第四章 別れのシーン
あの時。
帰りに喫茶店に寄って、二人でコーヒーを飲んだ。
ついさっき、あんなに泣いて赤く腫らした目を大きくして彼女は喋っている。
弾ける様な笑い声が、いとおしかった。
「やっぱり来て良かったわ。
でも可哀想、あの二人・・・結ばれれば良かったのに。
私はやっぱりハッピーエンドの方がいいな」
俺は怯えた羊の如く、おずおずと言った。
「もし・・・良かったら。
電話番号・・・教えてくれないか」
それまで機関銃の様に発射されていた彼女の言葉が、ピタリと止んだ。
そして顔を赤らめ、俯くと小さな声で言った。
「いい・・・よ」
又、心臓が脈打ってきた。
ペンは持っていたが、メモ帳が無かった。
俺はさっきの映画の半券をポケットから見つけると、彼女の気が変わらない内にと、急いで差し出した。
白くて細い指が、丸みのある字を書き込んでいく。
俺はそれを折れないよう、慎重に定期入れの中に入れた。
それから二人は何十枚かの半券・・・
もちろんセカンド・ランであるが・・・
と、いくつかの恋のエピソードを残していった。
※※※※※※※※※※※※※※※
東京行きの列車が走り出すと、俺は頬杖をついて車窓から流れ出す風景をボンヤリ眺めている。
思わず苦笑してしまった。
十年ぶりの懐かしい想い出が俺を今、詩人にしているらしい。
※※※※※※※※※※※※※※※
俯いた顔から、長い睫毛が覗かせていた。
彼女から受け取った別れの言葉をどう返していいか分からず、俺はただ呆然と見つめている事しか出来なかった。
世界中の恋人達に訪れる別れ話の理由等、ほとんどがたわいの無い物なのだろう。
ただ若い二人にとって、そんな簡単な問題にさえ答えを見つける事は難しかった。
立ち去る彼女の後ろ姿に声をかける事も出来ず、日が落ちた公園から俺は力無く歩き出した。
彼女の最後の言葉が俺の頭の中をグルグルかけ巡り、アパートの自分の部屋にどうやってたどり着いたのかさえ記憶に無かった。
若さは時として、分別臭い行為を大人びたものと勘違いしてしまう事がある。
あの時、「おさなご」の様に追いかけて行ければ良かった・・・。
俺と彼女はそれ以来会う事もなく、たまに見かけても互いに目を伏せて通り過ぎるだけであった。
二番館にも遠のいていった。
学生最後の年が来て、俺は卒業制作に失恋のエネルギーの全てをぶつけていた。
ただ、ふっと我に帰る時に気がつくと同じ言葉を呟いていた。
(好きだ・・・今でも愛している)
何百回、何千回と投げたのだろう。
俺の心のスクリーンに微笑む彼女の瞳に。
制作発表も終わり、忙しさから開放された、俺の羊のような心には孤独に耐える力は残っていなかった。
まるで薬のきれた麻薬患者のようにのたうち回っていた。
酒で忘れようと飲んだくれて大声を出して、階下の住人に怒られた事もあった。
俺は決心して、彼女に手紙を出した。
愛している。
戻ってほしいと・・・。
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