まずは腹拵えといきましょ


 ファウスティナ嬢の腕に抱えられた白竜と見つめ合う事暫し。沈黙を打ち破ってくれたのは兄貴だった。


「っあー…ファウスティナ嬢だっけ?馬車を飛ばしてきたって事は晩飯まだだろ?取り敢えず飯にしねぇか?腹が減ってると考えも鈍るだろうしな。」


 どうしてそうなった…!!自分がお腹空いてるだけじゃないよねそれ!?ちゃんと彼女達を気遣っての事よね!?安定の口の悪さだし!見てよ、リンデンベルガー家の人達、めちゃくちゃ困惑してるじゃん…!


 しかし、兄貴が言う事にも一理ある。親父は俺の後ろで必死に笑いを堪えていて当てにならないので、俺からも言ってあげた方が良さそうだ。


「俺達もちょうど夕飯にするところだったんだ。量は十分あるから、良かったら皆で一緒に食べちゃおう?」

「ふ、二人も一緒で宜しいのですか?」

「勿論。ファウスティナ嬢もその方が安心でしょ?」

「あ、ありがとうございます!」


 嬉しそうにお礼を言ってくれるファウスティナ嬢の横で、オフェーリアさんがぼそりと「流石の紳士っぷりですわね…」と呟いたのが聞こえてしまったけれど、貴女のその信頼がどこから来るのか俺には分からない…裏切らないように気を付けねば……


 エドガーのじいちゃんはお客人の人数を確認してすぐ戻って行ったから、きっと言わずとも三人の食事も用意してくれているだろう。三人ともお腹を空かせているだろうから、待たせずに済むのは有り難い事だ。

 すっかり失念していたという事で、三人を食堂へ案内しながらお互いに軽い自己紹介。御者のお兄さんはロルフさんと言うらしい…漸く知る事が出来た。因みに親父のフルネームはキリル・ラント・ゼレノイ。俺達兄弟とは違って、実に呼びやすい名前である。


「ところで、気になってたんだけど…その子の首に巻いてあるスカーフ…」


 とても見覚えがある濃紺のそれ。彼の白い身体に良く映えている。言われて初めて思い出したのだろうか、ファウスティナ嬢の肩がビクリと跳ねた。


「ご、ごめんなさい!ラヴレンチ様のスカーフをお借りしてしまいました…!!そ、その…ラヴレンチ様の身に付けていたものなら、この子を守ってくれる気がして…御守り代わりに……」


 何だそれ……───何だそれ。尊すぎない?どうしてそんな可愛い事するの……ヤバい。何だかよく分からないけど俺の心臓がヤバい。

 ファウスティナ嬢を抱き締めたい衝動に駆られるが、嫌われたくないので、せめて竜の子を抱き締めさせてもらっても良いだろうか。そうでもしないと全然気持ちが落ち着きそうにない。


「そう思ってくれたなら嬉しいよ。…抱っこしても良い?」

「はい、勿論。」


 ファウスティナ嬢はふわりと笑って、俺の腕へ竜の子を移してくれる。家柄、『竜の祝福』を受けた家庭からの相談などで竜の幼体を見ることがなくはないけど、こうして腕に抱ける事は稀だ。

 竜は基本的に『祝福』を受けた子供と共に成長するので、正式なパートナーが幼体を抱く事はまず有り得ない。成長速度の早い竜は3年から5年程で成体となる為に、人の子に物心が付いて抱き上げたいと思う頃には、既に物理的に抱き上げる事が出来ない重さになっているのだ。だからこれは、俺にとっても物凄く貴重な体験。


「…ふふ、可愛い。それに、混じり気を感じさせない、澄んだ綺麗な魔力だ。人に警戒心も抱いてない…優しい子だね。」

「流石ラヴレンチ様。抱き方もお上手なんですね。」

「………子供が産まれたばかりの新婚家庭か?」

「っうぇ!?」


 ファウスティナ嬢と微笑ましく竜の子を眺めていたところに兄貴からの衝撃的な突っ込みで、変な所から声が出た。ファウスティナ嬢なんか、これまで見たこともないくらいに顔を真っ赤にしてしまっている。


「ご、ごめん…」

「い、いえ、こちらこそ…」


 恥ずかしさに堪えきれなくなったので、竜の子をファウスティナ嬢の腕へと返す。再び彼女に抱かれた竜の子は嬉しそうにピィピィ鳴いていたから、この子の『祝福』を受けたのは間違いなくファウスティナ嬢なのだろう。

 本来なら赤子にしか与えられない『祝福』が何故、今になって彼女の元に?という疑問はあるが、兄貴の言ってた通り空腹もあれば、がっつりやらかした恥ずかしさもあって、まともに考えられそうにない。


 やっぱり、まずはご飯だ。とにかく落ち着こう。ちょうど食堂にも着いた事ですし。


 エドガーのじいちゃんの方は準備万端で、お客人を席へ案内するとすぐさま給仕に移ってくれた。超格好良い。ほんと、何でこんな凄い人がうちの執事なんかやってくれてるんだろうね……


「そっちのおチビさんは俺が預かるぜ。」


 食事中ずっと抱えている訳にもいかないだろうとの兄貴の申し出に、ファウスティナ嬢は首を傾げた。任せてしまったら兄貴が食べにくいと思ったのだろう。その誤解に兄貴も気が付いて、肩を竦めて苦笑して……自分の足下へ呼び掛けた。


「ジャルパ、頼むわ。」


 呼び掛けに応えて、兄貴の影から銀色の光───マナが溢れ出して、竜の形へと変わっていく。光が収まるとそこには、2m程の銀色の竜の姿。彼が兄貴の竜、ジャルパ。実際の姿とはかなり異なるのだが…この辺りの説明はまたの機会で良いだろう。


 姿の見えなかったジャルパが実体化する様は、俺達には見慣れた光景だけれども、竜が自らのパートナーを『宿主』として扱うのは一般的ではなく、普通は屋内や竜舎を住処として用意するものだ。ファウスティナ嬢達も初めて見ただろうこの光景に、唖然としていた。

 しかしジャルパはそんな空気を気にするでもなく、兄貴に言われた通りに、ファウスティナ嬢の腕に抱えられた竜の子を咥えると、彼女の傍の壁際でその身体を横たえた。ジャルパの身体に包まれる形となった竜の子は、仲間に守られている事が分かっているのか、ちゃんと大人しくしている。うん、賢い子ね。


「食事中はジャルパに見てもらうから、ゆっくり味わってくれ。今日のビーフシチューは俺の会心作だぜ!」

「ヴラディスラフ様が作ったんですか!?」


 あ、やっぱそこも驚くよね。ごめんね、色々と型破りな家で。

 シェフではなく兄貴の手料理と知って興味をそそられたのだろう。ファウスティナ嬢は少しそわそわしながら、ジャルパに「その子をお願いしますね」と声を掛けていた。どんな竜にも対等に接してくれる、本当に優しい人だ。

 「なんか甥っ子を預かった気分だなぁ」なんていう兄貴の発言は聞こえない。聞こえてないからね…!


 竜の子の話は勿論、ジャルパについても訊きたい事は多いだろうが、そういった難しい話はとにかく食事が終わってから。親父のその言葉で、漸く会食と相成った。


 兄貴が『会心作』だと言うビーフシチューは本当に美味しくて、最高以外の言葉がない。酸味と甘味が絶妙に絡み合ったスープには、野菜それぞれの味が主張し過ぎる事なく馴染んでいて、口に含めばとろける程によく煮込まれた牛肉の肉汁がスープに溶け込むと、絶句してしまうくらいに美味しい。天才か。天才すぎるのか、兄貴。

 ファウスティナ嬢達の口からも最早、『美味しい』と『幸せ…』しか聞こえてこない。公爵家の方々の舌をも唸らせるとか、どういう事なの、ほんと。


 そして親父はいつも通り、美味しすぎて感動で泣いている。人前だからね?自重しようね?


 んで、兄貴は兄貴で…自分が・・・食べたくて自分で・・・作ったんだから当たり前なんだろうけど、おかわりが進みすぎてませんかね?五回目のおかわりともなれば、流石に皆さん呆気に取られますよー。


「…一体どこに入ってるのかしら………」


 既に食事を終えたファウスティナ嬢が、兄貴の食べっぷりに、自分のお腹と兄貴の体型を見比べている。セクハラになるから口に出しては言えないけど、ファウスティナ嬢は十分細いと思うので、このよく分からない生態の人の事は気にしないでほしい。新しくシェフを雇っても、一日で悟りを開くくらいなので。

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