第五章 十年目のラブレター

何日もの間待ったが、返事は来なかった。

春休みでまばらな学生食堂の片隅で、俺はボンヤリと座っていた。


テーブルの上のコーヒーは、ゆらゆらと湯気を立てている。

どうにも成らない事が世の中には有る、と考えていた。


早めの桜が風で少し散っている。

映画のワンシーンの様だった。


きれい、だった。


   ※※※※※※※※※※※※※※


そして。


列車がトンネルに入り、夢から覚めると、窓の中の俺が見つめていた。

もう、あの頃の俺では無い。


時の流れが、全てを遠い記憶の彼方へ運んでいってしまったのだろう。

ただ十年ぶりに観た映画が、俺を忘れかけていた世界に連れ戻してくれた。


あんな恋は、もう二度とできないだろう。

俺は複雑な気持ちを抱いて、家路についた。


家では妻が待っている。

俺は三年前に結婚していた。


「今日、映画を観てきたんだ」

リビングのソファーに並んで座り、俺は妻の肩を優しく抱き寄せた。


「へぇー、どんな映画?」


少し甘えるように見上げている。

鳶色の大きな瞳が潤んでいる。


「ほら、二人で初めていった映画さ」

「あっ、ずるーい。私も観たかったなー」 


妻は少し、膨れた顔をした。


「フフッ・・・なつかしいな。

 でも、こうして二人でいるのが不思議な気がする・・・ 

 あの時のあなたの顔ったら・・・」


   ※※※※※※※※※※※※※


あの日、冷めかけた俺のコーヒーの隣に、熱い湯気を立てた紅茶の紙コップが青い封筒と一緒に置かれた。


運んでくれた白い指に、花びらが一枚、そっと降り立った。

今は俺の妻となった彼女が少し、はにかみながら立っていた。


俺は口を開けたまま、ただ見つめていた。


   ※※※※※※※※※※※※※


いつもより幾分強く妻の肩を抱きながら、身体をよじってポケットから定期入を出した。

その中から小さな紙片を取り出すと、彼女は顔を真っ赤にして言った。


「あっ何よー、それ・・・ヤダー。

 まだ持ってたのー? 

 ハズカシー・・・」


それは彼女にあてた手紙に忍ばせた、あの日の映画の半券であった。

そこには彼女の電話番号の下に、俺の字で小さく書かれている。


「今も、愛している」と。


そして、彼女も青い封筒の中に手紙と一緒に返してくれていた。


「私も、愛しています」

と、俺の字の下に丸い字で続いていた。


十年の時を超えたラブ・レターは、二人に熱いキスをプレゼントしてくれた。

二人のラブ・ストーリーは十年目にして・・・。


『セカンド・ラン』上映された、らしい。

 


セカンド・ラン「十年目のラブストーリー」 ―完―

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