみますか?」
「キリスト信者じゃなくてもいいのか?」
「ええ、問題はありません。神の愛は博愛ですから」
「博愛……ね」
平等に全てを愛すること。そんなことが博愛である。
ならば、千花が交通事故で亡くなったのも、俺の芸術の才能しか持たないのも、神の博愛なのだろうか。
俺は拳を握りしめて、歯を食いしばった。
なぜならば、絶対にこの世界の方がおかしいと思うからだ。
……健次くん。怒った時は深呼吸するんだよ。
ふと、千花の言葉が脳を遮る。
そうだ、深呼吸だ。1……2……3……4。落ち着いた。
冷静に考えてみたら、おかしいのは俺の方だ。俺が神を呪う、とか、そっちの方が馬鹿げている。
だって、神はありもしないのだから。
そして、千花をあんな目に合わせたのは、俺じゃないか。
なら、謝罪する相手は今目の前にある、双子の妹の由美に謝罪すべきだ。
俺は強く握った拳を解放し、顔を縦に振った。
「どうやら、懺悔室が必要のようですね」
「ああ。色々と罪を聞かせてやるよ。俺がどれだけ、クズなのかを」
「では、どうぞ、そちらの懺悔室へ」
由美に案内されたまま、俺は懺悔室に入った。中は一人分が入れる領域だ。狭いところで、俺はソワソワした。木材でできている所為か、どこか緊張感を煽る気もした。
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