ウィズ
ウィズは、俺の大事な半身だ。自慢の相棒でもある。だから、少しだけ本音を言うと…──人にウィズの存在を認めてもらえないのは寂しい。大事な人達が知ってくれているから、それで十分だと思っているのも、本音ではあるのだが。
「ラヴレンチ様は敢えて、ご自身が『祝福なし』であると言われるように仕向けているという事ですわよね?巨大竜というのは、隠せるのであれば隠すべき存在なんでしょうか?」
「いや、隠さなきゃいけないって訳ではないかな。巨大竜だからどうこうって言うのであれば、単純に物理的な問題かしら。ウィズは『影化』出来るからしてもらってるだけで…俺は兄貴みたいにマナを預かれる訳じゃないし。例え『祝福持ち』だと認識されてたところで、ウィズは街中でほいほい出してあげられるような大きさじゃないから。」
そうして人の目に付かないようにしていれば、どの道『祝福なし』だと疑われる事になってたんじゃないかなぁと、今では思う訳でして。疑われるくらいなら、最初から
「ただでさえジャルパより二回りくらいデカいもんなー。確かに、出してやれる場所は限られるわ。」
「ジャルパより大きいんですか!?」
兄貴の言葉に、スノウ何頭分かしら、とまじまじとスノウを眺めるファウスティナ嬢。発想が独特だわ。想像するのはちょっと無理があると思うよ……
「細かい所を訂正させてもらうと、『祝福なし』だと言われるように仕向けた、と言うよりは、『そもそも竜籍を届け出なかった』が正しいぞ。書類上では、ラヴは正真正銘の『祝福なし』だ!」
「正真正銘って言うのかな、それ……」
どちらかと言うと詐称じゃない?陛下の許可は得ているから、犯罪ではないと思うけど……少なくとも、ドヤ顔で言う事ではない気が。
「竜籍を届け出なかった、という事はラヴレンチ様が『祝福』を受けた時点で、ゼレノイ卿が
「うん。どんな問題でも笑って流してきた親父が、唯一流せなかった事だ、って我が家では伝説よ。」
竜籍、なんて仰々しい名前ではあるけれど、それは単に『祝福』を受けた人間の戸籍を管理する為の呼称であって、内容自体は人間の出自を表す普通の戸籍だ。パートナーである竜の名前を登録する項目がある──これは名前が判明次第、届け出るよう義務付けられている──くらいで、竜の特徴などが事細かに記録される訳ではない。
ファウスティナ嬢が竜籍の登録を躊躇ったのは、『祝福』のタイミングが異常だったからでしかなく、スノウの鱗の色については特に懸念を抱いてはいなかった。
それを知っているからこそファウスティナ嬢は、俺が竜籍登録を放棄してまで『祝福なし』を装う理由が分からずに、首を傾げているのだろう。
「ファウスティナ嬢は、『瘴気』に冒された竜が
「……学院の授業では、身体的特徴として、鱗が黒く変色してしまうと。その範囲は精神の侵食に比例すると言われておりますわね。進行すれば竜は自我をなくし、人のみならず、同胞でさえ襲うようになる──…」
「うん。流石、満点の解答ね。じゃあその先。自我をなくしたその竜は?」
「討伐対象に指定されますね。……討伐後は、体内に入ってしまった瘴気が漏れ出ぬように、同胞の火で焼かれると習いましたわ。」
これも満点。確かに学院で習う事ではあるけれど、一般常識として知られている前者はともかく、後者は騎竜兵の道を選ばない限りはあまり関わりのない事だから、元々『祝福なし』の貴族だった彼女が、ここまでしっかり覚えているのは珍しい。真面目なんだなぁ、ファウスティナ嬢。
それに、同胞同士で戦わなければならない事実に、心を痛めてもくれる。竜に対してちゃんと敬意を持ってくれているのがよく分かるわ。だから俺も、ファウスティナ嬢にはちゃんと話さなくちゃと思えるんだよね。
───うん。腹は決まった。伝えるべきはたった一言だ。言ってしまおう。
「……ウィズはね、黒竜なのよ。」
「黒、竜…?」
「そう。全身真っ黒。しかも巨大竜ときてる。この世界の人にとったら、きっと、それだけで脅威だ。パートナーである俺が、彼女は瘴気に冒されてなんかないと弁明したところで、信じられる人は殆どいないでしょうね。」
俺が『祝福なし』でいるのは、ただ、ウィズを守りたいから。それだけ。
そこまで話すと、ファウスティナ嬢は俺に何か言葉を返そうと口を開いて───結局、声を発する事なく俯いた。スノウを抱く手に、力が入ってしまっている。
うーん、そこまで重く受け止めてもらうような話ではないんだけどなぁ。俺もウィズも、とっくの昔に割り切ってしまった事だし。
困った。話す事だけ考えてて、話した後のフォローまでは考えてなかった──…ので、また兄貴に助けを請う。お願いします、お兄様。仕方ねぇなーって顔しながらも、しっかり引き受けてくれるんだもん…一生兄離れ出来る気がしない。
「そんなに気にしなさんな。ラヴもウィズも、何だかんだで結構やりたい放題やってんだから。」
「やりたい放題、ですか?」
あ、ちょっと待って。それはあまり言わないでほしい事なのでは?
「そうそう。ウィズは瘴気に冒されてない黒竜だが、黒い鱗ってのはやっぱ特別なのか、瘴気の耐性が高くてな。瘴気が濃くて、高位の浄化魔法を使える竜じゃなきゃ入れない場所での討伐任務は、無駄な魔法を使わなくて済むこいつらの独壇場なんだわ。どっちも戦闘狂で手が付けらんねーもんだから、ここ数年は専ら単独での討伐に回されてるんだが……年間の討伐数は寧ろ上がっていってるくらいだぜ?」
「戦闘狂!?ラヴレンチ様がですか!?」
「違うから!信じないで、ファウスティナ嬢…!兄貴も人聞きの悪い事言わないでよ!?ウィズの能力が認められて単独任務が増えただけで、戦闘狂で手に負えない訳じゃないから!」
単独、若しくは兄貴との二人態勢で討伐を任されるようになって、何の気兼ねもなく任務に当たれるおかげで討伐数が増えてるのは事実だし、ウィズに戦闘狂の
俺の必死の反応に、兄貴は悪びれもせず笑っている。確かにさっきまでの重苦しい空気は吹き飛んだけどね?その代わり、俺への風評被害が半端ないです!
「危険な任務である事を考えると不謹慎ですけど…少し安心しました。ラヴレンチ様とウィズでも、自由に動ける場はあるのですね。」
「任務じゃなくても、人目に付かない所なら出してあげられるから、言うほど不自由はしてないのよ。要は離着陸を見られさえしなければ良い訳だし。うちの別邸も街からは離れてるから、今度ちゃんと紹介するね。」
「はい!楽しみね、スノウ!」
「キャウ!」
戦闘狂の
俺一人で話すタイミングを伺っていたら、いつまでも言い出せなかったかもしれないと考えると、この場で話せて良かった。兄貴が誘導しようとしてくれていた流れには乗れなかったけど…終わりよければ全てよし、という事にしておこう。
「あの、ちょっと気になったんですけど……」
話に区切りが付いたところで、客車の中のロルフさんから声が掛かる。オフェーリアさん同様、彼も落ち着いて物事を見定めるタイプだから、『気になる』と言われれば放っておく事は出来ない。平民である事の弊害にいち早く気付いてくれたのも彼だし。
「あの日はラヴレンチ様のお気遣いで、屋敷の者は前もって心の準備が出来ましたけど……流石に、知らせもなしにこの大きさの竜が屋敷に飛来したら、大騒ぎになりませんかね?」
あぁ、そりゃあ…まぁ、騒ぎにはなるでしょうね。『知らせ』がなければ、だけど。
「…?知らせなら出したぜ?」
「はい?」
思わず聞き返したロルフさんに対して、流石にそこまで非常識なつもりはないんだが…と返す兄貴に全員が目を逸らしたのを、弟としてどう受け止めれば良いんでしょうかね……当然知らせは出してるだろうと、兄貴を信じていたのでちょっと複雑だわ。
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