家族会議と、春の到来…?

 あの後、リンデンベルガー家から帰った俺は、ちょうど家に居た親父と兄貴を捕まえて事の次第を説明した。


 何でこんな真っ昼間から二人揃って家に居るんだ、仕事はどうした仕事は、と思わないでもなかったが、色んな意味で規格外の人達なので、気にするだけ損だ。軽装でふらっと出て行ったかと思えば、一週間帰ってこない事もあるし、三日は掛かるだろうと言われた害獣討伐の依頼を、半日で済ませて帰って来る事もある。

 家族の俺が言うのも何だけど、生態が本当に謎。家族や従者達に対しては良くも悪くも放任主義なおかげで、皆が伸び伸びと生活出来ている事だけは評価しよう。


 閑話休題、二人にはまず、我が国の第一王子サマが色素が薄いだけの火竜を『黄竜』だと思い込んでいる事、それを理由に公爵令嬢であるファウスティナ嬢との婚約を破棄した事、ついでとばかりにやってもない罪を彼女へ押し付けて、その爵位を剥奪するつもりだという事を報告。

 流れで俺がファウスティナ嬢を送り届ける事になって───彼女が自分の運命を知っていた事への言及は避けたが───平民として生きる覚悟はあっても、好んで爵位を手放す意志はなく、また、王子サマとの復縁を望んでいる訳ではないと確認したことを伝えると、何故か、兄貴のツボに入った。


「はははは!何だそりゃ!面白ぇ事になってんなぁ!」

「ちっとも面白くないよ!?」


 寧ろ王子サマの扱いで頭痛と胃痛がするよ!?親父が俺と同じように頭を抱えてくれてなかったら泣いてるよ、俺!?

 親父も型破りな人間だけど、俺達兄弟よりは王族と接する機会が多い所為か、その辺の感性はまだまともに残っていたらしい。正直、この家族相手だと孤立無援になる覚悟もしてたから安心した。


「…それで、ラヴはどう考える?」

「そうね、俺としては機を見て陛下から王子サマに真実を伝えてもらうとして。」


 ファウスティナ嬢にも伝えた通り、レイの扱いは、黄竜の『分け身』や『象徴』とするのが理想。そしてこれはファウスティナ嬢には言わなかった事だが、こうする事で万が一本物の黄竜・・・・・が顕現したとしても、逃げ道を作れるだろう。

 俺の意見に、親父はうん、と一つ頷いて。


「良い落とし所だ。政治を佳く考えられるようになったな。」


 あらやだ、褒められちゃった。まぁ、これまでそういう難しい事は、頭の良い兄貴に頼りっぱなしだったからなぁ。俺も、考えてない訳ではなかったけれど、確かに、自分から意見を述べる事はあまりして来なかったように思う。親としては、こういう変化が嬉しいものなんだろうか。


「んで、ラフはいつまで笑っているつもりだ?」

「いやー悪い悪い。なんかうっかりツボっちまって。」


 兄貴よ。未だ笑いを引きずりながら謝られても説得力はございませんことよ?


 因みに、兄貴のフルネームはヴラディスラフ・リノ・ゼレノイ。俺も兄貴も、ミドルネームの方が呼びやすいって事で、友人達からはディタやリノと呼ばれる事が多いのだが、親父はファーストネームの方を略して呼ぶ。

 なんでも母さんが、自分の子供には似た響きの愛称を付ける事が夢だったからだそうだ。おかげでたまに聞き間違えるんだけどね。俺も兄貴も、母さんが遺してくれたその愛称は気に入っているし、身内以外では信頼の置ける友人にしか呼ばせてない、特別な響きだ。


「取り敢えず、俺もラヴの意見に賛成。ルーシャスの野郎に教えるにしても、エヴァンのおっさんならタイミングを含めて悪いようにはせんだろ。」


 ルーシャスの『野郎』に、エヴァンの『おっさん』!?!?ちょっと待って!?仮にも王子サマと国王サマよ!?兄貴、普段からそんな呼び方してんの!?!?衝撃が過ぎるんですけど!!!!


「んじゃ、陛下には俺よりお前の方がよく会うだろうし、報告は任せて良いか?」


 そして親父はそこはスルーなの!?こんな失礼な態度の兄貴に任せちゃうの!?


「ん、まぁそうだな。そろそろおっさんも脱走したい頃だろうし、近々顔見に行ってみるわ。」


 脱走って何…っ!?待って。ほんと待って。突っ込みが追い付かない。俺を置いてかないで。


「ファウスティナ嬢とやらの爵位はどうなりそうなんだ?」

「そこら辺がちとややこしいところでなぁ…」


 あ、はい。急に真面目な話に戻るんですね。いや、本人達はずっと真面目なつもりなんだろうけど。俺はこの温度差で風邪引きそう。

 でもぶっちゃけ、俺にとってはそれが一番の本題だ。まともに議論してくれるのは大いに助かる。急にぶっ飛ぶのだけは本当に勘弁してほしいので、是非そのままのノリでお願いします。


「戸籍関係を扱う部署を統括してんのは、第一王子派の筆頭であるクレイグ・イーガン伯爵だ。ルーシャス殿下の頼みとあらば即日、彼女の爵位は剥奪されるだろう。」


 あ、良かった。親父はちゃんと王子サマにも敬称を使うのね。『陛下』だけかと心配したわ。

 …って、ほら!俺までそんな脱線しまくった所を気にしちゃうじゃない……


「即日?普通はその原因を精査した上でやるもんだから、ひと月くらいは掛かるだろ?」


 何で、俺が脱線した時に限って兄貴がまともなんだろう…兄貴の事は頼りにしてるから有り難いけど、微妙に釈然としない。まぁ、詳しい政治の事は俺には分からないから、大人しく聞いている他ないのも確か。このまま暫く静観していよう。


正式な・・・申し立てであればそうだろうがな。イーガン卿は自分の株上げの為に、殿下の希望を如何に早く叶えるかしか考えてない人物だ。多少の無理も厭わない。」

「職権乱用もイイとこだなー。でも、王子と国王なら、国王の方が偉いじゃねーか。鶴の一声ってやつで何とかなんねーの?」

「何とかしたい気持ちは、イーガン卿にも当然芽生えると思うがな。」


 そこで親父が長く重たい溜め息。何だか疲れ切っている。俺にはどういう事だか分からなかったけれど、兄貴は親父の途切れた言葉の先をちゃんと理解したらしい。『心底面倒臭い』、もしくは『何なんだそのアホは』とでも言うような、露骨に嫌な顔をしている。


「兄貴、つまりどういう事?」


 真意をどちらに問うべきか悩んだけれど、疲れ切っている親父に追い討ちをかけるのも可哀想だし、兄貴はいつだって俺に優しいから、今回も甘えさせてもらう事にした。案の定、兄貴はそれまでの苦い表情をパッと消して、柔らかい表情で俺に向き合ってくれる。

 うーーん、好き。えぇ、ブラコンですが何か?


「まず前提として、ルーシャスの野郎はクソほどプライドが高い。これはイイな?」

「う、うん。」


 ファウスティナ嬢と全く同じ表現に、思わず笑いそうになってしまった、危ない危ない。あの時、兄貴と話してるんじゃないかと混乱した俺は間違いではなかった事に、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか……


「要は自分の親父から説得されたところで、素直に受け入れる可愛い性格じゃねぇって事だな。となると、イーガンは国王と王子の板挟み。最終的には国王の意向に沿わざるを得ないだろうが、王子の機嫌を下手に損ねる訳にも行かん。きっと、あの手この手で爵位返還を先延ばしにしてくるだろうって親父は言いたい訳だ。」

「王子の指示で簡単に剥奪しました、でも王の指摘で簡単に返還します、じゃあ管理官としての信用が薄れるのも事実だ。少なくとも、本来最初に行われるべきだった監査を持ち出してくると考えて良い。」

「じゃあ最低でもひと月くらい?」

最低・・でもな。陛下も、こちらの進言を鵜呑みにして、殿下のような無理を言う方ではない。返還にあたって、過程をすっ飛ばせとは流石に言わんさ。」


 なるほど、その『最低』を踏まえた上で『あの手この手』ってのが出てくる訳ね。ファウスティナ嬢本人は元々、爵位を返されるものと思ってなかったみたいだから、かかる時間に関わらず『良い報せ』として喜んでくれるだろうけど……そんなにややこしい問題だとは思ってなかった。俺も、もっとちゃんと勉強しなきゃなぁ。

 まぁ、俺が悩んでいたってどうにもならないのも事実だし、ファウスティナ嬢が『平民』でいなきゃいけない間は、出来る限りの手助けをしよう。『そんな事くらい』としか思えない事でも、何もしないよりはマシだ。もしかしたら、俺にしかしてあげられない事もあるかもだし!


「しっかし、まさかラヴがなぁ…」

「子離れ出来ねー親は嫌われっぞ。良いじゃねーか、婿入りだって。」


 んん?ちょっと待って何の話?


「そりゃまぁ…お前達には無理な婚約はさせずに、恋愛結婚を勧めてきたけどよぉ……別に結婚だって、無理にしてほしいとも思わんし……」

「親父は子煩悩を拗らせすぎ。」


 何だか無駄に凹んでいる親父を兄貴が一蹴する。これは、もしかしなくても俺がファウスティナ嬢とそういう・・・・関係だと思ってるのか!?


「ちょ、ちょっと待って!ファウスティナ嬢とはそんなんじゃないよ!?」

「え、でもお前は好きなんだろ?」

「ちがっ…わないけど!多分!!」


 何を分かりきった事を言ってるんだという風に兄貴が言うもんだから、反射的に否定的しようとして、否定出来なくて。嘘でしょ、何でこんなしょうもない形で自覚させられちゃうかなぁ。


「とにかく!ファウスティナ嬢の気持ちを無視して、そんな事は考えないから!!」

「そうかそうか。ラヴにも春の到来かー。ラフ、今夜はご馳走だな、こりゃ!」

「人の話を聞いて…っ!!!?」


 俺の反論は全く聞き入れてもらえない。春どころか、俺の気持ちが空回りしてただけの真冬の到来だったらどうしてくれるんだ…──などと思っていた俺は、この三日後に、春は春でも『春の嵐』が訪れる事など、少しも想像していなかったのである───

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