第5話
約束の日。
漆間は駅前で桜が来るのを待っていた。
ココアシガレットを咥えながら、人を観察してしまうのは警察という職に就いているだからだろうか。
しかし、漆間には1つ心配な事があった。
桜に会ったことがない、つまり桜に気づけるか不安だった。
三原に今日の事を言えば、お前ならわかるよ、と言われただけ。
一体何の根拠があって言ってんだ、内心そう思ったものの口には出さなかった。
「(青のスカート、白のブラウス、だったか…) 」
何とか時間前に着ている服を聞き出したが、そういう服を着ている女性なんて沢山いる。
上下にココアシガレットを揺らしていると、あの、と声をかけられた。
「は、」
漆間は目を見開いた。
白いブラウス、青のスカートを着ている女性は、漆間の中に居続ける彼女にとても似ていた。
「漆間さん、ですか?」
「…えぇそう、です。貴方が一之瀬さん、ですか?」
「はい!一之瀬桜です。」
遅れてすみません、と頭を下げた桜に、大丈夫です、と腕時計を見た。
「まだ…5分前ですので。」
「待たせちゃいけないかと…」
「俺もそうです。」
電話した時の盛り上がりは何処へやら。
少し気まづくなり、微妙な空気感が漂う。先に沈黙を破ったのは漆間だった。
「何処か入りましょうか。」
「あ、はい!」
近くの喫茶店に入る。
案内された席に着き、俺はコーヒー、と漆間はメニュー表を桜に渡した。
「ゆっくり選んで下さい。」
ガリっと咥えていたココアシガレットを噛み砕き、手元の携帯を弄りながら、桜が決まるまで待つ。
「……」
落ち着かない。
こんなにも彼女に似ているなんて。
三原が言っていた事はこの事だったか。
「決まりました。頼んでもいいですか?」
「えぇ。」
桜に注文を頼むと、またあの空気が戻って来た。さて、何を話そうか。
「…そう言えば、よく俺がわかりましたね?」
自分が先に見つける予定だったから、服装等の特徴は伝えていなかったはず。
その事を言えば、海斗が聞いてくれました、と答えた。
「海斗が三原さんに聞いたら、多分ココアシガレット咥えてダルそうにしてるよ、と。」
「ダルそうって…」
「決してダルそうとか思ってないですよ!ココアシガレットで捜しただけです!今時ココアシガレット咥えてる人なんて珍しいですからね!!」
「…まぁ、そうですね。」
「はい!…もしかして、煙草吸われてたんですか?」
「え?」
「私の父がよく吸ってたので、何となく分かるんです。ココアシガレット扱う手とかが吸ってる人だなって。禁煙ですか?」
「……まぁ、そうですね。」
「……なんかすみません。聞いちゃいけないことでしたね。」
「いえ、いいんです。」
「でも、さっきから同じ返事しかしてないので。」
彼女はよく見て、よく聞いてる。
漆間はすみません、と口にしていた。
「聞いちゃいけない、訳じゃないんです。そう、だな…似てると思って。」
「似てる?」
漆間は桜の目をじっと見つめた。
警察学校にいた頃の彼女に似ている。
「あ、の?」
「お待たせしましたー。」
「あ、ありがとうございます!!」
気の抜けた店員の声を聞きながら、桜は運ばれたアイスティーにミルクとガムシロップを入れ掻き回した。
「アイツに、似てる。」
「…女性警察官の方ですか?」
「三原の奴、何か言いました?」
「いえ、何も。三原さんも私を見て、似たようなリアクションしてたなーと。あ、敬語喋りにくいなら外して構いませんよ?私歳下なので。気にせず。」
「……じゃあ、そうする。」
「はい!……そんなに似てますか?」
恐る恐る聞いてみると、漆間はあぁ、と言いながらコーヒーを1口飲んだ。
「パッと見、警察学校にいた頃のアイツに似てる。すまない、毎年連絡して…」
改めて漆間は謝罪をすると、桜は大丈夫ですから!!と慌てながら顔を上げるように言った。
「最初繋がった時は確かにびっくりした。もしかしたら電話くるんじゃないかと思ってたんだが、全然こなくて…それに甘えて、電話してた。もうしないから、安心してくれ。」
「えっ?」
「…迷惑だろ、普通に。アンタが例え病気で寝てる間だとしても。それに、女々しいだろ?」
自分を嘲笑うかのように、漆間はココアシガレットの箱を手で弄んだ。
「私…迷惑だなんて、思ってません。」
ピタリと、漆間の手が止まった。
「その、漆間さんの気が済むなら、何度だって電話してください。…無理して止める必要は、無いですから。」
「……3コール。」
「え?」
「3コールで切る。来年、電話するか分からねぇけど。」
甘え、なのはわかっている。
馬鹿だなと思いながらまたコーヒーに口をつけると、桜ははい!と答えた。
ーーーーーーーー……
「今日はありがとうございました。あと奢ってもらって…」
「いや、気にすんな。」
気づけば夕方。
漆間は桜を家まで送ると言って、その道のりを並んで歩いていた。
「後で海斗に話さないと。」
「俺の事か?」
「役作りに聞かせろって言われたので。」
「……変なこと言うなよ。」
「言いませんよ!私は、ありのままの漆間さんをお伝えします!」
「ココアシガレット咥えてダルそうにしてたってか?」
「見たままのやつですよ!それは!」
「あれもありのままだろ?」
この短時間で軽口言い合えるようになった事に、漆間は少なからず驚いた。
お茶して終わり、のはずだったのに、気づけば家まで送るとまで言い出していて。
桜の隣が居心地良くて、何だか肩の力が抜けたように思えた。
「あ、あそこです!」
「……そういや、芸能一家だったな。」
そこには大きな和風の一軒家が建っていた。
「送って下さってありがとうございます。」
「あぁ…」
このまま帰ればいいのに、お互い足を動かそうとしない。まるで付き合いたてのカップルの様な空気が漂っていた。
「そう、だ。渡すもんがある。」
「な、何でしょう?」
漆間は鞄から一冊の小さなノートを取り出し、桜に渡した。
「これは?」
「俺とアイツの事が書いてある。」
「え?」
「記録、というか、日記、みてぇな。」
パラパラと軽く読んでみれば、事細かくそれは書いてあった。その時何をして、何をされて、どんな心情だったか、全て。
「いいんですか?」
「…お詫びだ。これなら役に立てんだろ。」
「で、では遠慮なくお借りします!」
「いや、アンタが持っててくれ。」
「う、え?」
「何だその返事?」
「わ、私が、ですか?」
何故自分何だと驚いている間に、漆間は鞄からまた何かを取り出した。
「煙草…?」
「禁煙してた訳じゃねぇ。吸うとアイツの事を思い出す。嫌な事も全部だ。忘れられない呪いみてぇな。忘れたら、アイツが怒るんじゃないかと思った。だから、吸えない変わりにココアシガレット咥えてた。火を着けない分、まだましだったからな。」
箱から1本取り出し、ライターで火をつけた。
久しぶりの煙草の匂いに、少し胸が苦しくなった。
「でも、今日お前と出会って思った。」
深く吸って、空へと煙を吐き出した。
少し噎せそうになったのは黙っておこう。
「いい加減、前を向こうと思う。」
そう言ってまた煙草を咥えて、優しく笑った。
桜は顔が熱くなるのを感じた。
胸がキュッと、苦しくなった。
「…だからと言って、吸いすぎはよくないです。」
辛うじて言葉を繋げた桜に、漆間は知ってか知らずか、顔を覗き込んだ。
「付き合え、煙草1本分。」
「え…?」
「俺はお巡りさんだから、歩き煙草は出来ねぇのよ。だから、終わるまで話し相手になってくれや。」
家の塀に背中を預け、また煙を吐き出す。
絵になる姿に思わず見惚れていると、漆間は困ったように笑い、嫌か?と聞いていた。
「いえ!嫌じゃないです!…失礼します。」
「んな緊張する事かよ。」
「うっ。」
腕が触れそうで触れないこの距離感がもどかしい。結局、1本分より長く、2人はそこに居たのだった。
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