竜と、女の子の笑顔と、自由は尊い

 レイが頭を下げてくれた事によって、視線が合う。透き通るような金の瞳がとても美しくて、思わず息を呑んでしまった。こんな状況じゃなければ、頬擦りしながらその荘厳さと顔立ちの良さを褒め倒したいんだけどなー!

 こほん、と咳払い一つでそわそわする気持ちを何とか落ち着け、両手で彼の頬をそっと包む。俺が何をしたいのかを正しく察してくれた彼は、そのまま更にぐっと頭を下げてこちらにその額を晒してくれた。何というかもう、俺はそれだけで、泣きたくなるくらいには嬉しい。こちらに敵意がない事を分かっていて、こちらのしたい事を自ら察して行動してくれる───この尊さよ……


 ……って、浸っている場合ではなくて。


 レイが差し出してくれた額に自分のそれを合わせて目を閉じる。これは、人と竜が意思の疎通を図ったり、魔力の調子を見たりする時の基本的な方法だ。意思の疎通と言っても、具体的に言葉で表せるものではないし、正式なパートナーである竜でなければ彼らの意思を感じ取る事は難しい。しかし、とある方法で仮の『契約』さえしてしまえばそれを行えてしまうのがゼレノイ家・・・・・の血筋。周りから散々才能がないと言われる俺でも、魔力の感知くらいは楽勝な訳よ。

 意識を集中して、彼の身体を流れる魔力を感じ取る。うっかり入りすぎると・・・・・・火傷じゃ済まされないくらいの熱量が伝わってくるが、それでいて流れはとても穏やか。彼の性格と本質がよく分かるような、そんな魔力だ。


 しかし、悪く言ってしまえば、感じ取れたのはそれだけ・・・・だった。彼が本当に黄竜であるなら、他にも何か感じ取れるはず…──いや、伝説と言われる竜なのだから、こちらが弾き飛ばされるくらいの魔力でもおかしくないだろうに。

 うーーーん、王子サマに何て伝えるべきかなぁ、コレ。


「どうした、魔力酔いでも起こしたか?黄竜の魔力ともなれば当然であろうがな!」


 レイにお礼を告げて体を離し、どうしたもんかと眉間を揉んでいると、妙な方向に勘違いをした王子サマからそんな声が掛かる。なんかもう、面倒臭いからそれでイイか……


「大丈夫ですの?」


 おぉ、この場において唯一の良心。いや、女神?

 声のデカい王子サマから距離を取るように元の位置───ファウスティナ嬢の横に戻った俺の顔色を、彼女は心配そうに覗き込んでくれた。ほんと、こんな優しい彼女がシャノン嬢に嫌がらせするとか、どこをどうしたらその考えに思い至るんだか。


「大丈夫。気にしないで。」


 うん、彼女には俺も愛想笑いではなく、ちゃんと心から微笑みかける事が出来る。人徳の違いって、こういう事だぞー。


「それで、どうだった?黄竜の魔力は。」

「……そうですね、とても熱く、烈しく、それでいて穏やかな流れを感じました。」


 王子サマの問いには、取り敢えず感じたままを伝える。先程の様子から、変に言葉を飾らずとも勝手に都合の良い解釈をしてくれるだろうと踏んだのだが、これがまぁ大当たり。


「ふむ、烈しくも穏やかとは…流石黄竜と言うべきか。他の竜であれば相反する性質など、持てぬだろう。」


 うんうんと頷きながら俺の言葉の意味を噛み締める王子サマ。俺は否定も肯定もせず、ただただ生温い目で彼を見守るに留めておいた。何を言っても面倒臭そうだし。


「シャノン嬢、やはりこの国を俺と守っていく王妃は貴女以外には居ないという事だ!そしてファウスティナ・フィン・リンデンベルガー!貴様が未来の王妃へ行った数々の仕打ち、決して許されるものではない!!」


 あ、そこに戻るのね。いや、確かに最初はそんな話だったけど。出来れば穏便に、婚約者の変更だけですんなり終わらせてほしいなーなんて、


「罰として、貴様の爵位を剥奪するものとする!!!」


 出来る訳ないかー。この王子サマだもんなー、そうだよなー。


 彼の一言で、流石に場内がどよめいている。本当に彼女がそんな事をしたのかを疑う声や、何もそこまでする事なのかと戸惑う声も多いようなので、俺の感覚がおかしい訳ではなかった事に少し安心した。でも、流石に王子サマを相手に、面と向かってそれを言える人間は居ないみたい。

 ……俺の兄貴だったら真っ先に、ズバッと突っ込んでるだろうなぁ。俺自身は、それを言った先の先の先くらいの事までじっくり考えちゃうから、どうしても行動が遅れ勝ちで。親父と兄貴には『のんびり屋』の一言で片付けられているけれど、今回ばかりはのんびりもしていられないなぁ。

 そう思って、いざ口を開こうとしたその瞬間。


「一つだけ、宜しいでしょうか?」


 動揺した様子など微塵も感じさせない、芯の通った涼やかな声がファウスティナ嬢から発せられて、俺はそのまま口を噤んだ。本人が言いたい事を邪魔するのは、本末転倒なので。


「爵位の剥奪はわたくし自身・・・・・・のみであり、父や母までには及ばないと認識して構いませんね?」


 ……っ違う!そうじゃない!気にするとこはそこじゃない…っ!!

 え、何コレ?俺がおかしいの?と思ったけど、王子サマもポカンとしてたから、これも俺がおかしい訳ではないらしい。王子サマが判断基準ってのは複雑だけど。


「殿下?」

「っ、うむ。現当主、リンデンベルガー夫妻の爵位までは奪わぬ事は約束しよう。これは貴様の罪なれど、一族の罪ではない。」


 えぇ…そんな中途半端にまともな事言わないでよ…人を困惑させる達人か?そろそろ本格的に思考を放棄したい。


「それを聞けて安心致しました。恩情に心より感謝致しますわ。それでは、わたくしは殿下の婚約者でもなくなりましたし、『祝福』も受けていませんので、この学院に相応しくないという事になりますわね……この場に残っていては皆様にもご迷惑が掛かりますし、本日はこちらで失礼致します。」

「あ、あぁ。日を改めて遣いを出す。残り僅かな公爵生活を満喫するが良い。」


 いっそ爽やかな笑顔で場を辞そうとするファウスティナ嬢に圧倒されたのか、王子サマもたじたじになりながら何とか返している。二人の言っている内容とかはこの際気にしない事にして、これはもしかしてチャンスなのでは?

 そう。何を隠そう、俺も今すぐこの場を去りたい!


「殿下。俺も、父と兄に彼の事を早急に報せたいと思うのですが、退出を御許可頂いても?」

「許可しよう。ゼレノイ家にとっても一大事であろうからな。」


 いや、全然。何なら報せた所で、親父も兄貴も何の行動もしないと思う。あーでも、親父には何かしら動いてもらわないと俺の首が怪しいかもな!その辺だけはしっかり伝えておくよ、任せて!


「ありがとうございます。父達にも、失礼のないよう伝えておきますね。」


 うん、我ながら見事な言葉選びだ。

 俺は彼を『伝説の通りの黄竜だ』なんて一言も言っていないし、王族に関わる事だから『失礼がない』ようにするのは当たり前。この騒動の中で、どれほどの人数が冷静に事の次第を把握しているかは分からないが、それでも証言者として数名くらい確保は出来るだろう。辞するタイミングとしては、やはりここいらが適当。


「それじゃあ、ファウスティナ嬢。行きましょうか。」

「………え?」


 同じタイミングで退出するのだから、エスコートくらいはしなければと思い手を差し出したのだが、凄い不思議そうな顔をされてしまった。自分は爵位を剥奪される身なのでエスコートを受ける立場ではないと、そう思っているような反応だった。


「自分も名ばかりの伯爵であるので、自信はないのですが。」


 変に気負ってもらいたくなくて、彼女が俺の手を取る事を躊躇った理由として、俺自身の貴族としての振る舞いの未熟さを押し付けてみる。聡明な彼女はそれだけで、俺の言いたい事を察してくれたらしい。ふふ、と上品に笑って、それでも今度は迷いなく俺の手を取ってくれた。


「決してそんな事はないわ、ラヴレンチ様。宜しくお願い致します。」


 うん。女の子はやっぱり笑顔が一番ね。俺も嬉しくなって頬を緩めたところで、王子サマから『さっさと去れ!』的な視線が送られてきたので、アリアも巻き込んで揃ってお手本のような最上礼を見せ付けて会場を出てやった。

 いやー、解放感がやばいね!人目を気にしなくて良い自由最高!

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