馬車道までのエスコート

 ファウスティナ嬢をエスコートしながら、彼女の従者が待つ学院の馬車道へと進む。彼女は俺達の後ろをのしのしと付いて来るアリアが気になるようで、チラチラと後ろに視線をやっていた。


「……アリアが怖い?」

「…えっ?」


 自分では傍に居るのが当たり前すぎて気にならなかったけれど、ファウスティナ嬢は『祝福』を受けていないし、リンデンベルガー公爵家にも今は竜は居なかったと記憶している。学院で学んだ事があるとは言え、竜はあまり身近なものではないはず。

 2~3mの間が平均の大きさと言われる竜だが、アリアは3mを少し超えるくらいで、竜の中でも大きい方だ。会場の中に居た竜の中でも恐らく最大であっただろう。あの黄竜・・よりも大きかった事に関しては触れてはならない。うん。

 ただでさえ馴染みのない竜なのに、類を見ない大きさなものだから、やはり多少の恐怖を覚えるのかと心配したのだけれど…彼女は虚を衝かれたような反応で、何というか…女の子って難しいな?


「あ、えっと…すみません。俺、礼儀正しい言葉遣いがちょっとその…不得意で。」

「そんな…!気になさらないで下さいませ!こうしてエスコートして下さるだけで、わたくしは光栄にございます!ありのままに接して下さる事も、有り難く感じているのですよ?」


 もしかして、馴れ馴れしい言葉遣いが気に障ったのかと思いきや、どうやらそれも違うらしい。逆に彼女に気を遣わせてしまったようで、わざわざ立ち止まり、俺の両手をしっかりと包み込んで真っ直ぐにこちらを見上げながら、そんな、嬉しい事を言ってくれた。

 なら良かった、と微笑むと、彼女もホッと息を吐いて再び笑ってくれる。色々と予想外の行動を見せる人だけど、それが寧ろ魅力的だし、意外と言動が可愛らしい人だ。


「あの子の事を、怖いとは思いません。とても優しそうなお顔立ちですし、きっとわたくし達を守る為に後ろに控えてくれているのでしょう。でも……」

「でも?」

「ええっと、その……折角お近付きになれたのですから、お隣を!一緒に…歩いて下さらないのかな、と……」


 勢いを付けて言い切ろうとしたは良いが、恥ずかしくなってしまったのか、語尾が徐々に小さく。


「…………」

「…………」


 ファウスティナ嬢の言葉を飲み込む為に俺が黙ってしまったからか、彼女の視線が泳いでいる。

 ───あぁ、なんて優しく、可愛らしいんだろう。

 思わず天を仰いだ俺は何も間違っていない。はずだ。


「…アリア、おいで。」

「ギュイ。」


 ファウスティナ嬢の優しさは、ちゃんとアリアにも伝わっている。呼び掛けに応える鳴き声が、とても嬉しそうだ。傍に寄ってくるアリアの姿を、キラキラした瞳で見つめるファウスティナ嬢もめちゃくちゃ可愛くて…えぇ、もう何この幸せ空間……可愛いしかない。

 頬が緩みすぎないように頑張っている俺をアリアが呆れたように見てくるが、ファウスティナ嬢はアリアに夢中で気付かれる事はないと思うので大丈夫。…うん、大丈夫。

 なら良いけれど、と言わんばかりに俺から視線を外したアリアはファウスティナ嬢へと視線を移し、その首をぐっと下げて彼女の前に己の頭を差し出した。


「な、撫でても良いのかしら…?」

「うん、是非撫でてあげて。君の好意に、彼女も応えたいみたいだから。」

「えっと、そ、それじゃあ……」


 恐る恐る触れようとするのは、ファウスティナ嬢自身が言っていた通り、アリアが怖いからではないと思う。きっと、ファウスティナ嬢はアリアに対して敬意を持って触れようとして、無礼がないようにと考え過ぎているに違いない。公爵令嬢に対する俺の態度の方が、よっぽど無礼なのでは?と思うんだけどねぇ。

 苦笑を漏らした俺を見て、アリアの方もファウスティナ嬢の考えに気付いたらしい。本当に、そっと触れているだけだったファウスティナ嬢の手のひらに自ら頭を擦り付けて、半ば無理矢理撫でさせ始めた辺りは『流石』の一言だ。


「……なんて優しい子。わたくしの事を気遣ってくれたのね。ありがとう。」


 アリアの行動の意味に気付いたファウスティナ嬢は、今度はちゃんと自らの意志で、アリアの顔を愛おしそうに撫でてくれる。こんなに竜の事を想える人が『祝福なし』なんて、なんか勿体ない気がするなぁ。彼女の元であれば、どんな竜でもきっと幸せになれるに違いないのに。


「ラヴレンチ様、彼女はとても素敵な淑女ですのね!わたくしもこう在りたいですわ!」

「え、君は十分、素敵な淑女では?」

「…………」


 あ、ファウスティナ嬢がポカンとするとこは初めて見たなー…───って、俺、今何を口走りました!?


「あ、ありがとうございます……ラヴレンチ様にそう言って頂けると、自信になりますわ。」

「えっと…そう言ってもらえると、俺も嬉しい、です……」


 わーお、2人して顔赤くして微妙な空気ー。やだもう、穴があったら入りたーい。

 なんて思っていると、アリアが『そろそろ行こう』と一鳴きして、この微妙な空気を壊してくれた。君が居てくれて心底良かったと思うよ、アリア。君ほど空気の読める竜を、俺は他に知らない。


 アリアのおかげで気を取り直した俺達は、再び馬車道へと歩みを進める。ファウスティナ嬢はアリアが自分の横を歩いてくれているのが嬉しいらしく、歩みを合わせてくれる事や、話し掛けるとちゃんと視線を合わせてくれる事、人の言葉を正しく理解してくれる事などを、大袈裟なくらいに褒めて感謝し続けてくれた。

 そんな楽しい時間だからこそ、過ぎ去るのはあっと言う間の事で。


「……ラヴレンチ様。アリア。奥から二番目の、黒塗りの馬車がリンデンベルガーの馬車でございます。」


 馬車道に出て、リンデンベルガー家の馬車を指し示される。目視出来ると言うことは、本当に目と鼻の先と言える距離な訳だ。

 王子サマがああ言っていたし、ファウスティナ嬢も了承してしまっていたから、きっと、彼女がこの学院に来る事はもうないのだろう。こうしてエスコートさせてもらえるのが、今日が最初で最後だったなんて悔しいなぁ。親父に相談すれば、彼女の爵位剥奪の件が覆ったりしないだろうか。

 俺もそんな事をつらつら考えていたし、ファウスティナ嬢にも思うところはあるのか、リンデンベルガー家の馬車に近付くにつれて、俺達の会話は自然と途切れていった。


「お嬢様、もう宜しいのですか?」


 馬車まであと数mといった所で、ファウスティナ嬢の姿を認めた侍女が、駆け寄ってきて彼女へ掛けた言葉に違和感。


「えぇ、もう構わないわ。」

「……そちらの方は?」

「彼はゼレノイ伯爵のご令息で、ラヴレンチ様。とてもお優しい方で、ここまでこのアリアと共にエスコートして下さったのよ。」


 違和感について考えていたら、自ら名乗るべき所を、ファウスティナ嬢に丸投げしてしまっていた。いやほんと、俺は貴族に向いてないんだってばー。ごめんなさい。


「伯爵様のご令息でしたか!お嬢様をここまでエスコートして下さり、誠にありがとうございます!」

「え、いや、お礼を言って頂く程の事はしておりませんので…!」

「ね?お優しい方でしょう?」

「ふふ、そうですね。これは改めてお礼をしなければなりませんね、お嬢様。」

「えぇ、是非そうしてちょうだい。アリアへのお礼も忘れては駄目よ?」

「はい!お任せ下さいませ!」


 ちょっと、ファウスティナ嬢、勘弁して。侍女さんも乗らないで。お二人の方がよほど優しくない?何なの?二人揃って女神なの?もしかしてリンデンベルガー家には神しか居ないの?公爵家からまさかの俺宛てにお礼なんて届いたら、親父がショックで寝込みそうだよ……兄貴はけらけらと笑い飛ばしそうだけど。

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