探索会議

 ファウスティナ嬢がスノウから感じ取ったイメージは、周りを沢山の木々に囲まれた場所。木々に囲まれてはいるけれど、そこ・・だけはぽっかりと穴が開いたように木が生えておらず、近くに水の気配を感じる事。上には丸く縁取られたように空が見えるけれど、何だか妙に遠くに感じられる事。そしてスノウは、そこが酷く寂しい場所だと思っているらしい…───という事だった。


 イメージを伝え終えたファウスティナ嬢には、流石に疲れの色が濃く見える。どんな『祝福持ち』だろうと、竜達の想いを『イメージ』として捉えるには、かなりの集中力を使うものだ。ましてや彼女は『祝福持ち』としては、言い方は悪いが初心者中の初心者なのである。入りすぎて・・・・・しまって、上手く抜け出せないように、俺には見受けられた。


「…ファウスティナ嬢。スノウは俺が抱っこしとくよ。多分、暫くはスノウに触れない方が良い。自分の意識はハッキリしてる?」


 俺に言われて漸く、ファウスティナ嬢は自分の『意識』を意識する・・・・事が出来たらしい。少しだけ視線を彷徨わせて、それから困ったように、けれどもちゃんと彼女らしい仕草で笑ってみせた。


「…なるほど、ラヴレンチ様の言っていた『共感応』ってこういう事なのね。まだ少しふわふわするけど、わたくしは大丈夫。でも確かに、このままだと危なそうだから…スノウはお願いしても良いかしら?」

「うん、勿論。スノウは、俺でも良い?」

「ピッ!」


 スノウに向かって手を差し出しながら首を傾げて問うと、短い返事と共に、なんとスノウの方からも抱っこをせがむように、ファウスティナ嬢の腕から身を乗り出してくれた。尊すぎて卒倒しそう。

 思わず真顔になりそうになったのも何とか堪えて、ファウスティナ嬢からスノウを預かる。このやり取りを冷やかしてくるだろうと思われた兄貴は、意外にも真面目モードで、普段仕事で使っている世界地図をテーブルに広げていた。その代わりと言ってはなんだが、オフェーリアさんとロルフさんがめっちゃニコニコしながらこっちを見てくる…!

 他意はないんです!変な風に受け取らないで…!


 スノウが抱いていたイメージの特徴を踏まえて、場所の考察をしてくれているのは、仕事で世界中を回る事の多い親父と兄貴の二人。俺は学院に通っている関係で、遠出の仕事を受ける機会が少なく、あまり役に立てそうにないのだ。世界地図を見て知っているのと、実際に目で見て知っているのとでは、雲泥の差がある。こればかりは仕方ないわね。

 当のスノウは俺の腕に抱えられて、何だか楽しそうにキュウキュウ鳴いているが、こんなに無邪気そうに見えて、何かしらの使命感を感じているんだもんなぁ……俺には、その使命がこの子にとって、幸福なものである事を願うくらいしか出来ないのが歯痒い。


「言葉の通りに受け取ると、どこかの谷…とかか?」

「単純に森の中で開けた場所って可能性も、否定は出来ないんじゃねーの?周りの木々が高ければ、それだけ空も遠く感じるもんだろ。」

「山より河川の多いブールバックですら、川の周りに森が広がる場所なんていくらでもある。それなりの標高がある山の谷だけなら、近くに水の気配があるってだけで割と絞れそうなもんだが…」

「点々と回って正解がなけりゃ、また最初から候補の洗い出しーってのも無駄だろ?順番に虱潰しの方が良さそうな気がすんなぁ…」


 兄貴が『無駄』を懸念するのは、スノウじゃないと『正解』が分からないからだ。つまりスノウと、彼の意志を正確に読み取れるパートナーである、ファウスティナ嬢が訪れて初めて分かる事。候補をいくつかに絞って、あっちこっち行った後で振り出しに戻り、再度あっちこっち行くくらいなら、一定の拠点毎にそれを行った方が効率的だというのが兄貴の意見らしい。


「回る順番にもよるだろうし、どっちの方が確率が高いかってのも、ちゃんと考えりゃ出せるんだろうけどな。結局のとこ、最後は運だぜ、こんなの。」


 うわぁ、元も子もない。しかしごもっとも。


 スノウも、話の内容が分かったのか、「キュウ…」と溜め息のような鳴き声で俯いた。それに気付いたファウスティナ嬢が、慌てて立ち上がり、俺のすぐ傍に寄るとスノウを覗き込むようにしゃがみ込む。


「大丈夫よ、スノウ!何年掛かってでも、必ず貴方の行きたい所を見付けてあげるから!!そ、その…私、運にはあまり自信ないんだけど!きっと大丈夫!!ね!?」


 軽装とは言え、公爵令嬢の身に着けるものだ、決して安くはないだろうドレスの裾が床に付いてしまっているが、ファウスティナ嬢はそんな事など全く気にしていない。一生懸命すぎて、不安要素になる事まで正直に言っちゃってるけど、スノウはそれを不安とは捉えなかったみたいで、先程とは打って変わった嬉しそうな声で一鳴き。

 この短時間だけでも、彼らがとても良いパートナーだという事がよく分かる。うん。だから俺は、少しでもそんな二人の力になってあげたいな。


「…親父、各国にある、うちの別邸を使っても大丈夫?」

「あぁ、勿論。周りに民家もないしな。拠点にするなら妥当だ。」

「きょ、協力して下さるのですかっ!?」


 横でしゃがみ込んでいたファウスティナ嬢が勢い良く立ち上がったので、びっくりして俺とスノウの肩が跳ねた。思わぬところでシンクロしちゃったわ。

 ファウスティナ嬢の疑問は、分からないでもないんだけど……


「先々で馬車や竜を雇ったところで、莫大な金と時間が掛かるだけだぜ?あんたの横にちょうど良いのが居るだろう。使えるもんは使わねーとな。」


 兄貴の言い草はあんまりだけど、言っている事はその通りだし、「あんな事言ってますけど!?」みたいな顔で見下ろしてくるファウスティナ嬢には首肯を返しておく。

 何故かスノウも頷いてるんだけど、これは俺の真似でもしてるのかな?可愛すぎる。


 「まぁ、とにかく座って」と、ファウスティナ嬢に着席を促したところで、じいちゃんとオフェーリアさんがお茶のおかわりを持ってきてくれた。一体いつの間に。仕事が出来るコンビ、凄いわ。


「んじゃ、話をまとめるが…スノウはどこかに『行かなきゃならない』と思っているようだが、現状、場所の特定が難しい。虱潰しに探索していくのが確実だろうが、それを馬鹿正直にやっていくのも非効率的だ。そこで、それぞれの国に拠点を置いて、まずはうちの竜達にスノウのイメージに該当するような場所を探してもらい…」

「報告を受けたら、俺がファウスティナ嬢とスノウをそこへ連れて行って確認してもらう、って感じかな。回る順番はまた後で決めるとして…ここまでで何か質問はある?」


 親父のまとめを引き継いで、ファウスティナ嬢に質問の有無を問う。怖ず怖ずとだが、律儀に挙手をするあたり、ほんと可愛い。何なんだろうこの可愛さ。「はい、どうぞ」と許可が出るまで発言を待つのも、可愛すぎて反則よね。


「あ、あの、ラヴレンチ様?その方法では、ラヴレンチ様がずっと竜達をまとめないとならないかと思うのですが……」

「え?うん。そうなるね?」


 各国にも、うちのようにパートナーを失った竜達をまとめる一族が辺境伯として存在しているが、一々説明して頼むのも手間だし、協力してもらえるかの確証もない。それなら最初から、うちの竜達に手伝ってもらった方が安心だ。

 親父や兄貴のように重要な任務が回ってくる事はなく、うちに居る全ての竜とマナを交わしていて、意思の疎通も容易い俺が適任なのは間違いない。うちの子達は皆優しいから、まとめるのが大変なんて事もない。

 ファウスティナ嬢は、何を心配しているのだろうか?


「その…わたくしは退学致しましたけれど、ラヴレンチ様には学院があるのでは…?」


 ───おぉ、それか。どうでも良くて、全然頭になかった。って言うか、親父も兄貴もそこに関してはノータッチだったな……え?まさか俺を含めて誰も気付いていなかった…?いやいや、そんなまさか。


「………親父?え、辞めて良いんだよね、俺?」

「うん?最初から、その前提での話じゃなかったのか?」


 あ、気付いてはいたのか…敢えて確認するほどのもんじゃない程度の認識だっただけで。いや、反対されないのは有り難いけど、親として一応は確認するべきものだったのでは?全然重要視してなかった俺が言えた義理じゃないけれども。


「…わたくし、変なことを訊いてしまったのかしら……?」

「いや、ごめん。これはうちの感覚がおかしいだけ……」


 俺達が普通すぎる所為で自分の感覚を疑い始めたファウスティナ嬢には、本当に申し訳ない事をしてしまった。反省。

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