問題は山積み


 取り敢えず、ゼレノイ家としては俺が学院を辞める事は当然の流れで、親父も兄貴も別段反対するようなものでもない、と。しかしファウスティナ嬢は、納得がいかないらしい。


「わたくし達の為に、ラヴレンチ様が学院を辞めなくてはならないのは、あまりにも申し訳なさすぎます…!わたくしは、状況もありましたけど、自分の意志で、」

「俺も。『自分の意志』だよ。」

「…!!」


 確かに、辞める『理由』は彼女達の為かもしれないけれど、彼女達の力になりたいのも、その為に学院を辞めたいのも、『俺の意志』だ。負い目を感じてほしくない。

 さて、どう言えば分かってもらえるだろうかと悩み始めたところで、「あー…ちょっと良いか?」と親父が咳払いを一つ。


「……うちは元々、学院ってのに重きを置いてなくてな。将来政治に関わる奴らが通うとこだから、入っておいても損はないくらいのスタンスだ。うちの家業はどこかに属している訳でもないし…まぁ、強いて言うなら『王』の管理下にはあるが、学院に入らなくて損になるって事もないんでな。だからうちの二人はただ何とな~く通ってただけだし、ラヴにとっては学院に通う事より、お嬢さんの力になってあげたいっつー気持ちの方が強いだけなんだぜ?そこら辺を、どうか汲んじゃあくれないか?」


 まさかの親父からのフォロー。ちょっと照れ臭いが、俺の気持ちを親父がちゃんと分かっていてくれた事が嬉しいし、誇らしい。思わずうるっと来てしまった。

 そしてまさかのフォローが、オフェーリアさんからも続く。


「…お嬢様。私は、ラヴレンチ様のご厚意に甘えさせて頂くべきだと思います。ラヴレンチ様が常にお嬢様の事を考えて行動して下さっている事は、お嬢様が誰よりも分かっていらっしゃるでしょう?こうして、ラヴレンチ様の元へ助言を請いに伺ったのも、お嬢様が・・・・ラヴレンチ様に『頼りたかったから』のはずです。失礼な発言にはなりますが…助言を請うだけであれば、『ゼレノイ家』の方ならどなたでも良かったのでは?ご自身のお気持ちに、正直になって下さいませ。」

「……わたくし自身の…気持ち……」


 親父とオフェーリアさんの言葉を受けて、ファウスティナ嬢は気持ちの整理をする事にしたらしい。スノウとの共感応もあったから、そういう時間も必要なのは確かだ。焦らず考えてもらえればと思う。


 それにしてもオフェーリアさん。何だか貴女の考える、ファウスティナ嬢の中での俺の扱いが、俺にとってはかなり都合の良いもののように感じられたんですが。

 ファウスティナ嬢が出す結論聞くの、ちょっと怖いよ?否定されたりしませんかね……俺のドキドキがスノウに伝わったのか、彼は不思議そうに俺を見上げて、大丈夫だよとでも言うようにその頬を擦り寄せてくれる。色んな意味で泣きそうよ。


「……ラヴレンチ様。」

「……はい。」


 呼ばれて、何とか返事を絞り出す。思いの外小さい声になってしまった…情けない。でもそれが逆に面白かったらしく、ファウスティナ嬢は「何でラヴレンチ様が小さくなっちゃってるんですか」と笑ってくれた。


「わたくし、ラヴレンチ様が一緒に居て下さると思うだけで、とても心強いです。ラヴレンチ様が竜達の事をとても大切に想い、彼らの為に尽くし、愛している事は、先日のお時間だけで十分に感じました。それが、貴方の『幸せ』なのだろうな、という事も。ですから……送って頂いたあの時思って下さった事とは異なってしまうとは思いますが、改めてわたくしとスノウに、お力を貸して下さいますか?」

「……うん。勿論。」

「…ふふ。貴方はいつでも『勿論』と、そう答えて下さいますね。……ありがとうございます。」


 そう、だっけ。ファウスティナ嬢が慎ましいから、快く答えさせてもらってた感覚はあるけれど。嬉しそうにはにかんでくれる彼女の笑顔が見れたから、これまでの対応は間違いじゃなかったんだな。良かった。


「ほっほっ、若者の青春と言うのは眩しいものですなぁ。」

「何言ってんの、じいちゃん…」


 恥ずかしいから勘弁して。ファウスティナ嬢も顔を赤くして反射的に「す、すみません!」って謝っちゃってるじゃん。

 しかしそれは、人生の大先輩であるじいちゃんなりの気遣いだという事も分かってしまう。これまでの妙な緊張感が、一気に解けたのだ。これが親父や兄貴だったら、ただの冷やかしにしか感じられないと思うと、日頃の行いの大切さを痛感せざるを得ないな。


「さて、それではファウスティナ様にご納得頂けたところで、じじいの方から確認を一つ。」


 エドガーのじいちゃんから、という事は『確認』というより『指摘』な気がするね…?親父を見据える目つきが、ちょっと鋭くなったもんね??怒らせると怖いんだよなぁ…俺達、何やらかしちゃったのかなぁ……


「ファウスティナ様は確か、暫くの間、爵位を剥奪され平民で居なければならなかったと記憶しておりますが…」

「え、えぇ。爵位の剥奪は間違いございません。下知を頂く前に出立してしまいましたので、既に平民の身であるかもしれませんね……エドガー様は『暫くの間』と仰いましたが、公爵位に戻る事は難しいかと…」


 親父を見据えた鋭い瞳はどこへやら。柔和な顔付き、好々爺たるやといった様子で、まずはファウスティナ嬢に問い掛けるじいちゃん。答えを受けて、今度は咎めるような視線が兄貴に飛ぶ。

 何これめっちゃ怖い。いつこれが俺に回ってくるのか分かんなくてめっちゃ怖い。その視線を受けて平然としていられる兄貴も、色んな意味でめっちゃ怖い。

 爵位の返還に関しては兄貴に丸投げしてしまっていたので、俺は立つ瀬がない。本来ならそれで力になってあげると、ファウスティナ嬢に言っていたのもあって、非常に気まずい。ちゃんと確認しておくべきだった……


「ラフ様、陛下へは?」

「全部話してあるぜ。ルーシャスの愚鈍っぷりに、小一時間ほど頭抱えてたなぁ。」


 あれは面白かった、という兄貴の言葉に、リンデンベルガー家の人々が唖然としている。そりゃそうよね、王族に対する発言として、あまりにも不敬で気安すぎるものね…俺もちょっと引くくらいだもの。

 しかし、じいちゃんが訊きたかったのはそういう事ではない。俺に分かるくらいだから、兄貴も当然分かっているだろうに…こうやって茶化すから怒られるのよ…


「…あちらさんの事情に巻き込まれる形で時間は掛かっちまうかもしれないが、事実関係を確認した上で、ファウスティナ嬢の無罪が証明されれば、爵位を返還する事を約束してくれてる。あのおっさん、俺の話はちっとも信用しねークセに、ラヴの話は俺伝手でも信用するんだぜ?おかしくないか?」


 それを今、俺に愚痴るのもおかしくない!?陛下に一度しかお会いした事ない俺が信用されるのは、確かにおかしいとは思うけどね!?

 爵位の返還が約束されたという衝撃よりも、陛下を語る兄貴の酷さが衝撃すぎて、ファウスティナ嬢が置き去りにされてます…どうしてくれるの。


「ラフ様の場合は、態度を改めれば検討くらいはして下さると思いますよ。」

「検討だけかー。」


 何で残念そうなのか全く分からないし、気にするのもそこじゃないし。何で態度を改めようってならないのか。

 まぁ、兄貴の話を聞く限り、陛下はそんな兄貴の態度も気に入って下さってるように感じるけれど。機会があったら、弟としてちゃんとお詫びしよう…


「さて、旦那様。今のお話で気付かれましたか?」

「……あぁ。すっかり失念していたな。助かったぜ、エドガー。」

「いえいえ。気付けて頂けたなら何よりです。」


 え、なになに?ヒントなんてどこにもなかったけど!?何で親父も兄貴も、うわーやっちまったーみたいな顔になってんの。

 どうやらファウスティナ嬢に関係する事らしい事だけは分かったから、いきなり頼りにならないところを見せてしまって申し訳ないけれど、今ので何か心当たりはあったかとファウスティナ嬢へ目配せしてみる。しかし彼女も、ふるふると首を振って不安げな表情だ。

 そこで、「…あ。」と声を上げたのはロルフさん。何か気付かれましたか!俺達の救世主はここに居た…!


「平民ですと、国外への長期滞在は難しいと言うか……ほぼ不可能ですね…?」


 ───やだ凄い。希望の道から一気に絶望の底へと突き落とされた感。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る