第4話
ドラマの撮影は順調だと、三原から聞かされていた。捜査で忙しいのに余裕だな、なんて軽口を言えば、一種の息抜きだよ!と返された。
「息抜きと言えば、」
「なんだよ?」
「お前、デートしたんだろ?どうだった?」
「頑張って口説いてます!」
「それ前にも言ってなかったか?」
「これが手強くて。でも、そういう所も可愛いんだけど。」
「なかなかに意地悪だな。知ってて言わねぇのかよ。」
「タイミングってもんがあるんだよ!」
「それを緊張してスルーしてきた人間が言う台詞じゃねぇな。」
「あれ?喧嘩売られてる?売ってる?買うよ?」
シュッシュッ、とボクシングの真似事をすれば、漆間は売ってねぇよ、とその拳を手のひらで受け止めた。
「今日残んの?」
「あぁ。資料纏めてから帰る。」
「家に仕事持って帰りたくないのは分かるけど、程々にしろよ。」
「お前に言われたかねぇな。」
「やっぱ喧嘩売ってる?」
「だから売ってねぇよ。」
いつも使う席に行けば、三原は自分の荷物を纏め、漆間は書類を纏め始めた。
「じゃあ、散々タイミング逃しまくってる俺からアドバイス。」
「いらねぇ。」
「お前、もう前に進む頃だと思うよ。」
その言葉に漆間の手が止まった。
三原の言いたい事がわかるからだ。
「じゃ!お先ー!」
漆間以外いない静かな空間に、ギシッと椅子に凭れる音がやけに響いた。
暫く天井を眺めたあと、引き出しを開けると、そこにはもう何年も吸ってない煙草とライターがあった。
「……」
煙草を手に取り、久しぶりに1本取り出してみる。懐かしい匂いがした。
しかし、あの光景が蘇ってくる。
冷たい、冬の空気に混じって、何かが焼ける匂いと、耳元でパチパチと鳴る音と、サイレンに、水の湿った匂い、群がる近隣住民、中継のカメラ、規制線。
「嫌なもんだな…」
雑に引き出しに戻し、また書類に手を伸ばすと、ブブッ、とバイブの音が聞こえた。
何処から掛かってきたか等確認せず、手を動かしながら電話に出ると、もしもし、と女性の声がした。
「?どちら様で…」
《えっと、一之瀬桜と言います…毎年この時期に、この番号から電話が掛かってくるので…》
漆間は弾かれたように画面を見れば、そこには5年前の彼女の名前が表示されていた。
漆間は思わず頭を抱えた。
「すみません…!」
《あ、いや、三原さんから伺ってまして…》
「三原?」
桜は自分の事と、この間の三原の事を話すと、さらに頭を抱えた。
《あの、ホント、私も聞いちゃいけない事を聞いちゃったみたいで…》
「いえ、いいんです。三原の言う通り、甘えて電話掛けてたのは俺です。すみません…」
その先何を言えばいいか。
お互い言葉を探していると、漆間は先程の三原の言葉を思いだした。
「(前に進む頃、か…)」
きっと、こうして連絡が着たのには何かあるんだろうか。漆間は少し緊張しながら口を開いた。
「あ、の…」
《は、はい!》
「お詫び、させてください。」
《お詫び?》
「迷惑かけてしまったので…」
《そんな!迷惑とか考えてなかったです!気にしないでください!》
「俺の気が済まないので。何かさせてください。」
そう言えば、電話越しにんー…と桜の悩む声が聞こえた。それが何だか、彼女に似てると思った。
《じゃあ、お話聞かせてください。》
「話…」
《漆間さんのお話です。》
ドラマ関係だろう、漆間はそう悟った。
関わるつもりはない、伝えようとする前に桜が続けた。
《ドラマじゃなくて、普通の、ただの会話です。好きな食べ物とか、そういう…》
「……」
《ダメ、ですかね?》
似てるんだか似てないんだが。
漆間は思わず自分を笑った。
自分が笑われたかと思った桜は、ごめんなさいぃ!!と焦ったように言うもんだから、それが面白くてまた笑った。
《出過ぎた真似をしました…!》
「いえ!こんなに笑ったのは久しぶりです。」
《お、お恥ずかしいです…》
はぁ、と落ち着いた漆間は、改めて口を開いた。
「駅前集合でいいですか?」
《え?》
「良かったら、会いませんか?」
ゆっくりと、雪が解け始めた。
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