殺す若者を

亜夢谷トム

第1話 不吉な太陽

 太陽はどんな時も明るくぼくたちのことを照らしてくれる。暗い道に迷い込んだ時、その光の筋は進むべき道へ導いてくれる。


 鏡涼かがみりょうにとっての太陽は妹である。


 9才下の妹はエコー写真のときから知っている。人間の姿ではない時から現在まで、すくすくと成長していく様を見守ってきた。


 たまに生意気な言動もとるが、普段はとても可愛らしく、眩しい笑顔を振りまく、さながら太陽なのである。


「いってきまーす!」

「いってらっしゃい」

 父と母が手を振り見送る。

 かえではウキウキした様子で玄関の扉を開けた。


「今日はなにか楽しみなことでもあるの?」

 涼は続いて外へ出て、歩き始めながら聞いた。


「あのね、今日ね、9月のお誕生日会があるの!」

 少し舌足らずな口調で答える。9月産まれの人をお祝いする行事をするのだろう。


「…でも楓、誕生日5月だよね?」

 

「そうだけど…」

「あたしのお友達が誕生日だからね、嬉しいんだ!」

 と、満面の笑顔で答えた。


 なんて素敵な子なんだ。妹ながら感動した。キラリと見せた白い歯並びには、前歯が一本なく、まぬけに写ったが、そんなことが関係ないほど可愛らしく眩しかった。


 今日は父が有給休暇を取っているので、涼が妹を小学校に送ってから高校へ向かうことになっている。


 懐かしい通学路のアスファルトが太陽の光を跳ね返し、景気よく残暑を味わせてくれる。


 雲ひとつない快晴とは裏腹に、気温はまったく爽やかではなかった。


 家から五分ほど、あっという間に小学校に着いて楓を送り出す。

「お友達のこと、たくさん祝ってあげるんだよ」

 楓はうん!と元気よく頷いてばいばーい!と手を振った。


 走って校舎に向かう楓の後ろ姿を見て、まだまだ無邪気でかわいい子供だなと思った。




 三時間目の数学の時間、いつものように涼は前の席の中村と駄弁る。

「…それでさ、あいつ怒ってそのまま帰ってっちゃったんだよ!」

「なんだよそれ!」

「その後…」

「うるさいぞ!」

 笑いすぎたか、先生に注意を受けてしまった。先生の話よりこいつの話の方が面白いのだから、仕方がない。


 中村はすいやせん、と頭を下げて一拍おいてからまたこちらを向いた。

「そういえば、最近彼女とはどうなんだよ」

「…どうってなんだよ」

「ほら、キスとかしたのかって話」

「バカ!こんなときにそんな話題振るな!」

 思わず中村の頭を叩く。


「赤くなってらー」

 まったく、お調子者という言葉がこれ程似合う男はいない。人の恋路にやたらと首をつっこむのは高校生の習性だろう。



 少し盛り上がり、先生に二度目の注意を受けるかと思ったその時、放送のチャイムがなった。授業中に放送など滅多にない。少し教室がざわつく。校長の声がした。


「緊急放送、緊急放送です。午前11時半頃、北区北山周辺に、爆撃がありました。繰り返します…」


 あまりの突飛な放送に教室は一気に騒々しくなる。


 

 爆撃…?

 一瞬、意味が理解できなかった。

 


 おいおいおい。


 いや、ちょっと待て。




 嘘だろ。




 北区北山…紛れもなく涼の家がある場所だった。

 涼は急いで携帯を取りだしSNSアプリを開いた。


『爆撃あったってマ?』

『第三次世界大戦の始まりだ!!』

『友達の高校の近くじゃん。心配』


 数々の書き込み。スクロールするたび広がる様々な声。呼吸が荒くなる。本当なのか。だとしたら…。


 先生が慌てて教室に備え付けられたテレビをつけた。


 ぱっと映し出されたのは、見覚えのある光景、が変わり果てたものだった。


 車から、家から、植木から、火が登る。崩れた家々。避難する人。倒れている人。阿鼻叫喚の景色の中、目に付いたのは。


 

 火に包まれた、強く見覚えのある家。

 そして、完全に倒壊し煙をあげる、北山第二小学校。



 全ての音が、視界が、真っ白くシャットアウトされた。

 リビングに飾られた家族写真が頭に浮かぶ。


 

 死。




 死…………。




「うぷっ」

 

 思わず教室を出てトイレへ走る。嘔吐した。




 楓……



 楓……………



 楓…………………………



 楓………………………………


 

 吐瀉物と鼻水と涙でぐちゃぐちゃになりながら、涼は妹の姿を脳裏で確かめながら、名前を呼んだ。



 涼のかけがえのない家と、母親と、父親と、日常と、妹は、太陽は、楓は。




 燦々と照らす太陽の下で、燃えてなくなった。


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殺す若者を 亜夢谷トム @tom_amuya

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