世界と国と、竜のこと
この世界、ランドヴェルデは人と竜が共に生きる世界だ。国は大きく分かれて5つ。
地竜が多く住まうグラストル公国。同じく水竜が多く住まうブールバック公国。火竜の国、クレモデナ公国に、風竜の国、ルツフェン公国。それら4つの公国に囲まれるのが、千年に一度、世界を統べる竜・黄竜が降り立つとされる我らが王国、フェルゼスだ。
人や竜の始まりは定かではない。人々が歴史を紡ぎ始めた時には既に共に在ったのだという。しかし、竜の誕生に関しては未だに謎が多い。竜が卵を産み落とすところを誰も見た事がないのだ。
一説に拠ると、竜はオド…魔力容量の多い人間が産まれた際に、自らの子を魔法によって人知れず、赤子の元へ送り届けるという。魔力容量に関しては遺伝に因るところが多い事から、大体は大昔に竜と共に功績を上げた者、つまり今の貴族に繋がる者のところに送られる事が多いし、うちのゼレノイ伯爵家も代々その恩恵を受けている。勿論、その家の子であれば必ずしも竜に認められる訳ではないので、『竜の祝福』なしでは功績を上げられずに没落した貴族もある訳だ。
それでも先祖返りによってオドの豊富な子が産まれれば、下級貴族であろうと平民であろうと、竜は自らの子をその者へ託す。出自に関係なく、竜によって選ばれる事から、人々はこれを『竜の祝福』と呼んでいるのだ。
『竜の祝福』を受けた者は総じて、何かの才に秀でた者が多い。竜に認められる程のオドの持ち主である事から、竜を使役し、彼らに魔法を使わせる事だって出来る。だからこそ、この学院は『竜の祝福』を受けた者であれば身分に関わらず受け入れて、国に尽くすような教育を施している訳だけれども。
竜の使える属性は分かりやすく決まっている。茶色系の鱗を持つ竜であれば地属性で、青色であれば水属性。赤は火属性で、緑は風属性といった具合に。稀に二つの属性を使える竜も居たりするが、黄金の鱗…黄竜となれば話は別だ。
何せ黄竜は、千年に一度しか姿を現さないと言われる竜の王。その属性を知る人間なんて、誰一人居やしない。
それが?シャノン嬢の??連れている竜だと???
竜の寿命は2~300年と、人間よりも遥かに長い。パートナーを看取った後に取る行動は竜それぞれで異なり、自然に戻り自由に暮らす子も居れば、主人の後を追うように自らの魂魄をマナに還す子も居る。
中には人との生活をそのまま望む子も居て、ゼレノイ家はそんな、人に寄り添い続けてくれる竜達を預かる一族だ。優秀な親父や兄貴には負けるけれど、俺だって竜を見極める眼にはそれなりの自信がある。
満を持して、と言わんばかりに何故か王子サマがドヤ顔で呼び寄せたシャノン嬢の竜を見る。鱗の色は……微かに赤味がかった黄色。
へー、これが黄竜なんだ。へー。
……って、んな訳あるかい!ってのが正直なところなんだけど。俺達ゼレノイ家の人間は、竜に触れればその体内を巡るマナを感知し、属性を知る事が出来る。この子が黄竜かどうかはともかくとして、実際に触れてみた方が良いかしら。
「……恐れながら殿下。シャノン嬢。そちらの
「何だ貴様は?」
え、マジで?
確かに俺と王子サマはクラスも違うし、接点なんて殆どないに等しいけれど、王家にとってゼレノイ家は割と特別な位置に居ると思うのよね?次男とは言え、何度か王族の護衛任務にも携わった事もあるのに、存在を認識されていないとは……いや、兄貴が優秀すぎて俺の存在が霞むのは自覚しているので、そんなもんだろうか。兄貴の事すら知らなかったら怒るけど。
「これは失礼しました。ゼレノイ家が次男、ラヴレンチ・ディタ・ゼレノイと申します。」
「あぁ、ゼレノイ家に産まれながら『祝福なし』だという能無しか。」
上等だコノヤロウ。という思いを込めて、ニッコリと完璧なまでの愛想笑いを貼り付けてみせる。正確には俺は『祝福なし』ではないのだけれども、教えてやる義理もないのでそこは無視。
このくだらない交流会にわざわざ付き合ってくれている今日のパートナー、風竜のアリアを伴って王子サマ達と対峙しているファウスティナ嬢の横へ並ぶ。彼女にとって敵か味方かも分からない俺が隣に並んだ事で、とても訝しげな表情をされてしまったけれど、俺は出来れば君の敵になりたくはないなぁ。
「ゼレノイ家に産まれ育った以上、竜の扱いには慣れております。黄竜様の顕現となれば、父と兄にも報告が必要となります故、遠巻きに見ただけでの中途半端な報告は致しかねます。黄竜様にも失礼でしょう?」
「ぐ……仕方ない。許す。黄竜の偉大さを余す事なくゼレノイ卿に伝えるが良い。」
「有り難き幸せにございます。」
では失礼して、と先ずは竜同士での挨拶をさせようとアリアを促したところで王子サマから待ったがかかる。
「ちょっと待て。貴様にパートナーは居ないはずだろう?その竜は?」
「えぇ、まぁ…ゼレノイ家としては竜を連れずに参加するのもどうかと思いまして。仕事で共にする事の多い彼女に付き合ってもらいました。」
「ちゃんと御せるのであろうな?」
「ゼレノイ家とは
要するに素人は引っ込んでな、という事をやんわりと伝えてやると、まだ何か言いたそうにしながらも大人しく引き下がってくれたが……なるほどねぇ。この婚約破棄騒動には色々と裏がありそうだ。
フェルゼスには王子が2人。第一王子である、このルーシャス・セント・フェルゼス様と、第二王子のハーヴェイ・セント・フェルゼス様。ルーシャス様は火竜からの祝福を、一つ下のハーヴェイ様は地竜からの祝福を受けている。
戦神の象徴である火竜とは違い、地竜は豊穣の神の象徴でもあるから、各国との調和が取れている今の時代であればハーヴェイ様を次期国王に、との声が高いと親父から聞いた事がある。王子がお二人ともまだ学生であることから、現国王のエヴァン様も王位継承についての明言は避けているが、兄君がこの性格ではどうなんだろうなぁ。弟君もこんなんだったら、ぞっとしない話である。
で、そんなところに黄竜と思われる竜をパートナーに持つ女性が学友として現れたから、王子サマとしてはこのチャンスをみすみす逃す訳にはいかないし、他の竜に傷を付けられては堪らないって事ね。ファウスティナ嬢につけたいちゃもんが、どこまで本気なのかも分からないと言えば分からないが。
色々と面倒臭いなーと俺が溜め息を吐く横で、アリアがすんすんと鼻を鳴らしながら黄竜(仮)に近付いた。あちらもついと鼻先を寄せて、お互いの匂いを確かめ合っている。竜同士の挨拶は問題ないようだ。
うん、この光景だけ見ればただの癒やし空間なのに。残念。
「黄竜様のお名前は?」
「あっ、はい、あの……レイ…と申します。」
んん?俺はシャノン嬢を怖がらせるような事をしたかな?何だか妙にびくつかれているんだけど。
「ありがとう。良い名前だね。」
へらりと笑って礼を述べれば、こくこくと何度も頷かれる。うーん、謎の反応。まぁ、用があるのは竜の方だから、気にしなくても良いか。
「初めまして、レイ。俺はラヴレンチ。早速だけど、ちょっと触らせてもらっても良いかな?」
竜の事は好きだ。家柄、産まれた時から既に周りには竜が沢山居てくれたし、物心の付かぬ頃に母親を亡くした俺の子守も、彼らがしてくれていたのだと、親父が酔っ払う度に聞かされている。うちの子達は家族そのものだけれど、他の子だって言わば親戚のような感覚があって。
竜は賢いので礼儀にも煩い所がある事を分かっていながら、ちょっと馴れ馴れし過ぎたかなと、言い終えた後で心配になったが、レイはその美しい
あぁ、やはり彼らは賢く優しい。
人を呪い殺せそうな形相でこちらを睨んでくる王子サマにも、爪の垢を煎じて飲ませてあげてほしいね。
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