第3話

時間というのは進んでいくもの。

漆間は悴む冬の寒さに身震いした。


「……」


煙草からすっかりココアシガレットが定着したそれを、口で上下に遊びながら目の前の墓石を見つめた。

両端にある菊の花、ユラユラ揺れる線香の煙。

何も語らず、ただそこに思いを馳せる。

いつもそうやって、この日を過ごす。


「何が命日だ…」


還ってくる訳でもないのに、此処に足を運ぶのが毎年恒例となってしまった。


「想いを寄せる…んなもん命日じゃなくても良くねぇか…返事がありゃ、別だけどよ。」


徐に携帯を取り出し、何処かの番号へかけた。

呼び出しのコールを1回、2回、3回と聞いてからプツリと切った。


「…ほらな。」


命日とは、故人に想いを寄せる日。

ずっと想いを寄せてる自分にとっては、関係無いと思った。かと言って行かない、という選択肢は無い。だって彼女は、もう此処にしか居ないのだから。


「あぁ…お前が此処に居る…俺が命日に来る理由はそれか…」


命日という理由を使って会いに来る。

漆間が来るのは、ただそれだけの理由なのかもしれない。


ーーーーーーー……


「今年も…」


海斗はサイドテーブルに置いてある携帯を見て呟いた。


「姉ちゃん、また着たよ。何なんだろうね…」


携帯から横へ視線を移すと、そこには眠っている桜の姿があった。

3ヶ月に1回、1週間から2週間と長い眠りにつく『眠り姫病』という極めて珍しい病気を桜は抱えていた。

そして、眠っているこの時期に、毎年 同じ日に、同じ番号から連絡がくるようになった。

最初はただの悪戯電話かと思ったが、それ以降全く何も無いのだ。1度折り返そうかと話をしたものの、何も無いからそのままでいいと、桜は放置していた。


「…三原さんにでも相談してみるか。」


ーーーーーー……


あれから1週間後に桜は目覚めた。

そして海斗が電話の事と、三原に相談してみようと言い出したのはつい最近。

三原の連絡先を知ってる海斗が都合のつく日を選び、今日海斗と共に会うことになった。


「此処で待ち合わせ?」


目の前には小さな喫茶店。

目立たず、ひっそりと佇むお店の扉を海斗が開いた。


「いらっしゃいませ。」


静かな店だ。

男の店員がカウンターの中でコップを磨いている。中を見渡すと、奥に三原が手を振ってるのが見えた。


「三原さん!遅くなってすみません!」


「いいよ!こっちも来たばっかだから。」


待ち合わせ10分前。

コーヒーカップの中は半分より少なく、テーブルの上には本が置いてある。

来たばっか、というのは嘘なんだろう。

海斗は自分ももう少し大人になろうと決心していると、三原が驚いた様な顔をして自分の後ろを見ているのに気づいた。


「…彼女は?」


「あ!俺の姉です。」


海斗は1歩横にずれ、桜は名刺を取り出し三原に差し出した。


「一之瀬桜です。」


「……」


「?あの?」


「あ!すみません。俺は三原飛鳥…っと、どうぞ。」


三原も桜に名刺を渡すと、座るように促した。


「それで?相談って?」


「あの、姉ちゃ…姉の方なんですけど。」


海斗が事の経緯と病気についてを軽く説明すると、その番号を見せてくれと言った。

桜は履歴を見せこれです、と指させば、また三原は驚きの表情を浮かべた。


「…何か、分かりましたか?」


さっきからその表情ばかり見ている気がする。

海斗が問いかければ、三原は桜から貰った名刺を見つめた。


「…これが君の番号だよね?」


「そ、そうですけど…」


「いつ変えた?」


「一昨年、くらいですかね…?」


「それからずっとこの日付にかかってくる?」


「はい。」


「そう…そうか…マジか……」


三原はテーブルに肘を置き、手のひらで顔を覆った。


「…何か、知ってるんですか?」


恐る恐る桜が聞くと、三原は頷いた。


「まず、この番号だけど…害は無いよ。」


「安全なんですね?」


「安全も何も…漆間の番号だよ、それ。」


今度は2人が驚いた。


「姉ちゃんいつ漆間さんと連絡先交換したんだよ…?」


「してないよ!そもそも、漆間さんって方と会ったことないし!」


「だよね…え、何で?怖っ!」


「これ…奇跡と言うべきなのか、なんと言うべきか…俺もその番号知ってるんだよね。」


「え、え?情報漏洩…?」


違う違う!と三原は2人を落ち着かせようと全てを話し始めた。


「桜ちゃんの番号って…5年前に亡くなったあの子が使ってた番号なんだよ。」


「え…」


「あの、女性警察官の?」


「そう。1回使われた番号は暫く使われなくて、何年後かにはまた復活するって聞いた事あるけど…まさか、巡り巡って桜ちゃんの番号になるとは…」


「あ、あの!その漆間さんは、何故電話を…?しかも毎年、この日に。」


「…この日、あの子の命日なんだよ。」


それを聞いて2人は何も言え無くなった。

つまり、毎年、この日に、漆間は彼女に向けて電話をかけていたのだ。


「きっと、桜ちゃんが眠って電話に出られないからこそ、折り返しとか、そういうのが無いから、漆間は甘えて電話してるんだと思う。」


桜は漆間の番号を見つめた。

毎年彼は、何も無い、届くはずのない電話をしていると思うと、胸が苦しくなった。

かと言って自分には何も出来ない。

何も出来ないのに、何かしてあげたい、そんな思いが込み上げてきた。


「桜ちゃん。」


「?」


「お願いがあるんだけど。」


「お願い、ですか…?」


「良かったら、漆間に電話してくんない?」


何かをしてあげたい、その思いを汲み取ったかのような提案をしてきた三原。

それなら、と思ったが、思い留まった。


「でも、折り返しなんかしたら漆間さんに迷惑じゃ…」


「そろそろさ、前に進んでもいいと思うんだよね。」


漆間を思っての提案だった。

折り返し電話をすれば、きっと何かが変わるんじゃないかと、三原は期待した。


「今すぐって訳じゃないよ。無理しないで。」


「は、はぁ…」


「でもほら、電話したとして、漆間に何か言われたら、毎年かけてたお礼です!って言えば何とかなるよ!」


ねっ?と三原はニコリと笑った。

まるで楽しそうだ。

桜は画面に映る電話番号を眺めていると、飛鳥ー?と女性の声がした。


「あれ?お取り込み中?」


「いんや?もう終わった!じゃ、俺はこれで。また何かあったら連絡して?」


三原は自分と2人分のお金をテーブルに置くと、その女性とお店を去っていった。


「予定、あったんだ…」


「悪いことしちゃったね。あとお金…」


「相談に乗ってくれたのにな…まぁ、素直に奢られとこ。お釣りは今度会えた時に返すよ。」


「うん…」


「…電話、する?」


「……考えてみるよ。」


桜は漆間の番号をそっと指で撫でた。


「出るかな、電話…」




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