優しい竜の育て方

@ryu10879i

第一部

めっちゃ流れ弾


「フェルゼス王国・第一王子、ルーシャス・セント・フェルゼスは今、この時を以てファウスティナ・フィン・リンデンベルガーとの婚約を破棄し、シャノン・クレイヴァンを新たな婚約者とする!」


 ───さて、俺は一体何を見せられているのだろうか。




 ここは王都フェルゼスにあるプロムヴァル学院。上級貴族や、将来、まつりごとに携わったり、王宮に仕える者達が集う学びの場だ。最初の2年間でこの国の歴史、法律、各国との関係などを座学で叩き込み、最終学年である3年目は、個々に合った専門分野を徹底的に学ばせるという教育方針。

 そんな教育方針であるから、3年目以降はクラスが同じでも、分野が違えば卒業まで殆ど顔を合わせる機会がないという事で、学年の上がる節目に全クラス参加の交流会が開かれる。お互いの今後を鼓舞し合うという点から、一回目・・・の卒業式のようだと言われている。

 その為かは知らないけれど、この交流会には自分のパートナー…──婚約者であったり、相棒であったり──を連れて参加するのが、いつの頃からか暗黙のルールとなっている、らしい。俺も、目立ちたくなかったのに「ナメられたら面倒だろ」と言う兄貴の一言で、竜を1頭連れて参加するハメになってしまったのだが、それはまぁ、置いておいて。

 何故、我が国の王子サマは、そんな交流会の中で婚約者の変更を堂々と宣ったのだろうか。って言うか婚約破棄を告げるにしても、ご令嬢を突き飛ばす意味は?王子であるなしに関わらず、紳士としてそれはどうなのよ?


 ───あぁ、気分が悪い。


「……理由をお伺いしても?」


 突き飛ばされたご令嬢、ファウスティナ嬢は会場の凍った空気を気にするでも、誰かから差し伸べられる手を待つでもなく、ドレスの裾を軽く払いながら立ち上がり、真正面から王子サマを見据えてみせた。なかなかに豪胆なお姫サマだこと。

 彼女の言葉には俺も同意。単なる心変わりで婚約を破棄するのであれば、この場、こんな方法でなくとも良かっただろう。何かしらの因縁があっての行動なのだろうから、彼女にも知る権利はあるはずだ。俺が動くにしても、それを聞いてからでも遅くはない。ひとまずは大人しく様子見でもしますか。


「まさか心当たりがないとでも?」

「ないから訊ねております。」


 王子サマの嘲笑も一刀両断。いやほんと、清々しいね。 


「貴様はシャノン嬢に対し、数々の嫌がらせをしてきただろう!覚えていないのか!」


 貴様ときた。おいおい、言葉遣いには気を付けろよ王子サマ。国を背負う人間が直情的じゃいけませんて。ファウスティナ嬢なんて、冷静に自分のしてきたらしい嫌がらせについて考えてますよー。心当たりは、相変わらずなさそうだけど。


「……やはり、心当たりはございませんわ。数々の、と仰るくらいですし、詳細を以てご指摘頂いてもよろしいかしら。」

「シャノン嬢が竜に触れようとした際に、彼女を突き飛ばした事も覚えてないと?」

「あぁ…まぁ、確かに…突き飛ばしましたわね。」


 あ、それは俺も見ていた。誰が呼んだのかは分からないが、中庭で、恐らく主人を待っていた竜に、傍を通りかかったシャノン嬢が軽率に手を伸ばしたのだ。それを慌てて止めたのがファウスティナ嬢だった。

 確かに突き飛ばしはしたけれど、シャノン嬢が触れようとしていた場所は彼ら竜の“逆鱗”だ。大きな声で制止を掛けて、驚いた反射で下手に触れるくらいなら物理的に引き離す方が良い。これは竜を扱う者にとっては常識であるし、竜と関わりの深いこの学院では最初の頃の授業で習う事でもある。

 実際、ファウスティナ嬢がシャノン嬢を助け起こしながらそう説明していたのを俺は目撃している。覚えていないのはどちらだと問いたいところだな。あのまま逆鱗に触れていれば腕の一本や二本、最悪上半身がなくなっていてもおかしくはないよ?

 しかし、ファウスティナ嬢は何故反論しないのだろう。彼女が反論してくれれば、俺だって証言してあげるのに。まぁ、たかが伯爵令息の証言なんて、彼らの身分の前には何の効力もないのかもしれないが。


「それでは、シャノン嬢が俺に差し入れてくれた昼食を無下にした事は?」

「……そんな事もありましたわね。」


 それはアレか。よりにもよって大勢の集まる食堂で、大声で己の手作りだと宣言しながら王子サマに突き付けていたアレか。当事者達には周りがドン引きしていた光景が目に入らなかったのかな???

 料理が趣味。それはまぁ良いだろう。誰にだってやりたい事や好きな事はある。ただ、それを公に出来るかどうかはまた別の話だ。

 この学院は、数は少ないながらも平民も通う学院で、彼らならば料理が趣味だと言ったところで、そこまで大きな問題にはならない。しかしシャノン嬢は確か男爵家のご令嬢…曲がりなりにも貴族である。貴族のご令嬢が自身で・・・料理をするという事は、極端な話、『使用人を雇う事が出来ない程に貧しい』と言っているようなもの。

 それだけならともかく、その手作り料理を王族に・・・食べさせようとする───これが大問題でなければ何だと言うのだ。普通の神経なら、毒入りを疑うのが当然だろう。王子サマには専用の食事が用意されるから無用と突き返したファウスティナ嬢の行動は、誰が見ても正しい。

 尤も、毒の混入を疑える程の頭がないから、王子サマはこうしてファウスティナ嬢を糾弾して……──あぁ、なんか、ファウスティナ嬢が反論もせずに大人しく聞いている理由が分かってしまったかもしれない。


「貴様のような悪女より、彼女のような慈悲深く、愛らしく可憐な者の方が、我が未来の妃に相応しい!」

「えぇ、まぁ…はい。愛らしく可憐ではありますわね。」


 あ、そこも認めるんだ。慈悲深く、ってのを華麗にスルーした事にもちょっと笑ってしまったが、周りにはバレていないようなのでセーフセーフ。

 しかし愛らしく可憐、ねぇ……これまでの人生でモテた試しのない俺としては、女の子は皆愛らしくて可憐なんだけどなぁ。ファウスティナ嬢だって例外ではないし、可憐さとは比較出来るものではなく、そこはもう好みの問題だろう。そこを敢えて引き合いに出す王子サマの真意が、俺と、きっとファウスティナ嬢にも分かってしまって。

 未だ真っ直ぐに王子サマと、その横に寄り添うシャノン嬢を見据えるファウスティナ嬢の表情を、ちらりと盗み見る。


 ……えぇ、とてもげんなりとした表情をなさっていましたとも。そしてそれは、俺も同じ。


 ここで誤解のないように言っておきたいのだが、ファウスティナ嬢は美しく長い金の髪と、綺麗なブルーグレーの瞳を持つ、誰もが羨むような美貌の持ち主だ。スタイルだって抜群で、頭脳は明晰。所作も美しく、人当たりも決して悪くはない。

 つり目であるから多少きつい印象は受けるかもしれないが、彼女の凛とした雰囲気には合っているし、表情が豊かなのでバランスは取れていると思う。

 では、王子サマとしては何が問題なのか?


 答えは単純。ファウスティナ嬢の方が、王子サマより“身長が高い”から、だ。これは俺の推測だけれど、シャノン嬢が小柄で、王子サマの胸元程の背丈である事を思うと強ち間違いでもないだろう。ファウスティナ嬢もきっと、俺と同じ事を思っているはず。だからこその、あの表情だ。


 色々と取って付けたような言い掛かりは結局、それを隠す為だったのではと、思ってしまうのも無理はないのでは。だって一番力こもってた言い方だったし。


「……それで全てでしょうか?」


 俺より一足先に気を取り直したらしいファウスティナ嬢が、再度王子サマに問う。これで打ち切りだったら、マジで身長差が婚約破棄の理由だと俺は決め打つからな?本当にそれで良いんだな?などと、よく分からない目線で事の次第を見守っていると、意外にも王子サマは更なる理由を告げるべく口を開いた。


「勿論、それだけではない!シャノン嬢は黄竜様の加護を受けているのだ!!これは『竜の祝福』を受けていない貴様より、この国を守る器であるという何よりの証明であろう!!」


 ───…あぁ、ちょっと待って。その言い分だけは、俺も聞き捨てならない。勘弁して……

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