第11話 借金返済のための商売(後半)


「……やべ」

「よ、吉田健次!よくも、私に恥じをかかせましたわね!」

「おいおい誤解だよ!これは美を象徴して、尊敬に描いたんだよ!」

「ど、どこかですの」

「『ヴィーナスの誕生』は女性を神秘的に描いた作品だ。究極の美しさを追求して描かれたものだ。これは『仲戸川あゆみ』が究極に美しいと伝えたいのだよ」

 

 そう。ヴィーナスの誕生は究極の美しさを追求した作品。画家サンドロ・ポッティチェリによって創作された作品だ。

 だから、この作品には仲戸川の美が詰められている。

 その金色の長い髪に、蒼穹色の双眸と大里石の肌色。その全ての美が詰まっている作品だ。

 ……まあ、無断でモデルをさせるのがいけないのだけど。

 けれど、この絵は需要が高いと知って描いたものだ。

 大人気の仲戸川会長の絵は絶対に売れると、俺は踏んだのだ。

 なぜならば、彼女はあの人気の花びらの会の会長、仲戸川あゆみだからだ。

 まあ、本人が購入するのであれば、止めやしない。ある意味1千万で購入する意欲があれば、問題ない。

 俺と仲戸川がやりとりしている中に、隣で立っている新名から声をかけてくる。


「ねえねえ。健次くん」

「なんだよ。こっちは忙しいだぞ」

「私、2千万で入札する!」

「はい!?」


 あゆみは情けない声を上げた。

 最初、俺も状況を理解できなかったが、いきなり2千万円と言われても、頭がこんがらがる。金額を言い間違ったのか、疑う。

 けれど、新名は紙のまた別のポケットから、小切手をより出し。数字を書き込む。

満面な微笑みを眺めると、俺は徐々に状況を理解できていく。

 そして、一番高い入札者を宣言する。


「現状、高く入札したのはこの天川新名!2千万円です!」

「新名!その絵を私に譲りなさい!こんな恥ずかしい絵は廃棄するべきです!」

「えー!この絵すごくいいんだよ!繊細のタッチに、美しいあゆみちゃんの絵だよ。破棄なんて勿体無いよ」

「で、でしたら。私は2千500万円で入札しますわ!」


 あゆみは恥ずかしい様子で、金額を増加した。

 この絵を取り合いの口論の結果、彼女たちはあることに気づいた。

それはこの絵が欲しければ、お金を積み立てることだ。これぞ資本主義の基本知識。欲しかったら札束を投げて来い!

と、俺は内心で高笑いをしていると、周りもヒートアップする。


「いいぞ、会長!あの頭おかしい芸術家を圧倒しろ!」

「いけー新名!仲戸川に負けるな!」

「うひょうー。まじめなオークションが見られて最高な気分だぜ!誰が勝つんだ」

「よし、会長が勝つのに10万円かけるぜ」


 など、周りもテンションを上がった。

 オークションの醍醐味である二人の競売が発生し、値段が一気に跳ね上がる。理想的なオークションになったことに俺は満面な笑みでいる。


「むー。なら、私は3千万円」

「4、4千万ですわ」

「会長!もう負けてよ!私、この絵が欲しいですわ」

「いやですわ!誰にもこの絵を渡したくありませんわ!」

「もう!なら、私は5千万円で」


 いいぞ!もっとやれ!二人とも。

 オークションの熱に飲まれて、金額をもっと吊り上げろ!

 俺はにひひと笑いながら競売している二人を見る。

 彼女たちはゼハゼハと、息切れするように見つめ合いながら、声を張り上げていた。

 ここまでお金を釣り上げれば、そろそろ最終決着ができそうな時だ。周囲も熱く盛り上がり、二人の結末を見守っていた。

 現状この絵は新名の入札5千万円だ。だが、あゆみも諦めておらず、これ以上の金額を出そうとする。

 二人が口を開こうとしたその瞬間、別の方向から声が張り上げた。


「一億円よ」

「「!?」」


 全員はその声に釘付けられる。

 誰だ!一億円でこの絵を購入する奴は!

 と、またもモーゼの海割りのように、周囲は二つに分かれに、とある人物が通る。

 その人物は長く、艶々な黒い髪を揺らした。黒い双眸は俺を捉らえる。凛々しく歩く姿は誰もが見惚れる。彼女はこの学校にて女王様でも言える存在がこの場に猛威を振るう。


「嫌だわ。こんな楽しいイベントを私ぬきで始めるなんて」

「げえ!なんで、お前がここにいるんだよ。愛香!」


 俺は来訪者の愛香に叫ぶと、彼女はふふふと高笑いをあげる。

 まあ、1億円で落札してくれるのであれば、誰でもいいけどな。


「この絵の欠点は一つだけわ」

「なんだよ。俺の絵に文句あるのかよ」

「ええ。大有りよ。どうして、私ではなく仲戸川さんが『ヴィーナスの誕生』のモチーフなのですか?私は『モナリザ』なのでしょうか」

「はあ!それはお前の行いがダメなんだよ。根が腐っているお前に『ヴィーナスの誕生』には程遠いからだよ」

「ああ。どうやら、躾がなっていないようね」


 そういうと、彼女は手にしているボタンをポチッと押す。

 と、電撃が首輪から走り出す。


「ぎゃあああああああ!」


 俺はまたも踊り狂い出す。

 ……この女、容赦ねえな。俺がただ、事実を述べただけなのに、どうしてこんな仕打ちを食らうことになるんだ?

 

「まあ、この絵は素晴らしいものですわ。非常に気に入りました。難点は、仲戸川さんの顔であることですが」

「ちょ、ちょっとお待ちください!坂本愛香さん!その絵を本当に購入するつもりですの?」

「ええ。もちろんよ。だって、私はその吉田健次のファンだからよ。あなたもその絵が欲しいのでは?」

「悪趣味ですわ!わ、わたくしはただ、その絵を誰にも渡したくないですわ。だから、その絵を私に譲ってくださいませんか?」

「いやよ。私もその絵を家に飾りたいので、ここは譲れないわ」

「く……屈辱ですわ。この仲戸川あゆみの絵が坂本家の家に飾られるなんて」

 

 そう聞くと、仲戸川は腰を抜かして、魂が口から抜け出す。

 仲戸川財閥もかなり大きな財閥だと聞くが、それも坂本財閥の対立関係にあると調べて分かった。

 だから、仲戸川が屈辱に感じるのは、自分の絵がライバルの家に晒し出されることだ。

 本当、この女はえぐいことをするな。

 わざわざ、仲戸川の絵をオークションにえぐい金額で入札するなんて、涙もかけらもない野郎だな。


「1億円で落札……と言いたところですが、オークションは学校の校則違反です。このオークションは不成立になります」

「おいおいおい!それはないぜ!?折角、ここまで盛り上がったんだぞ?フリーマーケットの場を盛り上げたんだぜ?」

「ルールはルールですよ?」


 愛香はそういうと共に、スイッチを押そうとする。これ以上、歯向かうなら、このボタンを押すぞ?と冷徹な瞳でそう語っていた。

 さすが、会えたくない女子ナンバーワン(俺標準)だ。いつも俺を苦しませる女王だ。

 彼女に逆らえない俺は顔を歪めると、彼女の言う通りにする。


「畜生!分かった!オークションは終えだ!誰も落札できなかった!以上だ!帰った帰った!」


 と、俺は周りの野次馬を追い出すと、全員が「えー」「まだ、決着が見たいのに」と、どこか残念そうな声を漏らしてから去っていく。

 そして、野次馬が完全に去ったところで愛香は腕を組、俺にこう語った。


「あと、あなたには学校を混乱させた罰がありますわ。今日の夕方に教会の掃除をすることですわ」

「罰もあるのかよ!?」

「当たり前ですよ。私をモチーフとして絵を描いたなら、オークションの件は片目を瞑って開催できたかも知れません」

「結局、お前はお前の絵が欲しいだけじゃねえか!」

「さあ、どうでしょう?」


 愛香はふふふ、と手で口を隠しながら笑い出す。

 ……畜生。そうやれると、ムカつくな。俺のファンなんだから、俺がやりたいことをやらせればいいのによ。


「仲戸川あゆみ」

「なんですか?」

「この絵あげるよ」

「え?」


 俺は自分が抱えている絵をあゆみに渡す。

 あゆみはその絵を受け取ると、目を開閉していた。

 間抜けな奴だな。自分の神々しい一枚の絵を受け取れるんだから、喜んで受け取れよ。天才画家の一枚の絵だぞ。

 と、彼女は俺が想定していた、状況を理解できていなくてこう俺に尋ねる。


「ど、どうしてですの?」

「その絵は売るために創作した絵だ。でも、オークションが中止になった今は、この絵はもう価値がないのさ。俺が持っても意味がない。だから、それはあげるよ」

 

 そうだ。その絵は本来、俺の借金を返済するために創作した一枚の絵だ。徐々に絵を販売して10億円を返済できる額になるまで販売していく予定だった。

 だが、オークション中止になったため、この絵画は売れなくなった。オークションで出た価格の1億円で売れるわけもないと判断した俺は、本来の手元にあるべき人に渡すことにした。

 まあ、言ってしまえば、在庫処分だ。

 俺が売れない1億円の絵を持っていても仕方がないから、モデルになってくれた仲戸川あゆみに無償で譲る。


「し、仕方がありませんわ。受け取ってあげてもいいですのよ」


 あゆみはふんと鼻を鳴らすと、顔を背ける。

 その顔は微かな赤くなっているのは、俺は見逃さなかった。内心は嬉しいのだろ?俺は知っているぞ?自分の絵を描いてくれるのはどれほど嬉しいか、何回も体験したからな。


「ねえねえ。私の絵を描いてよ!」

「だめだ。気が乗らないから、お前の絵は描かない」

「むー。健次君のばか!私がこんなに健次君の絵が好きなのに」

「おいおい。気が乗らないだから、仕方がないだろう?」

「う……。それもそうだけど。むー、やっぱり描いて欲しい!」


 新名は顔をむすっとして、俺に言い寄るが、俺は丁寧に断る。

 だって、俺は彼女のこと好きになれない。同じく天才画家としては嫌悪感が湧く。っとういうか、同じ天才であるためか、一緒にはいられない気がする。両雄並び立たず。いつか、どちらかこの学校を退学して、別のところで活躍するのだろう。


「じゃあ、俺はこれで!」

「おまちになりなさいな。罰を忘れていないでしょうね?」

「ぎく!いや、わ、忘れていないぞ」

「ええ。天才画家は記憶がいいですからね。この学校の象徴である教会の掃除していることを期待していますわ。さもなければ、分かっていますわよね?」


 愛香は笑っていない笑顔で俺を威圧する。

 背景がゴゴゴと、音が文字になってくる幻想を見えてくる。

 逆らったら、またどんなお仕置きが待っているのか想像し難いものだ

 仕方がないな、ここは彼女の言う罰に従うしかない。重い足を使って、教会へと向かっていた。

 あー畜生。行きたくねえ。俺が一番会いたくない女子ナンバーツー、由美に合うじゃないか。嫌だ、この学園やめてー。

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