白竜について


 モリモリとおかわりを続けていた兄貴が食べ終わるのを待って──それでも大した時間は掛かってないが──漸く本題へ。竜の子はファウスティナ嬢の腕の中へ戻されたが、ジャルパはそのまま話を聞くつもりらしく、兄貴の横へと場所を移しただけで、先程と同じ様に静かに横たわっている。


 リンデンベルガー家の人々には泊まってもらう事になるだろうからと、準備に向かおうとしたエドガーのじいちゃんを、しかし親父は引き止めた。経験に勝るものはなしと言うか、長年この家に仕えているだけあって、じいちゃんの意見は時に、兄貴や俺よりも的を得る事がある。彼にも聞いてもらうべき話だと判断したのだろう。

 親父の真意を正しく受け取ったじいちゃんは、メイド達を呼んで下膳と客室の用意を手早く指示。長い話になるだろうと、じいちゃんにも席に着いてもらったところで、親父が俺に目配せをしてきた。


 あ、俺から話すんですね。了解です。


「えっと…それじゃあ、詳しく話を聞かせてもらう事になるけど……その子は?ファウスティナ嬢は『祝福』を受けていなかったよね?」

「はい、そのはずです。しかし、ラヴレンチ様に送って頂いた日の翌朝、わたくしの枕元にこの子が居て……」


 人間が気付かないうちに、魔法によって送り届けられた、と。正しく『竜の祝福』だわね。


「名前は付けてあげた?」


 ファウスティナ嬢は何も悪い事なんてしていないし、勿論『竜の祝福』自体も悪い事ではない。それなのに不安そうな表情が消えないので、出来るだけ優しく、何でもない事のように問い掛けてあげる。


「…はい。呼び名がないのも可哀想ですし…あまりにも綺麗でしたから。『スノウ』、と。」

「はは、ピッタリの名前だ。素敵な名前を付けてもらって良かったね、スノウ。」

「ピュイッ!」


 俺の呼び掛けに得意気に応えるスノウ。ほんと可愛い。たまらん可愛い。俺がデレデレしてるのが功を奏したのか、ファウスティナ嬢もどこかホッとした顔をしている。


 竜への『名付け』は、竜の誕生と同じく謎に包まれている。本来は『祝福』を受けた人間が無意識に呼び始める──自然と思い浮かぶらしい──もので、どのタイミングで『名付け』が行われてるのかは『祝福持ち』でも分からない。竜との間で自然と決まる事だからこそ、パートナーという関係が結ばれるのだと言われればそれまでだが。

 前例のない事象であるなら尚更、ファウスティナ嬢が自分の意志で・・・・・・名前を付ける事の意味は、決して小さくないはずだ。スノウも、ちゃんと彼女をパートナーとして認められているのが、その証左だろう。


「…因みに親父、今までファウスティナ嬢みたいに、人が成長してから『祝福』があった事は?」

「聞いた事はねぇな。」


 でしょうね。前例があれば、この家・・・に産まれた俺達も、レアな事例として教わってなきゃいけないレベルの事だものね。


「『祝福』を受けたら、国の竜籍課に登録をしなければならないと聞いております。しかし仰る通り、この子の『祝福』はきっと、本来は有り得ない事……考えたくはありませんが、悪いように利用されてしまうのではと、不安になってしまってしまって……」


 ご両親と話し合い、秘密裏にうちへと相談する事にしたらしい。流石、『祝福』があろうがなかろうが優秀な為政者を輩出し続けるリンデンベルガー家。その判断には、ただただ感服してしまう。


「真っ先にうちに来てもらって正解だったな。『祝福』自体も異例だが、その鱗の色もどう受け取られるか分かったもんじゃねぇ。」


 そう、兄貴が言う通り、もう一つの問題はそこだ。真っ白な竜なんて、ファウスティナ嬢への『祝福』同様、今まで見たこともなければ聞いた事もない。


「ヴラディスラフ様のジャルパも、綺麗な銀竜ですし…ラヴレンチ様はレイの事を、『色素の薄い火竜』と仰っていました。スノウも、色素の薄い竜ではないのですか?」

「うーん、何て言えば良いのかな…ジャルパみたいに綺麗な白銀もかなり珍しいんだけどね?銀竜自体は濃度の差こそあれ、そこまで珍しいものじゃないんだ。大体は、水と地の二属性となる子に多いかな?」


 それも『銀竜の中では』、と言う但し書きが付くもので、例えば水と地の二属性である親父の竜、カントは、地属性を感じさせない、目を見張る程に鮮やかな蒼竜である。ジャルパは水と風の二属性で、地竜に比べれば明るい色の要素があったから、綺麗な白銀になったのかもしれない───と、これもあくまで推測の域を出ないものではあるのだが。


「『色素が薄い』と表現出来るのは、それぞれの属性竜の特色があってこそだから…スノウは、あまりにも色が無さ過ぎるのよね。魔力の流れ自体は水竜みたいなんだけど……」

「……浄化に特化してそうな感じはあるなぁ。」

「そうなんだ?」


 兄貴がスノウの頭をぐりぐりと撫でながら感心したように言う。俺よりも遥かに魔力感知能力が高い兄貴が言うんだから間違いないだろうけど、もう少し優しく撫でてあげてほしい。赤ちゃんだからね、その子。


「…ふむ。今後の成長次第でどうなるかは未知数だが……浄化の力というのは、竜の暴走化の原因でもある『瘴気』と無関係ではないかもしれんな。」

「これまでの常識を覆して、ファウスティナ様の元に顕れたのも、『世界』の意図のようなものを感じますしね。」

「せ、『世界』の意図ですか…!?」


 親父とエドガーのじいちゃんの考察に、そんなに大事なのかと、ファウスティナ嬢の顔がサッと青ざめた。俺もこの事態はただ事じゃないとは思うけどさぁ…もうちょっと、こう、ソフトに伝えられないもんかねぇ。


「あんまり難しく考えなくて大丈夫よ、ファウスティナ嬢。俺達ゼレノイ家だって、ただ、『竜達のしたい事』をさせてあげてるだけだから。確かに、彼らに仕事をしてもらう事もあるけど…それは竜達が『俺達のしたい事』を『させてあげたい』と思ってくれてるからに過ぎないんだ。だからファウスティナ嬢も、スノウが『やりたい事』をやらせてあげるだけで良いと思う。」

「スノウの、やりたい事……」

「そう。スノウは何か伝えてきてくれてる?」


 腕の中のスノウを見下ろして考え込んだファウスティナ嬢は、やがて悲しそうにかぶりを振る。しかしそれは、ただの否定ではなかった。


「ただ、『行かなきゃいけない』って…強い想いだけ。わたくし、この子が来てからはずっと、『ラヴレンチ様の所へ行かなきゃ』って思い続けていたから、その所為かと思っていたのだけれど……そこにはちゃんと、貴方の想いもあったのね。」


 気付いてあげられなくてこめんなさい、とファウスティナ嬢はスノウをぎゅうと抱き締める。途中でさらりと言われた言葉に喜ぶ余裕は、俺も流石にないなぁ。兄貴はニヤニヤしながらこちらを見てるけど、今は腹が立つよりはその余裕を少しでも分けてもらいたい感じ。


「行かなきゃいけない、か……どこに、までは分からないって事よね?場所のイメージとかは伝わってくる?…って、ごめん!次から次へと!疲れちゃうよね!?」


 ほら、余裕がないおかげで彼女を質問責めにしてしまっている。馬車を急がせたくらいなんだ、ただでさえろくに休めて居ないだろうし、長時間馬車に乗り続ける事にも慣れてなんていないだろう。スノウだってまだ幼いし、皆疲れ切っているに違いないのに……自分の気の回らなさが嫌になっちゃう。


「ふふっ、気にしないで、ラヴレンチ様。言ったでしょ?『そんじょそこらのご令嬢だと思ったら大間違いなんだから』!スノウの為なら、こんなのへっちゃらよ!」


 あの時と同じ台詞、あの時よりは小さく突き上げられた拳で、ファウスティナ嬢は笑ってみせた。俺に気を遣わせない為なのか、無意識なのかは分からないが口調も崩れている。そんな勇ましくも可愛らしい彼女の様子に、俺の横で兄貴が「へぇ…」と感心したような息を吐く。

 あ、これは琴線に触れたやつだな。散々ツボに入っていた前科があるので、油断ならない。変なところで爆笑しないでよ、との念を込めて軽く睨んでみせると、分かってるよと言わんばかりの苦笑が返された。信じるからね?頼むよ、ほんと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る