公爵家到着


「つかぬ事をお伺いしますが…『知らせ』とはどうやって…?」


 微妙になった空気を打ち払うように、ファウスティナ嬢が尋ねてくれる。そうよね、皆、知らせが『出ている』事に疑問を覚えただけで、知らせを『出してる』事に驚いた訳じゃないわよね。

 兄貴ってば自分で墓穴掘ってるじゃん。って言うか自分が常識外れの自覚があるって質悪くない…?兄貴らしいと言えば兄貴らしいけど、少しくらいは型に収まっておいてほしい。

 ───いや、中途半端に型に収まってる結果が、常識的な行動を取ると疑われるっていう、今の状況なんだけども。


「本来どのタイミングであんたが教わるもんなのかは知らんが……政治を担う公爵家には、王の勅命でゼレノイ家から使いを出す事が稀にあってな。そういう時はゼレノイ家が、使いに出る大凡の時刻と竜の大きさを示した魔法陣を、相手の元に送る決まりになってるんだ。」


 尤も、今回は王の勅命でもなければ、公的に政治に関わる事でもないので、ジャルパの大きさを伝える為だけに知らせを出したようなものだと兄貴は言う。


「ただまぁ…エドガーのじいさんに確認したら、リンデンベルガー家に知らせを出したのは二十年ぶりくらいらしいから、そういう意味では大騒ぎになってるかもなぁ。じいさん的には、自分の娘が訪ねてるのは分かってるから、竜の大きさで察してくれるだろうって事だったが。」


 へぇ…エドガーのじいちゃんからの評価も高いのか。流石リンデンベルガー公爵閣下。ファウスティナ嬢のような娘さんが育つのも納得だわ。


「屋敷外の人間に見られる心配もしなくて良いぜ。ジャルパはその辺の魔法も巧いからな。」

「姿を見えなくさせる魔法でもあるんですか?」

「いや、水属性の高位魔法なんだが、光の屈折を変える事で姿を小さく見せるんだよ。だから端から見れば、リンデンベルガー家には極普通の竜が、何らかの木箱を抱えて降りていくようにしか見えんだろうな。」

「ジャルパって本当に何でも出来ちゃうのね……」


 他の竜でも出来る芸当なのかどうかは、考えない事にします、とファウスティナ嬢は遠い目で言った。賢明だと思う。俺ですら、ジャルパがどんな魔法を使えるのか、全ては知らない。身内で良かったと思ったのも、一度や二度じゃないもんなぁ。


 そこから、学院にいた竜達がどのような進路に進み、どう活躍しているかの世間話をしていれば、あっと言う間に王都の上空だ。王城を通過すれば、リンデンベルガーのお屋敷まではものの数分。


 屋敷の方角を覗いてみろ、という兄貴の言葉で柵に近寄ったファウスティナ嬢とオフェーリアさんは揃って感嘆の声を上げた。まるで屋敷の位置を示すかのように、庭の一角が光っているのが見えたからだろう。なかなかお目にかかれない光景だものね。


「…さっきの話の続きだが、ゼレノイ家から届いた魔法陣は、竜を着陸させる場所に展開しておくのが公爵家側の決まりだ。あんたの親父さんも、ちゃんと守ってくれてるな。」

「二十年ぶりと聞いた時は、正直、忘れてないか心配でしたけどね。」


 え、実の娘の評価が辛辣…!俺の耳に入ってくる情報では極めて優秀だけどな、リンデンベルガー公爵は。

 俺達兄弟から見る親父と、周りから伝え聞く親父の印象にも相違があるから、家族の評価とはそんなものかしらね。


「この辺りから一気に高度を落とすぞー。あんたはラヴにでも掴まってな。」

「えっ?きゃっ…!」

「って、ちょっと…!」


 兄貴に背を押されたファウスティナ嬢がよろけるのを、慌てて支える。真正面から抱き止める形になっちゃったんですけど!?何てことしてくれるの…!

 ちゃっかりオフェーリアさんを奥にエスコートしてる兄貴を睨んでみても、どこ吹く風だ。まったくもう……


「すすす、すみません!ありがとうございます!」

「いやいや、兄貴がごめんね……スノウも大丈夫?」

「ピキャ!」


 俺とファウスティナ嬢の間で潰されそうになったスノウだが、俺達が遊んでると思ったのか、何だか楽しそう。肝っ玉の据わった子だわ……

 気を悪くしてないのなら良かったと、スノウの頭を撫でて、改めてファウスティナ嬢の手を引く。客車の傍まで戻ると、本格的に着陸態勢に入ったのだろう、ジャルパがグッと高度を下げたのが分かった。


 うぅ、ヤバい…今更緊張してきたかも。


 俺の緊張など、当然ジャルパは知ったこっちゃない。見る見るうちに地上が近付いて、屋敷の入り口で執事長のスペンサーさんが待機してるのが目視出来る距離になった。


 指示がしっかり通っているのだろう、庭に出ている人は一人も居なそうだ。安全面が確保されているのを確認して、ジャルパはゆっくりと慎重に、俺達の乗る箱を地上へと降ろしてくれる。多少の衝撃はあれど、身体が弾む程ではない。

 身体の大きさに対してかなり繊細な動きを要求されるだろうに、難なくやってみせるのだから見事の一言に尽きる。ウィズは大雑把なところがあるから、こういうのは苦手だろうな。いつかやらせてみたい気もするが。


「よし、到着っと。ほれ、降りた降りた。」


 がこん、と出入り口の柵を外して先に降り立った兄貴が促すのに従って、俺とファウスティナ嬢が続く。すぐにオフェーリアさんも続いて、ロルフさんは…と見てみると恐る恐る客車から出て来たところだった。

 顔色が悪く、フラフラしながら自分達に近寄ってくるロルフさんに、大人しく指示を待っていた馬達も心配そうだ。馬まで優しく優秀とか…リンデンベルガー家、マジ凄いわ。


 箱を降ろしたジャルパ自身の着陸を見届けて、スペンサーさんがこちらへ歩み寄って来る。傍まで来たところでファウスティナ嬢達と、俺達兄弟の顔を見回した後、スペンサーさんは兄貴に向かって深々とその腰を折った。

 一瞬で、この場で最も発言力がある人物を見抜いたんだろうな。エドガーのじいちゃんも同じような感じだけど、執事って一定以上の洞察力がないとなれないものなのかしら……憧れるわ、その洞察力。


「ゼレノイ伯爵のご子息様ですね。お待ちしておりました。リンデンベルガー公爵家、執事長のスペンサー・ハズラムにございます。」

「ヴラディスラフ・リノ・ゼレノイだ。急な通達に対応頂き、感謝する。ファウスティナ嬢の受けた『祝福』に関する事で、リンデンベルガー公爵への取次を願いたい。」


 びっっ……っくりした。貴族らしい振る舞いの兄貴なんて、何年ぶりに見ただろうか…思わず本当に自分の兄貴なのかと二度見しちゃうよね。ロルフさんなんかは顔にばっちし『あんた誰!?』と書いてあるし。

 男ではあるが、美人と称しても良いくらいの綺麗な顔立ちだから、こういう角張った物言いをしていると妙に圧が出る。普段の言動がその綺麗な顔に見合わない散々なものなので、そっちしか知らないと余計に目を疑うよなぁ。

 何と言うか……ほんと、色々ととんでもない兄貴で申し訳ない。


「はい。旦那様より、皆様がご到着されましたら応接間へご案内するようにと仰せつかっております。どうぞこちらへ。」

「あー、悪い。俺は抜きだ。弟だけ頼む。」


 ───うん。貴族らしく振る舞えたのは最初だけだったわね!何となく予想はしてたけど!


 案内を辞退した兄貴を不思議に思ったスペンサーさんが、俺に視線で訳を問いかけてくるが…すみません、俺も初耳でした。


「え、兄貴帰っちゃうの?」

「今日中に片付けたい仕事があんだよ。『送ってやる』とは言ったが『付いてってやる』とは言ってねぇだろ。」


 確 か に 。


 嘘でしょ、俺が下手こいたら兄貴がフォローしてくれるもんだと思ってたのに。マジか。


「帰りは迎えに来てやるから心配すんな。」

「あ、うん。それは心配してないけど……」


 兄貴に限って復路の事を忘れるとは思わないし、何なら俺の方が失念していたけれど。


 そっかぁ…孤軍奮闘は必至かぁ……


「出発までに荷物を積んでおいてほしいんだが、これはここに置いたままで良いか?俺達がここまで迎えに来れば、わざわざうちまで大荷物抱えて行かずに済むだろ?」

「あ、はい。こちらに置いたままで大丈夫です。何から何まですみません…」

「大した事じゃないさ。ラヴの事、頼むな?」

「……はい。」


 兄貴に頭をポンポンと撫でられて、ファウスティナ嬢が顔を赤らめてるんですけど!?兄貴は人たらしだからしょうがないにしても、これはどっちに嫉妬して良いか分からないわ…!!撫でる方も撫でられる方も羨ましい!


「日没までには迎えに来るから頑張れよー。」


 言うや否や、ジャルパのマナを取り込んで、三分の一ほどになった彼の背中に乗って飛び去ってしまった。嵐かよ。止める間もなかったわ。


「話には聞いておりましたが……凄いお方ですねぇ。」


 怒涛の展開に、スペンサーさんが流石に目を真ん丸にして呟いた。どこから、どんな話を聞いているのか。気にはなるけど怖くて聞けない。

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