脱走の真実が判明しました
「それじゃあ、お互いに打ち解けた事だし本題に入ろうか。」
打ち解け…ましたかね?逆に少し気まずいですけど、俺……
しかしアクセルさんの笑顔に逆らってはいけないと、本能が告げてくるので大人しく頷いておく。いつまでも雑談している訳にもいかないのも事実だし。
「ゼレノイ卿からの手紙を読ませてもらって、ある程度の話は把握しているつもりだから、順を追って話そう。まずはティナの処遇についてだが…」
「はい。」
直前まで、頬に残る熱を冷まそうと両手でパタパタと仰いでいたティナの背筋が、真っ直ぐに伸びる。こういう毅然とした態度を取れるのは、本当に尊敬するし、素直に格好良いと思う。
俺が同じ立場だったらどうかな…と考えようとして、そもそも爵位や身分というものに執着心の欠片もない俺には、いまいちピンと来ないので諦めた。うちなんかが爵位を持っててすみません、という気持ちにすらなるわ。
「ちょうど昨日の事だ。ルーシャス殿下から使者が送られてきて、婚約を破棄する旨と、シャノン嬢への仕打ちがどうのと言って、ティナの爵位継承権を剥奪する旨が書かれた書状を渡された。」
「本当に日を改めただけだったわね、あんにゃろう。」
ティナさん、口が悪いですよ。なんか慣れてきた気もするけど。
これもあれだ、見た目と口調が一致しない例が、極々身近に居る所為ではなかろうか。そりゃあ親近感も覚えるよね。慣れって恐ろしい。
「書状による通達では、ティナは一週間以内に屋敷を出るようにと。当主である私にも、そのようにせよとの令状が出されている。」
「一週間もくれたの?意外と生易しいのね……」
「十分短いよ!?」
茨の道を想定しすぎじゃない?逞しいにも程がある。
「まぁ、こちらはティナのおかげで事前に心構えが出来ていたからね。殿下の性格からして、即日追放も覚悟していたくらいだ。」
おおぅ。アクセルさんにここまで言わせるなんて、王子サマ、問題児すぎでは……
何でこれまで放置されてるんだろ…アクセルさんを始めとする、王宮評議会を組織する公爵達は皆、王族に対しての進言に尻込みするようなタイプではないと聞く。王子サマが言っても聞かないだけなのか?反抗期かな??
考えるだけでげんなりしてくるとか相当よ。一応ゼレノイ家は王家預かりになるし、将来王子サマの我が儘に振り回される可能性もある事を考えると……可及的速やかに矯正乃至は更正して頂きたい。
……とまぁ、そんな事より。
「…アクセルさんは、ティナが言う『未来』を信じていたんですね。」
「娘の言う事だよ?親が信じなくてどうするんだい。」
迷いのない返答。俺はティナの立場を想像出来ないと思っていたけど、これは分かる。きっと俺が同じ立場でも、親父ならアクセルさんと同じ事を言うに違いないから。
親父に似た空気を感じたのはこの所為だったのかも。
「尤も、最初は半信半疑だったのけれどね。自分の未来をあまりにも正確に言い当てるものだから……認めざるを得なくなった時は、ルーシャス殿下と婚約させてしまった事を後悔したりもしたさ。」
アクセルさんが言うには、何とか王子サマとの婚約を円満に解消出来ないものかと、色々模索してみたらしい。しかし、婚約が王族からの申し出であった事と、ティナが文句の付け所のない優秀な王妃候補として育っている為に、王子サマにも良い影響を与えてくれるのではないかと、陛下が期待していた事とで、解消までには至れなかったと言う。
それならばいっそ、婚約を破棄される娘が不自由しないように尽力する決意を固められたのは、本当につい最近の事だそうだ。「諦めが悪くてね」と苦笑する顔には、悔しさも、少なからず浮かんでいた。
「私としては、ラヴレンチ君が信じてくれた事の方が驚きなんだけどな。ティナとまともに話したのはあの日が初めてだったんだろう?」
「……殿下とのやり取りは勿論、オフェーリアさんの対応にも違和感は感じてたし…俺なりに『ファウスティナ嬢』という人物像は把握していたつもりで。それが間違っていた訳ではないけれど、素の自分をさらけ出してくれたティナは、俺が思っていた以上に真っ直ぐな人だったから……教えてくれた話は、俺の感じた違和感を打ち消すのに十分な説得力があったし、疑おうとは思いませんでしたよ。」
「そうか…ラヴレンチ君があの日ティナを助けてくれて、本当に嬉しいよ。ありがとう。」
「え、ちょっと!頭上げて下さい!?」
感謝されるのはともかく、深々と頭を下げられるのは…!そんな大それた事はしてないので!
「ふふっ、ラヴレンチさんが困ってますよ、あなた。気持ちは分かりますが、ラヴレンチさんは打算でティナを助けてくれた訳ではありません。過度な礼では、逆に気を遣わせてしまいます。」
「そ、そうだな。すまない、つい……」
ラーフィネットさん、マジ女神!少し俺を買い被りすぎな気もしますが、それはそれ。適度な対応を意識してくれるのは有り難い。
素直に謝るアクセルさんを見てると、親父も母さんにはこんな感じだったのだろうかと想像してしまう。うちとは全然違うと思うのに、どこか似ていると感じる家族の空気に安堵を覚える。
曲がりなりにも婚約者を名乗らせてもらおうとしている訳だし、良好な関係を築けるに越した事はないわよね。
「そういう訳で、一週間後にはティナは平民となってしまうのだが…ゼレノイ卿の手紙によると、爵位の件については既にヴラディスラフ君が動いてくれたそうだね?」
「えっと、そうですね…情けない話ですが、俺にはまだ手に余る事だったんで、頼らせてもらいました。」
「はは、正直だなぁ君は。でも、情けなくなんかないだろう。物事には適材適所というものがある。的確な判断だよ。ヴラディスラフ君なら、面倒な奴らに動きを悟られる事もないだろうしね。」
「…?兄貴の事をご存知なんですか?」
うちとリンデンベルガー家の間に明確な交流はなかったはずだし、兄貴は『情報収集はするが内政には関わらない』スタンスだ。そんな兄貴が、内政のど真ん中に居るアクセルさんと知り合う場所など、検討も付かない。
そう思って尋ねれば、逆にアクセルさんが不思議そうな顔をしているんですけど…何故?
「ラヴレンチ君は、陛下の脱走癖の事は知ってるかい?」
「脱走!?」
「ピギャッ!?」
俺よりも先にティナが食い付いたけれど、俺は咄嗟に返事をする事が出来なかった。アクセルさんの質問に、嫌な予感しかしないのよね。聞かなかった事にしておきたい…無理な事は分かっているが。
ティナが突然大きな声を出した所為で、スノウがビクリと身体を弾ませた事に、驚きが連鎖してるわーと現実逃避するのが精一杯だった。
「……知ってはないですけど、『脱走』という言葉に覚えはありますね……」
そう。思わず遠い目になるくらいには。
「うん、まぁ…ヴラディスラフ君の性格を考えると君が知らないのも当然か。」
何か納得されちゃったんですけど!?こんな事なら、あの時ちゃんと『脱走』の意味を問い質しておくんだった…!ほんとどういう事なの、兄貴!
「最初の一度こそ、大事な時に脱走されてしまったんだけどね…それ以降はちゃんと、陛下が不在でも大きな問題はない時だから、黙認されている事ではあるんだが。」
言葉を一度途切れさせて苦笑するアクセルさんに、まぁ、察してしまいましたよね。
「連れ出してるのが兄貴って事ですよねぇ~…っ」
頭を抱えるくらいは許してほしい。あれだ、あれ。頭痛が痛いってやつ。
「七年ほど前だったかな。詳細は省くが…陛下を連れ出した張本人であるヴラディスラフ君に、私達公爵家はこってり叱られてねぇ。」
曰わく、自分達は交代で休めるかもしれないが、『陛下』はたった一人しか居ないのだからちゃんと休ませろだとか、愚痴を吐ける場所くらい作ってやれだとか何とか。
七年前なんて、兄貴が今の俺と同じくらいの年齢の時でしょ?大の大人、しかも国のお偉いさん方に向かって説教するとか、兄貴の心臓どうなってるのかしら……
「……事実、あの時の陛下は心身共に限界を迎えていたんだ。ずっと傍に居た私達が、見て見ぬ振りをしている事を、彼は許せなかったんだろうね。私達も、おかげで目が覚めた。」
とは言うものの、いざ陛下の様子を注意深く見守るようにしたところで、自分達がそろそろ息抜きをしてもらおうと思う時には既に脱走されているのが常で。
しかも帰ってきた陛下の表情は晴れやかだし、それまで抱えていた問題が一瞬で解決された事も少なくなく、挙げ句の果てには陛下がノリノリで脱走するようになってしまったとなれば。
「陛下の側近であるクルーガー公爵から、何度か評議会への勧誘を試みたんだが、陛下にとってはヴラディスラフ君が『政治と無関係の人間だからこそ良いんだろ』と一蹴されるだけで……あまりしつこく言って敬遠されるよりは、と。」
「黙認する事を選んだ訳ですね……」
それで良いのか、王宮評議会。いや、正攻法の通じない兄貴には、そうするしかなかったのか。何にせよ、頭は痛い。
「心中、お察ししますわ……」
項垂れた俺の頭を、よしよしと撫でてくれるティナ。あれ、ちょっと役得なのでは?スノウも真似してぺちぺちと……叩いてくれちゃってるけど寧ろご褒美です、ありがとうございます!
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