俺の『祝福』について
「えぇっと…そうだね、『祝福』は受けてる…かな。」
兄貴は最初から
ファウスティナ嬢が驚くのも無理はない。俺は世間では、あの日ルーシャス殿下が言ったように、『祝福なし』の能無しで通っているのだ。その方が楽なので。
ゼレノイ家の人間以外では、陛下とその側近であるクルーガー公爵、各国で竜達を預かる辺境伯の当主達くらいしか、俺の『祝福』を知らないはず。
「ラヴレンチ様はいつも違う竜を連れていらしたから、てっきり『祝福』を受けてないものだと……」
おや、それは知られてたのか。送り迎えをしてくれる竜達を、学院内で待たせる事はなかったんだけどな。意外と見られているものなのね。
しかしそれならば尚更、俺に『祝福』がないという話の信憑性は増した事だろう。それが違っていたと言われたんだから、戸惑うよなぁ……
スノウをぎゅっと抱き締めながら俯く、ファウスティナ嬢の肩が小さく震えている。
悲しませた?それとも怒らせた、かな?どちらにせよ、黙っていた事は謝らないと。
「ファウスティナ嬢、その……」
「ラヴレンチ様!」
「は、はいっ!?」
しっかり目を見て謝りたいと覗き込もうとした瞬間に、ファウスティナ嬢はガバッと顔を上げ……鋭い目つきで、俺を真正面から見据えてきた。名前を呼ばれて思わず正座してしまう程度には、怒りのオーラが。怖い。
「ラヴレンチ様が『祝福』を受けていたなら、何故あの時、ルーシャス殿下の言葉に反論しなかったんですか!」
……えっと、ファウスティナ嬢の怒りの矛先は、どちらへ向いているのでしょうか?黙っていた事を怒られてはいるけれど、彼女の論点は違う所にありそうだ。
取り敢えず、問われた事には正直に答えておこう。
「何故、と言われると…元々俺は自分が『祝福持ち』だとは公言してないってのもあるし…正直、あの時の王子サマには、何を返しても面倒そうだなーとしか考えてなかったと言いますか。」
「面倒そうだという点には、全面同意致しますが!」
わーい、めちゃくちゃ力のこもった全面同意頂いちゃったー。仮にも婚約者であった彼女に、ここまで言われる王子サマってどうなのよ……
「あんな!大勢の人の前で、一個人を馬鹿にするだけでも最低ですのに!?引き合いに出してきた根拠が間違いであるなら、余計に質が悪いですわ!勘違い甚だしく調子に乗るだけのクソ王子の鼻っ面など、へし折って差し上げれば良かったのに…!!」
え、それは物理的にじゃないよね?物理的にへし折りそうなくらいの怒りが感じられるけど、比喩だよね?
よほどお怒りなのか、素が混じってるし。『クソ王子』とか、ご令嬢の発言とは思えないよね。おかげさまで兄貴がツボって軽く呼吸困難です。
「……何故、ラヴレンチ様がわざわざ嫌な思いをしなければならなかったんですか。」
悔しいです、とファウスティナ嬢は続けた。あぁ、彼女は
「不快感がなかったと言えば嘘になるけれど、反論しなかったのは俺の都合でもあるからね。怒る権利もないと思ってる。だから、ファウスティナ嬢の気持ちは凄く嬉しい。ありがとう。それから、『祝福』のこと、黙っててごめんなさい。」
「……いえ。わたくしこそ、出過ぎた真似を致しました。ごめんなさい。考えてみれば、ラヴレンチ様がこれまでずっと言わずにいた事を、あの王子の為だけに打ち明けるのも癪ですわよね。」
ファウスティナ嬢、実は王子サマの事めっちゃ嫌いじゃない!?当事者である俺ですらそこまでは考えてなかったよ!?
まぁ、そう考える事でファウスティナ嬢の怒りが少しでも収まるのなら良いんだけど。怒っている顔より、笑ってる顔の方が見たいし。
笑ってると言えば。
「……兄貴?大丈夫?」
腹筋とか肺とか。笑いすぎてひーひー言ってるけど。
「何とか生きてる……」
「死因が『笑いすぎ』だけはやめてちょうだいね……」
この人の場合、仕事とか事故とかではちょっとやそっとの事じゃ死ななそうなのに、笑い死にだけは有り得そうなのよね。ツボが浅い訳ではないんだけど、少しズレた所にツボがある所為なのか、一度ハマるとこっちが引くくらい爆笑するし。
「いやーだって…なぁ?まさか俺以外に、あのクソ王子をクソ王子って言う奴が居るなんて思わんだろ、普通。しかもこんな綺麗な顔したお嬢様がだぜ?ロルフが言うならともかく。」
「言えませんよ、そんな事…!」
酷い流れ弾だ。ロルフさんは相変わらず客車の中から、焦ったような声で否定したけれど……
「……わたくし、もしかして『クソ王子』呼ばわりしてました?」
嘘でしょ、そこも無意識!?
そうですね、と軽く流してるオフェーリアさんにとっては日常茶飯事なんでしょうか。動揺の
「人の弟を馬鹿にするようなクソ王子をクソ王子と呼んで何が悪いんだよ、気にすんな。」
連呼しないであげて!流石に可哀想…!
ファウスティナ嬢とのやり取りで、俺が王子サマに見下された事を察したらしく、兄貴もちょっと怒ってますね、これ。あの日の事は、必要最低限の報告しかしてないからなぁ……
でもまぁ、兄貴は俺の事情を分かっているので、流石にこの場で怒りをぶちまけるような事はしないだろう。そのへんの分別はきっちり付ける人だ。
「『祝福』なんて、受ける方が珍しいってのに、ゼレノイ家ってだけで『祝福持ち』が当然と思われるのは考え物だよなぁ。」
「まぁ実際、これまでは『祝福持ち』しか生まれてない訳だし、仕方ないでしょ。そこで俺が『祝福なし』だなんて言えば、槍玉に挙がるのは分かってた事よ。」
嫌な思いをするのは最初だけ。仕事に関してだけ言えば、ゼレノイ家の人間らしく数多の竜を扱える能力さえ見せれば、『祝福』のあるなしなど、すぐに気にされなくなる。なので普段の生活で困っているという事は殆どない。
『祝福なし』である事にいつまでも拘るのは、王子サマのような、自分の手を汚さずにただ人に命令するしか能がない、お高くとまった貴族サマだけだ。どっちが能無しなんだか、と何度思った事か。
「あ、ところでファウスティナ嬢。俺の竜が
「え…?」
面白くない事を思い出して気分が沈みかけたので、話題を変えようとファウスティナ嬢に声を掛けたのだが、彼女は目を瞬かせて驚いている。あれ?強引すぎたかな?話の本題自体はズレてないんだけど。
「わ、わたくしが聞いてしまってもよろしいのでしょうか?今までずっと、言わずにいらっしゃったのでしょう?」
「あ、そこを気にしてくれていたのね。大丈夫よ。何が何でも秘密にしなきゃいけないって訳でもないし、ファウスティナ嬢には遅かれ早かれ、説明しなきゃなと思ってた事だから。」
「そ、それなら……」
「因みに、名前は『ウィズ』です。」
昨晩俺がうっかり出した名前。ファウスティナ嬢の記憶にもしっかり引っ掛かっていたようで、ウィズの名前を繰り返し呟きながら考え込んで───一分と経たないうちに正解を導き出したらしい彼女の顔が、驚愕に染まっていく。
「ラ、ラヴレンチ様?これまでのお話を総合すると……ウィズは巨大竜なのでは…?」
「お、せいかーい!流石だねー。」
「しかも『影化』出来る巨大竜という事ですわよね!?」
「そうだねぇ。」
昨晩、リンデンベルガー家のお屋敷にジャルパが
そして先程の話で、ゼレノイ家には巨大竜且つ『影化』出来る竜は二頭だと割れている。俺が『祝福持ち』であると気付かれた要因が、『影化』がいつから出来ていたかであるから、これで証拠は全て揃う、と。
うん、我ながらボロ出しまくりだったわね。
「ゼレノイ家はビックリ人間の宝庫なんですか…!?」
いや、ビックリ人間は兄貴だけでお願いしたいですけど。
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